11 なぜ俺は、その手紙を

文字数 1,156文字

 何を思ったか、俺はポケットから、あの封筒を取り出した。
 そして、マイクに向かってしゃべっていた。
「母の死後、私は手紙を受け取りました。母から私への最後の言葉、気持ちです」
 青い紫陽花(あじさい)色の封筒から、同じ色の便箋(びんせん)を出し、それを広げた。
「この場で、挨拶(あいさつ)に代えて、これを読ませていただきます」
 どうして自分がそんな行動に出たのか、自分でもわからない。一度、顔を上げて礼拝堂の天井を仰ぎ、それから参列者たちをぐるりと眺めた。皆の視線が俺に集中していた。前から三列目の中央の通路側に、野々辺がいた。
 野々辺は驚きと、心配を取り混ぜたような顔をして、俺を見つめ返してきた。

 咳払(せきばら)いを何度かしてから、俺は、おふくろの文字を自分の声で読み上げていった。一語一語を区切り、涙声にならぬよう、適宜(てきぎ)、間をあけながら。

   ***

基和(もとかず)
 あなたは昔から、意志の強い子でしたね。それは長所でもありますが、ときとして、他者をかえりみず、我を通してしまうという、短所になることも、子どものころから少なくはなかった気がします。
 もうさいきんは手がつかれて、ながく字を書くことができません。だから、たん(とう)直入に書きますね。
 私はホームでさいごを迎えたかった。あなたさえ、私の気持ちをみとめてくれたら、それができた。くやしくて、残念で、たまりません。きびしいけれど、あなたのために、あえて伝えます。
 あなたは、私の入院をきめたとき、だれのほうを向いてきめましたか。
 これからは、自分にとっていいかどうかだけでなく、相手にとって、まわりにとって、いいかどうかも、かんがえられる人になってください。できれば、あなたの信じる神さまか、仏さまに照らして、いいかどうかも。
 あなたの判だんは、まちがいでした。ごまかさずに、失敗をみとめて、学びなさい。
 でも、ごかいしないでね。あなたをせめているのではありません。
 クリスチャンでも、そうじゃなくても、人はみんな、途上にいるの。
 みんな、まちがえながら、学びながら、すすんでいくのよ。おわりのときがくるまでは。
 そうやって、生きていくのよ。
 私はもうじき、さよならです。主のもとへ、やっと、招いてもらえます。
 これまで、私をささえてくださった、たくさんの人たちに、心からかんしゃいたします。
 マラナ・タ! 主のみ国がきますように。
アーメン  三池(みいけ)花菜(はんな)

   ***

 読み終えると、場は静まり返っていた。
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