第三話

文字数 1,186文字

 台風の日に恵三郎さんから、医学部受験生の勉強会に誘われた。会員は男性の多浪生ばかりで、近くの『石狩』という純喫茶に集まる。そこで『気合い』や『意気込み』の確認と情報交換をしている。
 会長は吹田八郎さんという方だ。この会で、医学部受験の経験回数が一番多い。Tシャツはお洒落なのだが、体臭がして、乳首も見えていた。スキンヘッドで体格は良く、金色の額縁の眼鏡を掛け、ダメージジーンズを履いている。どうも、手塚治虫のブラックジャックに影響を受けたらしい。しかし、圧倒的に学力が足りなかった。何浪しても受からない。その後に工学部に入学するが、卒業しても諦めきれないようだ。年齢は不詳である。
 
 最初の課題は、面接対策だ。この頃は入試に面接が加わるケースが、増えてきたらしい。皆、面接は嫌いである。その理由は『おっさん差別がある』との噂だ。また会員にとっては、人間性をチェックされるのに抵抗がある。
 それが終ると、それぞれの模試の結果を発表した。B判定以上が多い。予備校のセオリーによると、夏の時点では、浪人生の成績は順調だ。ただ、現役に秋から抜かれる。また、恵三郎さんだけはD判定を取っていた。
 次は、自己批判大会だ。達成状況、自身の弱点、精神面などを発表する。そして、周りから質問責めに遭う。俺は悲惨だった。勉強時間が少ないのは、『性欲に負けているから』らしい。
 それが終ると、雑談になる。花の大学生活を語り合う。しかし、交通機関が止まるのを恐れて、次々と帰っていく。

 そして、俺と恵三郎と八郎さんの三人になった。
「大学、入っても楽しくないぞ」
 と八郎さんは呟く。誰も話さない。間が空く。
「医学部を諦めても、いいんだぜ」
 と八郎さんは続けた。
「三浪もしたら、まともに就職出来ないでしょ」
 いつの間にか、恵三郎さんは泣いていた。
「今は、それを考えるな。まだ若い」
 八郎さんは肩を揉んだ。
「俺の『昨日』までは何だったんだ!」
 と恵三郎さんは机を叩く。
「人生は長い。ここでの苦労は、明日に実を結ぶから」
「ありきたりの事を言わないで下さい。僕達は昨日まで努力してきました。今、諦めれば、それが消えます。費やしてきた時間を考えると、狂いそうです」
 言い終わると、恵三郎さんは号泣した。八郎さんは慰める。
「我々は中毒なんだよ。この刺激は本当に強い。だから、やめられない。それに、他人の病気なんて、本当は興味ないだろ。皆、医者になりたいより、医学部を合格したいんだ」
 
 その後、三人でキャバクラに行った。八郎さんのおごりだ。そのために、生物の特別講座を諦めてくれた。入店後は打って変わって、全員ではしゃぐ。そして如何にも、医師になったような話をした。また、指名やドリンクは一切頼んでいない。だから、キャバ嬢が三回転した。彼女たちはその都度、手を叩いて褒める。俺は気持ち悪くなるまで飲んだ。
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登場人物紹介

河合夢太郎。永遠の受験生。

吉田。夢太郎の高校の同級生。国立大学を現役合格するも、バイトと部活で留年してしまう。

夢太郎の親父。三流私大出身の開業医。学歴にコンプレックスがある。老人が嫌い。

東出先生。夢太郎の高校時代の恩師。英語を担当。現在は退官している。趣味は中国語

総一郎。夢太郎の高校の同級生。医学部を目指して、浪人してしまう。しかし早々と諦め、経済学部に入学。ソープのボーイのアルバイトをしている。

恵三郎さん。不真面目な浪人生。気が弱い。

吹田八郎さん。医学部浪人の男たちを集めて、勉強会を開催している。医学部受験を繰り返している。

駿河さん。アラサー。元看護婦。

駒田孝四郎さん。親孝行な仮面浪人生

鶴井慶子。通称K。チビ。メガネ。私大を目指し、一浪している。基礎的な学力がない。

青木。坊主で背が高い。多浪生。金縁の眼鏡。激情型

湯島。父親が大学教授。学力は無い。

阪田。元ヤンキー。学力はない。お洒落。

飲食チェーン西進屋の社長。長身。仕事へのこだわりが強い。

店長。ヒョロヒョロで禿。優しい。西進屋の社畜。

エリアマネージャー。西進屋の社畜。ラガーマン

佐々木青葉。西進屋の社畜。太っている。笑い方がおかしい。

女講師。西進屋の社畜。気が強く、よくキレて大声で罵る。体は、プヨプヨ。

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