恋愛相談

文字数 2,477文字

お風呂から上がって寝間着にしているジャージ姿でゴロゴロしながらスマホを眺めていると、メッセージアプリの通知がピロン、と鳴った。スマホの画面上部にメッセージの送信者が表示される。
真雪(まゆき)から新着メッセージがあります——メッセージアプリを開いて内容を確認する。本当は確認するまでもない、この時間に彼女からくるメッセージはいつも同じだ。

『今塾の帰りなんだけど、ちょっと出てこれる?』
『ジュースおごるから!!』

返信はせずに既読だけ付けて、スマホ片手に部屋を出る。
最近はわざわざ上着を羽織らなくても外に出られるくらい暖かくなって、夜の静かな風が火照った身体を冷やしていくのが気持ちいいくらいだった。寝間着がわりのジャージと、素足にサンダルを履いただけのてきとうな格好でいつもの公園に向かう。
家を出てすぐ、ブロック塀の角を右に曲がるとゾウの形を模した滑り台が目に入る。その公園が真雪との待ち合わせ場所だ。

真雪はいつも通り二つあるブランコのうちの右側、青いブランコに座っていた。塾帰りだからブレザーの制服姿のまま、この前会った時と違って緑のチェックのマフラーはもう巻いていない。
「やあ、春哉(はるや)氏。わざわざ呼び出して悪いねぇ」
真雪は俺の姿を認めると、わざとふざけた調子で手を振ってくる。
「ああ」とも「うん」ともつかない微妙な返事を返して左の赤いブランコに座ると、真雪が缶のココアを差し出してきた。
「え、なんで『あったか〜い』やつなの」
「風が寒いから」
「今日は別にもう寒くないだろ」
「ハルが寒くなくても私は寒いの」
そう言って真雪は細い指で缶のプルタブを引く。その隣で俺も缶を開ける。プシッと間抜けな音がして、ココアの甘い匂いが鼻に届いた。

「で、今日は何?」
今夜も俺の大嫌いな雨野智也(あまのともや)の話を聞いてやろう。
「実は先週のクラス替えで別々のクラスになってさ。接点がなくなっちゃったし、校内で見かけても話しかけづらくて。いきなりメールしたりしたらウザがられるかな」
「メールくらいしたらいいじゃん、今まで頑張って仲良くなったんだろ。別にそのくらいうざくないよ」
そうかな、と自信なさげに下を向く。無意識だろうけどくちびるを少し尖らせているのがかわいい。
「でもなんて送ったらいいかわかんない」
「普通に、新しいクラスどんな感じ?とかでいいんじゃないの」
「あー、なるほど。それで会話続くかなぁ」
「そこは巧みな話術で上手くやれよ」
「なに巧みな話術って。そんなのないよー」
「ほら、昔おばさんの大事にしてた花瓶を割った時、すげー上手い言い訳してたじゃん。あんな感じでやったら上手くいくよ」
「いやいや、それは話術とは違うでしょ。結局後でお母さんにバレて怒られたし。ていうかハル、よくそんな昔のこと覚えてたね、懐かしいなあ」
——覚えてるに決まってる。
真雪は少し微笑んで、両足を地面につけたままブランコを前後に小さく揺らす。ようやく肩まで伸びた、毛先をくるんとカールさせた髪がブランコの揺れに合わせて公園の街灯の灯りを反射してキラキラ光る。

真雪はいつでもよく喋るが、雨野智也のことになるといつもの倍は喋る。俺は彼女の話に然るべきタイミングで相槌を打つか、どこの誰にでもできるような当たり障りのないアドバイスをするだけだ。今日の議題は
1. 雨野智也にメールを送るかどうか問題
2. 雨野智也が彼の所属するサッカー部の美女マネージャーと同じクラスになった問題
3. 雨野智也と話を合わせるために彼の好きなロックバンドを勉強しているが普段聴かないジャンルなのでまだいまいち良さがわからない問題
の3本立てだった。
雨野智也の話をしている彼女は、これが不安、あれがよくわからない、とネガティヴなことをたくさん言うくせにその横顔はなんとなく幸せそうで、その顔を見ているとまだ写真でしか見たことがない雨野智也という人間に対して敵対心を持たざるを得ない。

「よし、とりあえず明日の放課後雨野くんにメールする!頑張る!」
「おー、頑張れ。明日と言わず今送れば」
「それはダメ。こんな夜遅くにメールして常識ない女だと思われたら困る」
真雪みたいな女子から夜中にメッセージが来て喜ばない男なんていない。
「あ、そう。ていうかなんでいつも俺に相談すんの。学校の女子とかに話した方が状況もちゃんとわかるし的確なアドバイスしてくれそうだけど」
「いやー、なんか学校の子たちには恥ずかしくて話しづらいっていうか。それにハルに相談するとちょっと自分に自信が持てるんだよね、なんでかわからないけど上手くいきそうな気がしてくるから」
きっと二人は上手くいくんだろうな。

「今日もありがとうね、助かった」
そろそろ帰るかー、と真雪がブランコから勢いよく立ち上がった。その反動でブランコは変なリズムで揺れて、金具がかちゃかちゃ触れ合う音がする。
サッカー部の美女マネージャーなんて関係ない。その人の顔は見たことないけど絶対に真雪の方がかわいいし。真雪が今勉強中のロックバンドだって、好きな人の好きなものならいつの間にか好きになってしまうんだろう。そして真雪がそのロックバンドを好きだと知ったら雨野智也は喜ぶだろう。そして雨野智也は真雪のことが好きになる。いや、もう好きになっている可能性は十分に高い。それならいっそ雨野智也の方から早く告白して付き合っちゃえばいいのに。

……いや、さすがにそれは嘘だ。
雨野智也と上手くいかなければいいのに。

「真雪」
公園の入り口で彼女が振り返る。
「もし上手くいかなかったら俺のところにくれば」

真雪は一瞬きょとんとしたあと、今日いちばんの笑顔を見せる。
「なに思ってもないこと言ってんの」

真雪はこっちを向いたまま俺のことを待っている。彼女がおごってくれたココアは甘すぎて、半分以上が残っていてすでにヒヤリと冷たい。
俺はそれを無理やり一気に飲み干すと、ブランコから立ち上がった。




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