Introduction
文字数 2,302文字
今回のプログラミング利用でプロジェクト名を決める必要があるため、俺は「ONISHI」と入力した。
「なんだ、おにしって?」
隣でモニターを見ていた同期の長峰が俺に質問した。
「お祖父ちゃんが昔に書いた脚本で登場した主人公の名前だよ。鬼に石と書いておにしって読むんだけど」
「その主人公の職業は?」
「……画家だけど」
「文筆業じゃないのかよ、関係ないじゃん。シナリオ書かせるんだから、それ相応の人物の名前を入力すればいいのに。ミステリー作家とかさ」
「細かいこと言うなよ。一応は探偵みたいなこと物語の中でやってたから、シナリオ書かせたら面白いかなと思って」
「まあ試しに走らすプログラムだから、おまえの好きにすりゃいいけど」
……だったら初めからごちゃごちゃ言うなと軽く歯ぎしりしたが、職業病なのか細かいことに拘る奴がこの業界では多いため、気にしていたらキリがない。
俺はプロジェクト名だけでなく、一通りの項目を簡単に入力した後、試しにどんなものが出力されるのかプログラムを走らせてみた。
男性Aが歩いている。
目の前にペンションの玄関ドアが現れた。
ドアを開けると二階へ行く階段と、キッチンへ向かう廊下が見える。
どちらへ行く?
A:二階へ上る階段
B:キッチンへ向かう廊下
「……」
「こんな感じかぁ」
俺と長峰は同時に溜息を吐いた。これでは幼稚園児が書いたような文章である。例文をいくつか入力することで、作家のクセのようなものをAIに覚えさせる必要があるらしいが、この辺りの詳しい仕様を調べないとダメかもね。
よくよく考えれば、今回の舞台となる建物の間取りや登場するキャラクターの人数、性格などまったく決めていない。圧倒的に材料が足りないのである。このまま作業を続けても、いずれ行き詰まる可能性があるだろう。
「ああそうだ、役に立ちそうな本をおまえに渡しておくわ」
そう言うと、長峰は鞄から一冊の本を取り出した。
「この本だけど」
「……なんだこれ?」
「俺の親父がさ、若い頃に『かまいたちの夜』のハマったらしいんだけど、発売された時期に長野県で話題になった殺人事件があって、その事件を詳しく書いた実録本だよ」
俺は長峰から渡された本を手に取り、表紙に書かれているタイトルを見た。
『惨殺~白蛇村山荘迷宮入り殺人事件~』
そう書かれていた。
「白蛇村山荘迷宮入り殺人事件?」
俺は少しだけ首を傾げた。
「これな、1995年頃に起きた殺人事件なんだけど、犯行内容や舞台背景がかまいたちの夜にそっくりで、当時に聞いた親父も引いたらしい」
「似たような事件があったの?」
「ああ……本を読むと分かるんだけど、豪雪により山荘に閉じ込められた宿泊客が互いに殺し合ったんだ。あまりの異常性に真犯人が誰なのか、なにが切っ掛けで殺人が起こったのか、未だに分かってないから迷宮入りになってるんだよ。かまいたちの夜で例えるなら、バッドエンディングで事件の終わりを迎えた感じだな」
バッドエンディングで終わりを……そう考えるだけで背中に寒いものが走った。
「どうせパクリに近いゲームを開発するんだから、それ読んで参考にしとけ」
「……心が痛むこと言うなよ」
俺は本のページを捲り、殺人事件の大まかな内容を流し読みした。事件が起きたのは長野県白蛇(はくだ)村。スキー観光で有名な白馬村から、少し離れた場所に位置する閑静な村だ。大型ホテルはほとんどなく、ペンションやコテージなどが中心に建ち並ぶため、穴場中の穴場としてウィンタースポーツ狂からも評価が高い宿泊地である。
長峰の言う通り、山荘を訪れた宿泊客が互いに殺し合ったような形跡があり、豪雪により死体の発見は3日後と大幅に遅れたため、目撃者の証言や物的な証拠は皆無だったとのこと。
唯一の生き残りとして、当時10歳だった小野塚道雄をクローゼット内で発見。しかし本人は重度の錯乱状態にあり、まともな会話は25年以上が経過した今でも不可能なほど、心に致命的な傷を負ったらしい。
無理もない、死体が大量に転がっている建物で3日間も過ごしたのだ……犯人が生きているかもしれない恐怖心と戦いながらである。大人の自分でも、まともな精神を保てるか自信がない。
「そういやおまえ、今度の連休に長野へ滑りに行くとか言ってなかった?」
集中して本を読んでいた俺は、長峰の問い掛けで我に返った。
「ああ……そのつもりだけど」
「完全なインドア派で運動神経なさそうなのに、そういうところだけは意外性あるんだな」
「うるさいな、彼女がアウトドア派なんだよ」
キーボードを叩く力とマウスを動かす力さえあれば十分だと思っている俺は、運動神経なんて一切必要ない。もちろん、スポーツなんて大嫌いである。しかし、学生時代から付き合っている彼女は生粋のアウトドア派で、週末には夏ならマリンスポーツ、冬ならウィンタースポーツに駆り出される。その影響から、月曜から水曜まで筋肉痛が抜けないのだ。
「じゃあ、この事件を調べてみれば?」
長峰がとんでもないことを言い出す。
「ええ……殺人事件が起こった現場に行けってこと?」
「何事も題材探しだよ、現場を見ておいて損はないだろ。ゲームづくりにヒントになるかもしれないしな」
「この山荘ってまだあるのか?」
「廃墟になってるらしいが、さっきYoutubeで調べたら肝試しに行った連中が動画をアップしてるぞ。おまえも行ってみろよ、面白そうだし」
長峰はそう言うと、バンバンと俺の背中を叩いた。
……こいつ、会話のネタづくりに俺を利用するつもりだな。
(白蛇村山荘迷宮入り殺人事件か……)
俺は心の中で本のタイトルを再び読み上げた。
「なんだ、おにしって?」
隣でモニターを見ていた同期の長峰が俺に質問した。
「お祖父ちゃんが昔に書いた脚本で登場した主人公の名前だよ。鬼に石と書いておにしって読むんだけど」
「その主人公の職業は?」
「……画家だけど」
「文筆業じゃないのかよ、関係ないじゃん。シナリオ書かせるんだから、それ相応の人物の名前を入力すればいいのに。ミステリー作家とかさ」
「細かいこと言うなよ。一応は探偵みたいなこと物語の中でやってたから、シナリオ書かせたら面白いかなと思って」
「まあ試しに走らすプログラムだから、おまえの好きにすりゃいいけど」
……だったら初めからごちゃごちゃ言うなと軽く歯ぎしりしたが、職業病なのか細かいことに拘る奴がこの業界では多いため、気にしていたらキリがない。
俺はプロジェクト名だけでなく、一通りの項目を簡単に入力した後、試しにどんなものが出力されるのかプログラムを走らせてみた。
男性Aが歩いている。
目の前にペンションの玄関ドアが現れた。
ドアを開けると二階へ行く階段と、キッチンへ向かう廊下が見える。
どちらへ行く?
A:二階へ上る階段
B:キッチンへ向かう廊下
「……」
「こんな感じかぁ」
俺と長峰は同時に溜息を吐いた。これでは幼稚園児が書いたような文章である。例文をいくつか入力することで、作家のクセのようなものをAIに覚えさせる必要があるらしいが、この辺りの詳しい仕様を調べないとダメかもね。
よくよく考えれば、今回の舞台となる建物の間取りや登場するキャラクターの人数、性格などまったく決めていない。圧倒的に材料が足りないのである。このまま作業を続けても、いずれ行き詰まる可能性があるだろう。
「ああそうだ、役に立ちそうな本をおまえに渡しておくわ」
そう言うと、長峰は鞄から一冊の本を取り出した。
「この本だけど」
「……なんだこれ?」
「俺の親父がさ、若い頃に『かまいたちの夜』のハマったらしいんだけど、発売された時期に長野県で話題になった殺人事件があって、その事件を詳しく書いた実録本だよ」
俺は長峰から渡された本を手に取り、表紙に書かれているタイトルを見た。
『惨殺~白蛇村山荘迷宮入り殺人事件~』
そう書かれていた。
「白蛇村山荘迷宮入り殺人事件?」
俺は少しだけ首を傾げた。
「これな、1995年頃に起きた殺人事件なんだけど、犯行内容や舞台背景がかまいたちの夜にそっくりで、当時に聞いた親父も引いたらしい」
「似たような事件があったの?」
「ああ……本を読むと分かるんだけど、豪雪により山荘に閉じ込められた宿泊客が互いに殺し合ったんだ。あまりの異常性に真犯人が誰なのか、なにが切っ掛けで殺人が起こったのか、未だに分かってないから迷宮入りになってるんだよ。かまいたちの夜で例えるなら、バッドエンディングで事件の終わりを迎えた感じだな」
バッドエンディングで終わりを……そう考えるだけで背中に寒いものが走った。
「どうせパクリに近いゲームを開発するんだから、それ読んで参考にしとけ」
「……心が痛むこと言うなよ」
俺は本のページを捲り、殺人事件の大まかな内容を流し読みした。事件が起きたのは長野県白蛇(はくだ)村。スキー観光で有名な白馬村から、少し離れた場所に位置する閑静な村だ。大型ホテルはほとんどなく、ペンションやコテージなどが中心に建ち並ぶため、穴場中の穴場としてウィンタースポーツ狂からも評価が高い宿泊地である。
長峰の言う通り、山荘を訪れた宿泊客が互いに殺し合ったような形跡があり、豪雪により死体の発見は3日後と大幅に遅れたため、目撃者の証言や物的な証拠は皆無だったとのこと。
唯一の生き残りとして、当時10歳だった小野塚道雄をクローゼット内で発見。しかし本人は重度の錯乱状態にあり、まともな会話は25年以上が経過した今でも不可能なほど、心に致命的な傷を負ったらしい。
無理もない、死体が大量に転がっている建物で3日間も過ごしたのだ……犯人が生きているかもしれない恐怖心と戦いながらである。大人の自分でも、まともな精神を保てるか自信がない。
「そういやおまえ、今度の連休に長野へ滑りに行くとか言ってなかった?」
集中して本を読んでいた俺は、長峰の問い掛けで我に返った。
「ああ……そのつもりだけど」
「完全なインドア派で運動神経なさそうなのに、そういうところだけは意外性あるんだな」
「うるさいな、彼女がアウトドア派なんだよ」
キーボードを叩く力とマウスを動かす力さえあれば十分だと思っている俺は、運動神経なんて一切必要ない。もちろん、スポーツなんて大嫌いである。しかし、学生時代から付き合っている彼女は生粋のアウトドア派で、週末には夏ならマリンスポーツ、冬ならウィンタースポーツに駆り出される。その影響から、月曜から水曜まで筋肉痛が抜けないのだ。
「じゃあ、この事件を調べてみれば?」
長峰がとんでもないことを言い出す。
「ええ……殺人事件が起こった現場に行けってこと?」
「何事も題材探しだよ、現場を見ておいて損はないだろ。ゲームづくりにヒントになるかもしれないしな」
「この山荘ってまだあるのか?」
「廃墟になってるらしいが、さっきYoutubeで調べたら肝試しに行った連中が動画をアップしてるぞ。おまえも行ってみろよ、面白そうだし」
長峰はそう言うと、バンバンと俺の背中を叩いた。
……こいつ、会話のネタづくりに俺を利用するつもりだな。
(白蛇村山荘迷宮入り殺人事件か……)
俺は心の中で本のタイトルを再び読み上げた。