調査【後半】

文字数 3,171文字

まず目に飛び込んだのは、ゴーグルに付着した血液だった。

 あまりにも視界の邪魔になる血液は指で拭った。少し拭いきれなかった分がのびてしまったが、気にするほどのものではないので放置した。

 ふと思い出して足元を見る。

 見覚えのある黒髪の頭が映る。

鼻がストッパーのようになっているのか、下を向いた状態で止まっていた。

 胴体は少し向こうにあった。

 ああ、いつの間にかまた首に手をのばしていたのかと思いながら手に持っていたナイフを見つめる。

そして胴体を見た時に見えた向こう側のものを確認してみる。

 壁にもたれかかるベーミンにその近くに倒れるヨセフ。そして外には2人並んでジュンメスとザースが倒れていた。生死は不明。出血量的には死んでるような気がするが、なんだか直感的に生きているような気もした。

 遠くで機械が動いているような音が聞こえる。わかりやすすぎてわざとらしいが。

音のした方へ歩いていく。中央の広間まで来ると、左右の階段の間に下へと繋がっているらしい階段を見つける。こんなもの最初来た時はあっただろうか。

 招かれるように階段へ足を踏み入れる。

 全く警戒する様子もなく、ラギーは奥へと進んでいく。

 階段が終わると、まっすぐと続く薄暗い廊下らしい空間が広がっていた。

 左右の壁には管らしきもの。何本もの管が様々な方向に入り組んで壁を埋め尽くしていた。こんな量の管に何を通すのか。

 この雰囲気だと、極秘の地下施設ってところか。

 そして長い廊下の向こうに微かに明るさを感じる。そこまで着くと、突然広い空間が広がっていた。

 その広い空間の中央には、手前の管の何十倍もあるような大きさの柱が一本立っていた。そして壁一面にこんどは管でなく巨大なガラス張りの水入りの円柱。目測5mほど。稼動しているらしく、一定のリズムで空気が重力に従って上へのぼる。中に人らしいものが入っている円柱も見受けられた。全て女性、だろうか。数え切れないほどの細い管が体に繋がれている。

 四角いこの空間の左右にはまた廊下らしい道がのびていたが、さすがにまた長く見えたので、入る気にはならなかった。

 中央の柱の向こう側にはまた一本廊下があったが、あまり長いようには見えなかったのでその方向へ進む。

 さっきよりは少し短かった廊下を抜けると、また広い空間、大量の円柱に迎え入れられる。少し高い位置に設置されている椅子には人影が見えた。

 怪しんで立ち止まると、椅子がくるりと回転し、座っていた人物はこちらに顔を向けた。しかしこの空間自体が薄暗く、何か画面に映して見ているのかこちらからすると逆光のため、顔がよく見えなかった。

[やあ、待っていたよ。]
[ラギー・ミレイズ少佐。]
…………中尉……、だ。
 翻訳ソフトを介すということは日本人…。

 なぜかたまに間違えられるが自分は中尉だ。どうやっても少佐ほどの実力は備えていない。

 影でも日本人が垂れ気味に首を振ったのが見えた。

[本当に記憶がとんでいるのか。]
 どういうことかと声にする前に日本人は話を続ける。返事を聞く気がないというように1人で語り続ける。
[君は強いから脅威になる。そう思ってずっとマークしていたんだが、まさか記憶喪失になるとは思わなかったな。

まあ、しかたないか。]

 日本人…彼は足を組み直す。そして少し体勢が変化したため、表情がうかがえた。
[彼女を失い、戦友も失ったのだからな。]
 だが表情がうかがえたという事よりも、発言のほうにひどく引かれる。

 浅く地面の沈む感覚に襲われる。

[ああ、記憶の無い君にはもう関係のないことだったかな。]
重力に押し付けられないよう救い出すように声を出す。
………ど……
[うん?]
…どういう…ことだ、
 まるでこちらの反応を楽しむように、愉快そうに微笑んだ。
[の君には彼女がいて、部下がいた。…それだけさ。]
 ないはずのなにかが引っかかる。

 彼はそのあいだに、奥の机に手を伸ばす。

[ついでにプレゼントだ。]
そう言ってなにかのボタンを押した。

 直後脇腹が折れるような激しい痛みに襲われる。思わず銃を床に落とし、膝を折る。勢いよく膝を床に打ちつけたため膝の骨から腰にかけて少し刺激を感じたが、脇腹の痛みに丸々かき消された。

 上体を起こし続けられなくなり、ゴーグルを床に打つ。

[傷は治して来なければ。

…まあ、治さずとも来てくれると信じていたがね。]

 声で痛みを少しでも抜こうというように喘ぐ。

 彼はその姿を眺めていたが、少しすると再びスイッチに手を伸ばす。

[痛々しいなぁ…]
そしてボタンを押すと、喘いでいた声も徐々に収まり、荒い息遣いのみに変わっていく。
[強者に頭を下げられている気分だ。]
 痛みで床を引っかいていた指に力を入れ、落ち着いた体を起き上がらせようとする。そのかっこうの情けなさに自分でも笑えてきてしまう。
…ふん…、散々だ…。
彼の眉がぴくりと動く。ラギーは口角を上げる。
だが…感謝しよう。

きお――…

[おかえりなさい、ミレイズ少佐。]
………
[そしてどういたしまして、だ。]
 理不尽に言葉を遮られたため、向こうを睨みつけた。それをまったく気にしていないように、彼は椅子から腰を上げる。
[それを待っていた。]
 そう言うと脇に置いている刀を手に取る。日本軍では刀がブームにでもなっているのだろうか。だがナイフに刀とはなかなか相性のよくないものだ。
……ほう?
 勢いよく鞘から刀を取り出し、鞘を放る。
[…珍しいだろう?]
そう言いながら取り出した刀に右手を添え横に持つ。

 だが透明であったため、刃か峰か判断できなかった。

[透明だ。]
 ひどく嫌味のある微笑みをしながら、薄暗い光の反射でしか捉えられない刀を見せつける。その自慢げな表情に対し、正直な感想を述べる。
…厄介だ。
[そう言ってもらえると嬉しいねえ。]
 満足だというようにうんうん頷いた。気味悪げな笑みを浮かべる。思わず俺は顔をしかめた。その表情をみとめてもなお、笑みを崩さなかった。
[記憶のある君と戦いたかったんだ。]
 刀でくるのなら仕方ないなと持っていたライフルを畳んで腰のポケットにしまう。そして癖でいつものナイフに手を伸ばした。
ご指名ありがとう。とても嬉しくない。
[そう言ってもらえて、とても嬉しいよ。]
 皮肉やら直接的な誹謗をすべてクッションに吸収された。正直苦手なタイプだと思った。武器の相性も良くないし性格の相性も良くないか。

 そこで自分の武器を確認してはじめて人質用ナイフを持ってしまっていたことに気が付いた。また何か言われるかなと心中苦笑しつつも今更かとナイフの柄を持ち直す。

[そういえば佐竹…

入り口のあの子に刀術を教えたのは僕なんだ。]

なおさら気が抜けないな。

 そう言いながら手足首を回した。

彼は軽く目を見開いて首を傾げる。
[少佐は佐竹を殺したんじゃないのか?]
ああ、殺したね。すごく手強かった。

…そう考えりゃあたり前に、

彼を指差す。
師匠であるお前はもっと手強いだろう、と考える。
彼は呆れたように肩をすくめる。
[僕は風なんてつかえないが。]
だとしても…だ。
拳銃に触れてすぐに相手に向けて発砲する。

 やはり金属音での返事だった。ひとつため息をついて拳銃をしまう。

さすがに隙が無いかあ…。
[あたりまえさ。]
そう言うと彼は刀で防御体勢をとっていた状態から、構えの体勢へ変化させる。
[さ、はじめよう、はやく。]
子供のように嬉々とした表情で戦闘を要求する。
そう急かすな。
 念の為装備の最終確認をしておいた。ナイフの数も問題なし。だが足りるかどうかといわれれば心細いだろうか。

…まあやってみないとわからないというものだ。

[待ちに待ってたんだから……どれだけ僕がこの時を待っていたと思っているよ…]
 俯きがちに言ったその瞳はまさに狂気、だった。身震いがした。
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登場人物紹介

ラギー・ミレイズ(中尉/少佐)

 自由な行動をとり、謙虚な性格。

精鋭部隊の隊長であったが、とある作戦で部下を失ってしまったショックなどで自殺をしようとした。しかし直前に回収に来た兵士によって阻止された。ザースは当時の部下の1人。

 彼女がいた、というがまだ誰かわからない。

ザース・ウォンダーザー(中尉)

 頭が良く正義感が強い。基本冷静な判断をするが、無茶をすることもしばしば。

銃の扱いや常識人さに定評がある。

もともとはラギーらと精鋭を組んでいたが、ラギーが記憶を失ってからは同僚として一緒に行動している。

メデゼン・イラスティア(救護班長)

 どの兵士とも仲がよく、親しい。

熟練の観察眼と馴れた手さばきで多くの兵士を救ってきた。面倒見もいいので、兵士たちの良い相談相手にもなっている。優しいが厳しい面もある。

エナ(動力源)

 日本につかわれていたところを連合軍に保護された。

大人しい性格だが、自分の意思は意外にはっきりしている。

日本にくる以前の記憶がおぼろげらしい。

日本軍では海軍の艦の動力源(昔でいう石油などの代わり)として艦に乗せられていた。〈機器に繋ぐことによって〉

ジュンメス・カーター(少尉)

 少し楽観的な思考をもつ。あまり頭脳派でない。

第六感が鋭く、危機的な状況になると消極的になる。

ヨセフ・ガイゼリン(少尉)

 名家ガイゼリンの長男。本人はガイゼリン家を嫌っている。ベーミンにはそれについて性懲りなく何か言われるので毛嫌いしている。

頭が良く、冷静に物事の判断を行う。周りを冷たく突き放すこともあるが、根本は仲間思い。

ベーミン・ウィリアムズ(大尉)

 常に陽気でよく他人をからかう。ガイゼリン家について少し知っていることがあるらしく、ヨセフによく絡む。

平等な立場を好むため、階位を表に出されるのを苦手とする。

デンジャラスじゃない、とMAの作戦をサボることがよくある。元少佐だったがその休みすぎの影響で落とされた。

佐竹(日本軍兵士)

 常に冷静な判断を下し、上司に忠実。

刀と風を使いこなしている。刀術については上司に習った。

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