第17章「冥府下り」

文字数 8,764文字

 黄泉の国の地下世界で、エンマは、夜も昼も分からない暗闇の中、毎日毎日地下に棲む虫やヒルのような生物を食物とし、泥水で渇きを癒しながら、妖力を抑える修行を行っていた。傍らには、気を食べて生きている少女、柘榴がいて、エンマの修行の助けとなりつつ、他愛もない会話をして気を紛らせたりしてくるのだった。
 一方で、蓮花たちはエンマを探すことを心に決めて、蓮花、蘭丸、椿、楓の四人は蘭丸の家に集まって、広い庭で、蓮花を中心に話し合っていた。
「皆集まって、どうしたんだ?」
 そこへフータも首を突っ込んできた。
「やあ、小鬼君。赤鬼君がいなくなって、泣きべそでもかいてるんじゃないかと思ってたよ。」
 椿が見下したような、悪戯っぽい笑みを浮かべてフータを見た。
「なにい!お前は兄貴をバカにしてた奴だな!」
「そう突っかかるなよ。僕たちは、赤鬼君を探そうと思って集まったんだからね。」
 椿の肩には、カラスの黒天が止まっていた。それを見るとフータは、椿のことなど忘れて、黒天をじっと見つめて、目を輝かせ始めた。
「綺麗なカラスだなあ。胸の所が白くって、こんな模様の奴は見たこともねえ。」
「フフッ。こいつは特別なのさ。カラスのボスだしね。」
「ボス?それって、強えーってことか?」
「ああ。」
「すげえや!いいなあ。かっこいいなあ。」
 黒天は、フータを見て首を左右に傾げて見せると、カアと一声鳴いた。
「おいらのこと、こぞう、だって。すっごく偉そう!」
 フータは大はしゃぎして言った。
「へえ。小鬼君は、こいつの言ってることが分かるのかい。」
 椿はフータを見て少し驚いたように言った。
「こぞう。俺の手下をここへ連れて来てやろうか。」
 フータは、黒天の真似をするかのように低い調子でそう言った。
 すると、どこからやって来たのか、カラスの群れが黒だかりになって飛んできて、蘭丸の家の周りに集まり、屋根の上や、塀の上や、桜の木の枝に止まってこちらを見た。
「うわあ!ほんとにカラスのボスなんだね!」
 それを見て、フータは嬉しそうに飛天術で飛び回って、カラスたちに挨拶した。
「黒天。それじゃあ早速、エンマを皆で探してきてくれ。」
 椿がそう言うと、黒天はカラスたちを引き連れて、上空へ飛んでいくと、そこからいくつかの群れに分かれて飛んでいった。
「俺にも、電光丸がいるからな。既に電光丸はエンマを探して飛び回ってる。だから俺は、鈴蘭と一緒にエンマを探すよ。鈴蘭の鼻を頼りにね。」
 蘭丸は、鈴蘭の頭を撫でて言った。
「エンマのためにあたしに出来ることといったら、せいぜい占いくらいだよ。占いでも、エンマの居所は分からなかった。」
 楓が、腕組みして言った。
「私たちは使役動物を使えないから、一緒にエンマを探しましょう。」
 蓮花が言った。
 こうして、蓮花と楓、蘭丸、椿の三手に分かれて、エンマを探すことになった。
 長老の芭蕉もこれを認めて、蓮花たち以外にも、いくつかの隊を作ってエンマの捜索に当てていた。
 しかし、そうした所で無駄骨であることは、芭蕉が一番よく分かっていた。
 芭蕉とて、ただ人に命じてばかりではなく、黄泉の国に行く方法を探っていたのだ。里に眠っている古い文献や、己の霊力を駆使して、その法を求めていたが、全て無駄だった。
 そもそも、霊力を持っているといっても、所詮は人間の力なのだ。黄泉の国は死の世界であり、そこへ人が行くことなど、出来るはずもなかった。
 半分魔物であるエンマなら、それは可能かもしれないが。
 また、それ以上に芭蕉には気になっていることがあった。
 蓮花からの報告で聞いた、蓮花の親を殺したという魔物、邪蛇のことである。
 邪蛇という魔物の存在は、名前こそ知らなかったが、雷鬼の側近に非常に優秀なものがついている、ということだけは、芭蕉も分かっていた。
 蓮花の親の死因に、邪蛇が関与しているのが本当だとすれば――。
 芭蕉は、(かね)てから考えていた「魔物の通り道」と邪蛇が関係しているのではないかと推測していた。その根拠として、邪蛇が地獄里にいたということが挙げられるのだ。
 蓮花の両親の遺体は、いかにも魔物に殺されたのだと言わんばかりにずたずたに引き裂かれて、山の中に捨てられていたのだが、どうもその場で殺されたのではなく、殺した後に、死体をわざわざ山の中まで運んできて捨てたものらしいと分かったのだった。
 さらに蓮花の両親は、何かを知らせようとしていたらしく、里へ鷹を放っていたが、その鷹までも殺されていた。魔物は、何か重大な秘密を発見されたために、蓮花の親を殺し、秘密を隠そうとしていたのではあるまいか。
 蓮花の両親が、何かを発見したのではないか、ということだけは以前から見当がついていたが、まさかそれが魔物の通り道だなどとは、予想もしていなかったことだったのだ。
 地獄里の指導者が邪蛇だったとして、地獄里と根の国を結ぶ魔物の通り道があると考えれば、そこに邪蛇がいたということは、昔、魔物の通り道を蓮花の両親に発見されて、秘密を守るために邪蛇が彼らを殺したのではないかと考えるのが自然だろう。
 そうであれば、最早、魔物の通り道がどこかにあることは明白であった。
 しかし、肝心の魔物の通り道が、どこを探しても見つからないのだ。
 同じ魔物の力ならば、見つけられるかもしれない――。
 芭蕉は、エンマの帰りを待つ他になかった。

 大きく燃え上がった炎。憎しみが湧き上がり、どんどんと燃え盛っていく。
 そこへ、冷えた氷の心を作り出す。
 感情を支配する。氷のような凍てついた心で。
 最初はその氷を、激しい炎がすぐに溶かして消してしまった。
 だが氷は次第に育ち、逆に炎を侵食していく。
 炎は小さくなっていき、氷も溶かすことが出来ぬほど小さくかすかな火になっていく。
「なんかいい感じだぜ…。」
 エンマは、妖力を徐々に抑えられるようになってきていた。
 そして、ただ妖力を消すばかりでなく、一定の妖力を放出しつつ、それが過剰にならないようにコントロールする術も身に付けつつあった。
 妖力をコントロールするということは、己の激しい感情を支配し抑えることにも繋がっていた。エンマは、理性を保ちながら、激しい炎のような妖気を纏うことが出来るようになることを、朧気に目標としているようだった。
「お前の妖気…。最初はただの荒くれ者って感じだったけど、今は、侍みたいだ。」
 柘榴が言った。
「荒くれ者から侍に格上げか。」
「いいんじゃねーか。気の質も上がってるから、少しの気を食っただけでアタイは十分だぜ。」
「またハラが減ってきたな…。」
 エンマは腹を押さえて、嫌そうに顔をしかめた。今までなら、腹が減って食事にありつくことが何よりの楽しみであったというのに、この地下世界へ来てからは、食事をすることが、エンマにとっては大変な苦痛となっていた。
「よし、虫を取ってきてやる。」
 柘榴が、どろどろした粘液にまみれた、芋虫のような大きな塊を捕らえて持ってきた。
「…またそれか。毎日毎日…。マジでそれ以外なんかねえのかよ。どっか、奥の方をずっと探したりすれば…。」
「あ!そういや、今の今まですっかり忘れてたけど、落人のいねー方の道をずーっと行った所に、地底湖があったよーな…。」
 柘榴が手をぽんと叩いて言った。
「なんでそれを忘れてんだよ!そこに行けば、魚とかがいそうじゃねえか。」
「どうだろうな。ずっとそんなトコ行ってねーし。まー地底湖だか何だか忘れたけど、確かにどでかい水溜りはあったから、こんなトコでも魚の一匹や二匹いてもおかしくはねーかもな。」
「へへっ、魚なら大好物だぜ。よし、そこに行ってみるか。」
 早速エンマは立ち上がって、暗闇の奥の方へと進んで行った。
「アタイも行くぜ!」
 その後を追って、柘榴がエンマの先に立って歩き出した。
 奥へずっと進んでいくと、左右に道が分かれるようにして、大きな穴が二つ開いていた。
 柘榴は右の道を示して、そこへ入って行った。続いてエンマもそこを進んで行った。
 道の幅は奥へ進むほど、だんだん狭くなっていった。
 道はまっすぐ伸びていて、足元にはやはり草一本なく、小石が散らばるばかりの地面はひんやりと冷たく、でこぼこした岩肌がどこまでも続いていた。
 そのような味気のない道を何時間も過ぎて行くと、次第に遠くに淡い光が見えてきた。
 光のある場所へ辿り着くと、そこには、つるつるとした岩肌一面に苔が生えていて、その苔が、闇の中でぼうっと光っているのだった。
 更に進むと、今度は不思議な七色の光が、洞窟全体を照らすようにして光り輝いていた。
 二人は思わず目を見張って、上下左右全てに広がっている色とりどりの景色を眺めた。
 それらは先程と同じ苔であったが、様々な色に光った苔がびっしりと洞窟中を覆っているのだった。
 赤、黄、青、緑など、様々の色の光がきらきらと眩く暗闇を照らして、美しく妖しい世界を作り出していた。
「なんだこりゃあ…。」
 エンマは呆気にとられて、口を開いたまま辺りを眺め回していた。
「うわあ!スゲー。こんなトコがあったなんて知らなかったぜ。いっつもおんなじトコで寝てばっかいたからな。キラキラしててキレーだな。」
 柘榴は瞳を輝かせて、この景色に見とれていた。
「キレイ…なのか?俺には不気味な所にしか見えねえが。」
「ロマンちっく、じゃねーか。七色に光ってんだぜ。こんなの、ここでなきゃお目にかかれねー景色だぜ。」
 柘榴はうっとりとして、エンマの体にぴったりと背中を預けてきた。
「おい、あんまりべたべたくっつくな。」
 エンマは柘榴を押し戻すようにして体から離した。
「なんでさ。いいだろお、ちっとくれー甘えさせてくれてもよ。久々に人間…いや、まーお前は半分魔物だけどよ、ま、人が来てくれてアタイはすげー嬉しいんだ。しかもアタイと同じくらいの若い男だし。ケケッ。」
 そう言って柘榴は、エンマの腕に両腕を回してぎゅっとくっついてきた。エンマの腕に、柘榴の柔らかい胸が当たり、エンマの肩には、柘榴のさらさらとした柔らかい髪の毛が当たって、甘いいい匂いが漂い、エンマは気分がくらくらしてくるような感覚を覚えた。
「うっとーしいな!」
 変な感覚を振り払うように大声を出して、エンマは柘榴の手を強く振り解いた。
「そう冷たくすんなって。もしかして照れてんのか?」
 柘榴は悪戯っぽく笑って、執拗にエンマにくっついてこようとした。
「…ったく、同じ女でも随分違うんだな。蓮花とは。」
「ああん?またレンカのことかい。その蓮花って女は、どんな奴なんだ?」
「んー…。とにかく気が強い奴で、頭が良くて、それで人を小バカにしてて、なんもしてねえのにいきなり怒って怒鳴りつけたりして、時々わけの分からねえ態度をとってみたり、そうかと思えば妙に優しかったり…。」
「なんだそれ。滅茶苦茶な奴だな。お前、その蓮花がぶっちゃけ好きなのか?」
「ああ、そうだな。なんだかんだ言ってもいい奴だし、俺の仲間なんだ。」
「いや、そーじゃなくてよ。女の子として蓮花をどーなんだ?ってことさ。」
「別にそんな気はねえ。それに、蓮花のことは蘭丸がべた惚れなんだ。」
「蘭丸?そいつもお前の仲間か?」
「ああ。そいつの家で俺は家族みてえに一緒に暮らしてんだ。毎日朝早くから、蓮花も来るんだ。そんで、いつも寝坊してた蘭丸が、蓮花が来るからって、早起きするようになったりな。」
 エンマは笑って言った。
「なるほどねー。なーんか読めてきたぜ。複雑な三角関係ってやつだな。蘭丸は蓮花を好きで、蓮花は多分お前を好きで、お前は何も気付いてねーと。」
「俺にはそういうことは分からねえし、どうでもいいぜ。」
「どうでもいいってこたあねーだろ。きっと蓮花は、今頃お前がいなくなって泣いてんだろーな。かわいそうに。」
「そんなメソメソした奴じゃねえよ、蓮花は。泣いたってすぐに忘れて笑ってるような奴さ。」
「ふーん。アタイはそういう奴は嫌いじゃねーな。うじうじメソメソした奴は嫌いだし。なあエンマ、お前はものすげー鈍い奴みてーだから言っとくけどよ、里に帰ったら蓮花を気にかけてやれよな。多分、お前が帰って来て一番喜ぶのは蓮花だと思うからさ。」
「そうかな。フータが一番喜ぶんじゃねえかな。」
「フータ?」
「俺の弟分なんだ。俺のことを兄貴呼ばわりして、慕ってる餓鬼なんだ。」
「へーえ。見かけによらず、子供にまで慕われてんのか。モテモテだねー。実を言うとアタイもさ、お前にホレそーなんだ。なあ、マジでここに残って一緒に暮らさねーか?メオトになってさあ。」
 柘榴は体をくねくねとさせ、エンマを上目遣いで見つめながら言った。
「冗談じゃねえ!俺にはやらなきゃならねえことがあるんだ!」
「アハハ!冗談だって。お前はすぐ本気にするから、おかしーぜ。ケケッ。」
 柘榴は腹を抱えて笑い転げた。
「ち!人をからかいやがって…。」
 笑っている柘榴を無視して先へ進もうとするエンマを、柘榴が追いかけて行って、またエンマの腕に手を回してぴったりとくっついてきたが、エンマは最早諦めてそのままにして歩き続けた。
「こうしてっとデート気分だぜ。ここはこんなキレーに光ってるし。ずーっと色気のねートコにいたからな。新鮮だぜ。」
「ここはなんでこんなに光ってんだろうな。」
「光りゴケだよ。苔が光ってんだ。」
「フータに見せたら、びっくりするだろうなあ。」
「フータねえ…。アタイがもしお前だったら、蓮花を連れて来てやるけどな。で、蓮花はここを見て、『きゃーこわーい』とか言ってくんだよ。で、すかさず『俺がいるから大丈夫だぜ』とか言って、ぎゅっと抱きしめてやんのよ。んで、『ほらよく見てみろよ、キレーじゃねーか。ま、お前の方が何百何千の星よりずっとキレイだけどな。』なーんてな。それでもう蓮花はメロメロさ。ケケッ。」
「…はあ。それは蘭丸に教えた方が良さそうだな…。」
 エンマはすっかり呆れたような顔になって、柘榴を見ていた。
「そんなに蘭丸って奴は蓮花にホレてんのか?」
「そりゃあもう。毎日毎日、蓮花、蓮花ってな。うるせーくらいだ。」
「でもよ、だからってそいつに遠慮することはねーんだぜ。蓮花ってアタイと同じくらいカワイイんだろ。で、お前にホレてんならほっとくって手はねーと思うけどな。」
「別に蓮花にだってそんな気はねえよ。何勝手に決めてんだ。」
「だってよ、わざわざ毎日その蘭丸って奴の家、つまりお前も一緒に住んでるトコに来るんだろ。お前に会いに来てんじゃねーのか。」
「それは、蘭丸の家に家族が増えたから色々手伝ってくれてんだよ。」
「それだけじゃねーと思うぜ?目当ては蘭丸なんかじゃなくて、お前なんだ。」
「なんでおめえが分かったように言うんだよ。」
「アタイには、女のカンで分かるんだ。ケケケ…。」
「俺にはさっぱり分かんねえな。」
 そういった他愛もない会話を繰り広げている間に、光りゴケの道を通り過ぎて、また暗闇の世界に戻って行った。
 しばらく進んで行って、エンマは思わずあっと声を上げて身構えた。
 目の前に広がる景色が、まるで巨大な魔物が大きな口を開けて、口の中の鋭い牙を剥き出しているように見えたのだ。
 しかしよく見てみれば、それは魔物の牙ではなく、鍾乳石だった。つららのような形をした石が、洞窟の天井や地面から幾つも幾つも突き出していた。先が鋭く尖った細長い管のようになった石がぶら下がっていたり、太く長く育った石が柱のようになって天井と地面を繋いで、光のない真っ暗な闇の中に怪奇な異空間を作り出していた。
「なんかすげえ所だな。自然に出来たもんなのか?でけえ魔物かと思ったぜ。」
 エンマは、地面からにょきにょきと伸びている鍾乳石に手を触れてみたり、珍しそうにして周りを眺めていた。
「キレーでも何でもねえや。こんなトコ。さっきの光ってたトコに比べりゃあ。さっさと行こーぜ。」
 柘榴は興味がない様子で、つまらなさそうに言った。
 鍾乳洞を過ぎて、またどんどん奥へ奥へと進んで行った。
 ぐうとエンマの腹が鳴って、その音が洞窟内に響いてこだました。
「もう限界だぜ。腹が減って…。」
 エンマの足取りも、だんだんとおぼつかなくなってきていた。もう、何時間歩き続けているだろうか。
「そうか。食べ物を探してたんだったな。すっかり忘れてたぜ。お前とこうして歩いてんのが楽しくてさ。」
 柘榴だけは元気に笑っていた。
 あまりの空腹で、倒れ込んでしまいたくなってきたエンマの眼前に、何か白いものが見えてきた。
 その白いものは、近付いて見ると、茸だった。
 茸の白い傘の部分は大きく広がっていて分厚く、柄の部分は太くて、いかにもうまそうだった。
 そんな白くて太った茸が、辺り一面に山のように生えていた。
「おっ、うまそうな茸が生えてんじゃねえか。」
 涙を流さんばかりになって、エンマは言った。
「へえ。こんな所に茸がねえ…。けど、やめといた方がいいぜ。明らかに怪しいだろ。」
 しかし既に、エンマは茸を採って頬張り、むしゃむしゃと食べていた。
「ああ、うめえうめえ。久々にうめえもんにありついたぜ。」
 嬉しそうに言って、エンマは茸をむしり取って食べ続けていた。
「あーあ。食っちまったよ。どうなっても知らねーぜ。」
「おめえは食わねえのか?」
「遠慮しとくぜ。そもそもアタイは気を食って生きてっから。もうずっと長いこと食い物なんか口にしてねーし。」
「…ああ、なんかもうハラいっぱいだぜ。これっぽっちしか食ってねえのに。」
 エンマは腹を押さえてその場に寝転んだ。
 むしり取った茸が緩んだ手から落ちて、そこらへんに散らばった。
 エンマは虚空を眺めたまま、しばらくそのまま動かないで転がっていたが、突然大声を上げて笑い出した。
「ハハハハハハハ!!」
 寝転んだまま、エンマは一人で大笑いしていた。
「おいおい、大丈夫か?」
 狂ったように笑っているエンマを見て、柘榴が不審な表情で言った。
「うるせえ!」
 いきなり、エンマは立ち上がって刀を抜いた。
 そしてそこら中を、滅茶苦茶な動きで刀を振り回し始めた。
「うわっ!」
 刀を向けられて、柘榴は驚いて身をよじってかわし、逃げるようにして岩肌に張り付いた。
 エンマの目の前に、憎い仇である雷鬼が立っていた。
「てめえ!」
「エンマ。お前は俺が殺してやろう。」
 雷鬼はそう言って、両手から雷を生じさせた。
 灰色の地表に嵐が吹き荒れ、激しい雨が降り、雷が鳴り響いた。
 雷鬼は雲に乗り、その上でエンマを見下ろして笑っていた。
「俺はてめえを許さねえ!」
 エンマは高く跳躍して、雷鬼に向かっていき、刀を思い切り振るった。
 青白い霊気を帯びた刀が、雷鬼を貫いたかと見えた。
「ハハハハ!そんなものでこの俺が倒せるものか。」
 雷鬼の体は霊剣をすり抜けたようになって、効果がなかった。
「ちきしょう!」
 エンマの体から、赤い妖気が(ほとばし)っていた。
 激しく強く、妖気の炎が立ち上る。
「ウアアアアッ!」
 妖気を纏った刀が一閃し、雷鬼を斬り裂いた。
「エ…エンマ…。」
 だがしかし、斬ったと思った相手は、蘭丸だった。
 蘭丸は血だらけになって、エンマを見つめながら、ばたりと倒れた。
「ら…蘭丸!?」
 エンマは刀を捨てて、蘭丸に駆け寄ろうとした。
 するとエンマの前に蓮花が現れて、エンマを殴り飛ばした。
「よくも…よくも蘭丸を殺したわねッ!!」
 蓮花は蘭丸の死体に(すが)り付きながら、エンマをきっと睨んでいた。
「見損なったよ、エンマ。」
 楓は、氷のように冷え切った眼差しで、エンマを見ていた。
「やっぱり赤鬼君は、魔物の仲間だねえ。」
 椿は横目で嘲るようにエンマを見て、ぺっと唾を吐いた。
 皆の冷たい、白い目が、エンマに集中していた。
「お…俺が…、蘭丸を…殺し…ちまったのか…?」
 エンマの膝ががくがくと震えて、立っていられなくなり、その場に崩れるようにして膝をついた。
「エンマ…お前のせいだ…お前のせいでわしは…!」
 地面からは、草吉の顔が浮かび上がってきて、エンマを呪うように見ていた。
「ワアーーーーーッ!!」
 エンマは、気が狂いそうになった。

「おいっ!エンマ!しっかりしろ!」
 はっと気が付くと、倒れているエンマを、柘榴が心配そうにして覗き込んでいた。
「ここは…。」
 弱々しく呟いて、エンマは呆然と辺りを見回した。
 白い茸の群れが、艶々と妖しく光っている。エンマは、その茸畑の中にいた。
「黄泉の地下だよ。アタイが分かるんだろーな。」
「柘榴か…。」
 エンマはごつんと自分の額を拳で叩き、正気に戻ったことを確認した。
「だーから言ったんだ。あんなもん食うなってな。ありゃ、幻覚キノコだな。それ食ったせいでお前はおかしくなってたんだよ。」
「幻覚だったのか…。」
 心からほっとしたように、エンマは胸を撫で下ろした。
「アタイに斬りかかってきたんだぜ。おっそろしー。それとも、アタイのこのセクシーな包帯服を斬り裂いて、真っ裸にしようとしてたってのかい?このエロが。やめてくれよ、服はこれ一張羅しかねーんだからよ。」
「誰がんなこと!…そうか、俺はあの茸を食ったせいで、幻を見てたのか。悪かったな。」
 エンマは、頭を掻いて申し訳なさげに言った。
「全く、刀なんて物騒なもんを、むやみに振り回すんじゃねーぜ。あとな、あんな見るからに怪しい茸とかに騙されんなよ。こんな所に、うまいもんなんてあるわけねーんだからな。」
「言われてみりゃ、そうかもな。けど、とりあえず腹の足しにはなったぜ。」
 エンマの空腹は治まっていた。
「ったく、転んでもただでは起きねー奴だな。」
 呆れたように、柘榴は言った。
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