太陽の光が容赦なく降り注ぐ灼熱の砂漠の上空を飛翔する影が2つ。
アルティメット城を出たルーティス達は、西にあるエルド砂漠を北に抜けようとしていた。自然環境の厳しさとはうらはらに、太陽の光を受けてキラキラと輝く黄金色の砂丘がどこまでも続いている。見渡す限り、砂、砂、砂。
紅い眼に剣呑な雰囲気をのせたルナの眼が、不機嫌そうに細められた。
レヴィ達をなぶり殺せるはずだったのに邪魔がはいったのだ。機嫌が悪くなるのも仕方ないというもの。好きなのだ。猫がネズミをなぶって遊ぶようにじわじわと獲物をなぶるのが……!
「あの方に逆らうのは得策ではない。……わかるだろ?」
「……そうだな。せいぜい利用してやるさ」
(利用価値のある間は、な)
「ハーティスさまが完全に復活されるまでの我慢です。ルナ」
ウネウネとした砂丘を越えると、どこまでも平坦な砂が延々と続くように見える景色へと砂漠は、その姿をかえた。
言うなり2人はスピードを上げた。嫌なことは早く済ませてしまいたいという心理が無意識に働いたためだろう。
理由は違うが2人にとってこれから会う『あの方』は、進んで会いたいタイプではない。彼らの主ハーティスさまの完全復活のために『あの方』のもつ立場や技術が必要なため、表向き協力関係を築いているに過ぎない。
もっとも、あの方にとってもそれは同じなのだがーー。
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お客さんである彼女をベッドにうつ伏せに寝かせると、ラズウェルは施術を始めた。といっても、お客さんの体の調子の悪いところに合わせて調合したものを体に塗ったり燻したりして、体の中から毒素を排出するのが仕事だ。
センロニの樹皮と葉を抽出し、イルネスの石を細かく砕いたものを釜でグルグルしていく。
しばらくするとポップコーンが弾けるようなポンって音がするから、中和剤と蠍の尻尾を入れパドクリームと丁寧に混ぜるのだ。
中和剤と蠍の尻尾の順番を逆にすると毒薬になるという便利なのか不便なのかよくわからない仕様だったりする。
マッサージするラズウェルの手が柔らかく背中をすべっていくのにあわせたように扉越しに声だけを聞いたら、違うことを想像してしまうような悩ましい声が響く。
この施設パラドックスラボの常連である彼女は、ほぼ毎日この時間に顔をだす。メニューも昨日とまったく同じ。そして、明日も明後日もきっと同じ。
仄かに薫るお茶系の心地よい香りが、ラズウェルの動きに合わせて部屋の中に広がっていく。
ローズヒップティーのような淡いピンク色のシットリとしたじんわりと温かいクリームを塗り、その上から背中全体を覆うようにヌメリを取ったシーザッカス草を敷き詰めていく。
「ありがとうございます。私も好きですよ。生の葉は、もう少しだけ匂いが強いのですが、調合をしてると幸せな気持ちになれますよ」
この世界にはティースプーンなどはなく、天秤のようなもので重さや量を量るのだ。ティクラは3セシル、こちらでいう3グラムくらいである。
お茶を持って『お花見』に来たような芳しい匂いが、お茶から立ち上る湯気にのって鼻孔をくすぐっていく。
鼻いっぱいに拡がる薫りを慈しむように、少しの間、薫りを楽しむと大きめの白いティーカップに口をつけた。
「ありがとうございます。お口にあって良かったです」
いつもは入ってないセンロニの生の葉のペパーミントグリーンと淡いピンクの組み合わせがカップの中で優しく映える。マドックと呼ばれる短いかき混ぜ棒をクルクルとまわすと湯気にのって花のような、かぐわしい匂いが拡がっていく。
「ごゆっくり、おくつろぎください。1時間後に、また参ります」
扉を閉めたラズウェルは軽くタメ息をつくと、その顔に貼りついていた営業用スマイルを消した。
ああした騒々しい女性は苦手だ。
だが困ったことに『金のなる樹』だから、無下にはできない。
世の中は、なぜこうもうまくいかないのだろう。
砂漠が国土の約1/3を占めるアルティメット王国は、その土地柄資源が豊富にあるとは言えなかった。そのため国営のパドックスラボを経営することで、黒字分を資金源にあてていた。
その責任者であるラズウェルは、アルティメット城の内政官であり医師の資格を持っていた。今でいうエリートである。
石造りの廊下を地下へと向かう。
先ほどの彼女にしたような体の中の毒素をだすような施術をする仕事は、お金を稼ぐための表向きの手段。
かつては蛮勇と言われたアルティメット国王陛下も年には勝てず、体を拘束している鎖がなければ、崩れ落ちることを止められなかっただろう。
体に鎖が食い込み国王の血で鎖が赤黒く染まっていく。
しかし、その眼の光は未だ失われていなかった。
「贄?このじいさんでいいだろ?それにリュミエールが動いてるはずだろう?」
「ええ。ですがハーティスさまの完全復活のためには、未だ足りないのですよ」
「今のままでは安定して存在できないということですか?」
「厄介ですね。ここにきて急に不安定になるなど……」
会話を続けるのが、面倒になったルーティスが話を打ちきり踵をかえした。
同時に振り返ったルナとルーティスの顔は
『めんどくせー』
と太いマジックで書いてあるような顔をしていた。
「ソフィア皇后陛下達とうちのメタボスタッフを見ませんでしたか?」
「そうですか。見かけたら生け捕りにしてきてください」
「あぁ、見かけたらな」
(めんどくせーな。
私に命令していいのは、ハーティスさまだけだというのに)
ラズウェルは、足早に立ち去る2人を見送ると不敵な笑みを浮かべた。