パドックスラボ

文字数 2,898文字

太陽の光が容赦なく降り注ぐ灼熱の砂漠の上空を飛翔する影が2つ。


アルティメット城を出たルーティス達は、西にあるエルド砂漠を北に抜けようとしていた。自然環境の厳しさとはうらはらに、太陽の光を受けてキラキラと輝く黄金色の砂丘がどこまでも続いている。見渡す限り、砂、砂、砂。


「ーーーーーーーー」
紅い眼に剣呑な雰囲気をのせたルナの眼が、不機嫌そうに細められた。
「……チッ!」
レヴィ達をなぶり殺せるはずだったのに邪魔がはいったのだ。機嫌が悪くなるのも仕方ないというもの。好きなのだ。猫がネズミをなぶって遊ぶようにじわじわと獲物をなぶるのが……!
「あの方に逆らうのは得策ではない。……わかるだろ?」
「……そうだな。せいぜい利用してやるさ」

(利用価値のある間は、な)

「ハーティスさまが完全に復活されるまでの我慢です。ルナ」
「わかってる……」
「ですがアレは、私の獲物ですよ」
「あぁ。止めないさ」
(ミリア……もう少しです。もう少しでアレをーー)
ウネウネとした砂丘を越えると、どこまでも平坦な砂が延々と続くように見える景色へと砂漠は、その姿をかえた。
「そろそろですね」
「そうだな」
言うなり2人はスピードを上げた。嫌なことは早く済ませてしまいたいという心理が無意識に働いたためだろう。
理由は違うが2人にとってこれから会う『あの方』は、進んで会いたいタイプではない。彼らの主ハーティスさまの完全復活のために『あの方』のもつ立場や技術が必要なため、表向き協力関係を築いているに過ぎない。


もっとも、あの方にとってもそれは同じなのだがーー。

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そのころパドックスラボではーー
「始めさせていただきますね」
「は~い♪お願いしま~す」
お客さんである彼女をベッドにうつ伏せに寝かせると、ラズウェルは施術を始めた。といっても、お客さんの体の調子の悪いところに合わせて調合したものを体に塗ったり燻したりして、体の中から毒素を排出するのが仕事だ。 
センロニの樹皮と葉を抽出し、イルネスの石を細かく砕いたものを釜でグルグルしていく。


しばらくするとポップコーンが弾けるようなポンって音がするから、中和剤と蠍の尻尾を入れパドクリームと丁寧に混ぜるのだ。

中和剤と蠍の尻尾の順番を逆にすると毒薬になるという便利なのか不便なのかよくわからない仕様だったりする。
「…………はぁ……ん」
マッサージするラズウェルの手が柔らかく背中をすべっていくのにあわせたように扉越しに声だけを聞いたら、違うことを想像してしまうような悩ましい声が響く。
この施設パラドックスラボの常連である彼女は、ほぼ毎日この時間に顔をだす。メニューも昨日とまったく同じ。そして、明日も明後日もきっと同じ。
仄かに薫るお茶系の心地よい香りが、ラズウェルの動きに合わせて部屋の中に広がっていく。
ローズヒップティーのような淡いピンク色のシットリとしたじんわりと温かいクリームを塗り、その上から背中全体を覆うようにヌメリを取ったシーザッカス草を敷き詰めていく。
「私、この香り好きよ」
「ありがとうございます。私も好きですよ。生の葉は、もう少しだけ匂いが強いのですが、調合をしてると幸せな気持ちになれますよ」


ピーーッ

「ハチミツをお入れしましょうか?」
「はい、ティクラ1杯分くらい」
この世界にはティースプーンなどはなく、天秤のようなもので重さや量を量るのだ。ティクラは3セシル、こちらでいう3グラムくらいである。
「かしこまりました」
「わぁ~いい薫り」
お茶を持って『お花見』に来たような芳しい匂いが、お茶から立ち上る湯気にのって鼻孔をくすぐっていく。


鼻いっぱいに拡がる薫りを慈しむように、少しの間、薫りを楽しむと大きめの白いティーカップに口をつけた。

淡いピンク色の液体が乾いた喉を潤していく。
「いつもおいしいけど、今日は格別です~♪」
「ありがとうございます。お口にあって良かったです」
いつもは入ってないセンロニの生の葉のペパーミントグリーンと淡いピンクの組み合わせがカップの中で優しく映える。マドックと呼ばれる短いかき混ぜ棒をクルクルとまわすと湯気にのって花のような、かぐわしい匂いが拡がっていく。
「ごゆっくり、おくつろぎください。1時間後に、また参ります」
扉を閉めたラズウェルは軽くタメ息をつくと、その顔に貼りついていた営業用スマイルを消した。
(毎日、毎日よく飽きないものだな)
ああした騒々しい女性は苦手だ。

だが困ったことに『金のなる樹』だから、無下にはできない。

世の中は、なぜこうもうまくいかないのだろう。

砂漠が国土の約1/3を占めるアルティメット王国は、その土地柄資源が豊富にあるとは言えなかった。そのため国営のパドックスラボを経営することで、黒字分を資金源にあてていた。
その責任者であるラズウェルは、アルティメット城の内政官であり医師の資格を持っていた。今でいうエリートである。
「そろそろ、いい頃合いですね」
石造りの廊下を地下へと向かう。

先ほどの彼女にしたような体の中の毒素をだすような施術をする仕事は、お金を稼ぐための表向きの手段。

彼の本当の目的は、地下にある。



パドックスラボ  地下   実験場
ーーーーーーーー
「ギャアアアアァァアアアアア!!」
「ご気分はいかがですか?アルティメットさま」
「ーーーー!」
「如何なさいましたか?」
「ラ…………ェル…………!!」
かつては蛮勇と言われたアルティメット国王陛下も年には勝てず、体を拘束している鎖がなければ、崩れ落ちることを止められなかっただろう。
体に鎖が食い込み国王の血で鎖が赤黒く染まっていく。

しかし、その眼の光は未だ失われていなかった。

「連れてきたよ」
「ラズウェル、何用だ」
「……!!」
「お2人には贄を用意していただきたいのです」
「贄?このじいさんでいいだろ?それにリュミエールが動いてるはずだろう?」
「ええ。ですがハーティスさまの完全復活のためには、未だ足りないのですよ」
ーーーーーーーー
「今のままでは安定して存在できないということですか?」
「えぇ」
「厄介ですね。ここにきて急に不安定になるなど……」
ーーーーーーーーーーーー
「………………」
「……………………」
「原因はわからないのですか?」
「さて、ね」
「……いきますよ。ルナ」
会話を続けるのが、面倒になったルーティスが話を打ちきり踵をかえした。
「そうそう、最後に1つよろしいでしょうか?」
同時に振り返ったルナとルーティスの顔は


『めんどくせー』


と太いマジックで書いてあるような顔をしていた。

「……なんだ?」
「………………」
「ソフィア皇后陛下達とうちのメタボスタッフを見ませんでしたか?」
「………………」
「見てないな。ルーティスは?」
「……僕も知りませんね」
「そうですか。見かけたら生け捕りにしてきてください」
「あぁ、見かけたらな」

(めんどくせーな。

私に命令していいのは、ハーティスさまだけだというのに)

ラズウェルは、足早に立ち去る2人を見送ると不敵な笑みを浮かべた。
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登場人物紹介

相原 和泉(あいはら いずみ)


高崎先輩に恋する剣道部チームリーダー


高二。剣道部。

咲良の親友。朝に弱く、毎朝チョコのムーンサルトダイブで起こされる。キノコの里山が大好き。

古泉 咲良(こいずみ さくら)


冷静沈着な純心寺の跡取り


高二。和泉の親友。

純心寺の後継ぎとして育てられたため、多少の術が使える。

しっかり者で、朝に弱い和泉を心配して毎朝迎えにきてくれる。パンケーキと紅茶に目がない。

レヴィ・グレイス


激辛好きな若き王国騎士団団長


王国騎士団団長。アイリスと同期

代々、騎士団団長をだしている名家の産まれ。

前騎士団団長は父であり、行方不明の父と兄の代理として騎士団団長を勤める。立場上、冷静にふるまってはいるが、熱血漢で正義感が強い。王家に対する忠誠心が高い。

アイリス・フォーミュラー


薬学に通じる刻と氷の魔術師


王宮魔術師。レヴィと同期。

王宮魔術師長ルーカスを父にもつ苦労人で少しドジなところはあるが魔力の高さは随一。エリクサーの創始者。かなりの苦さのため理由をつけて飲まない騎士団員や魔術師も多く、心を痛めている。


責任感が強く召喚の位置がずれたことを誰よりも申し訳なく思っている。


相原 チョコ


咲良と猫缶を愛する相原家の猫。

毎朝、和泉を起こすのが日課になってしまっている。

最初は鳴いたり肉球でプニプニしてたけど、和泉が起きないため起こす方法がエスカレートぎみ。


毎朝、優しくなでてくれる咲良が大好き。

案内ねこミュー

咲良に異様になついている。

和泉の枕元にトカゲの死骸など、ナゾのプレゼント畄⌒ヾ(・ω-。)♪をしたりとチョコと行動や性格がかぶっている。


本人(猫?)は絶対に隠したかったため、アイリスとレヴィにムチャクチャな契約をさせていたが、あえなくミュー=チョコだとバレた。


アーノルドのことを恐れている。

セレス・グノーシス   13歳   弟3王女


無事が確認できているグノーシス王家唯一の血筋。


叶わない願いと知りながらもジュリ兄大好きで、コロッと行動を変えてしまうこともあるが、国王達が帰ってきた時のために国を立て直そうと努力するがんばり屋。長く近衛を勤めたレヴィやアイリスの前では、年相応の振る舞いをみせることもあるが、公の場では毅然とした態度をとることが多い。

ルーカス・フォーミュラー


フリルとリボンを愛する凄腕の魔術師


国立魔術研究所所長、グノーシス城宮廷魔術師長

アイリスの父


おもしろいことと恋ばなが大好き。酒が入ると、その傾向はさらに加速する。猫好き。

シフォン・ブラウン


サルサの街を拠点に活動中の関西弁冒険者


もとアイリスの同僚。お節介なところがあるが本人に悪気はない。闘技場の警備や千尋のアトリエからの仕事を主にしている。

アーノルド・ブラウン


質実剛健の老紳士


レヴィが12歳の時から2年前までグレイス家に仕えていた。指南役であり、レヴィの剣術はアーノルドの影響が強い。お説教も含め、話が長いのがたまに傷。

カイ・ハズウェル


チャラさと真面目さが同居する魔法剣士


口から産まれてきたような性格だが剣の腕は確かで攻撃魔法も回復もこなす。レヴィの兄オスカーと仲がよく、レヴィのことは、からかいがいのある弟のように思っていて、本人は可愛がっているつもりである。

???

結城 千尋


5年前、不思議な光と共にやってきた凄腕錬金術師


現在は、名前だけ。

サルサの街で千尋のアトリエを経営している。

元々は女子高生だったが、1から錬金術をはじめた。

シフォンと採取に行くこともおおい。

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