第11話 小学校6年生 修学旅行1

文字数 2,649文字

 6年生になった。

 今日は5月14日。2泊3日の修学旅行が始まる。
 行き先は鎌倉と東京で班別行動もある。

 幸いなことにずっと春香と同じクラスで、修学旅行の班も同じ班だ。
 ちなみに俺たちの班は、俺、春香、和菓子屋の息子の宏と啓介、そして春香の友達の優子と和美の6人。

 内面はいい大人の俺だが、昨日からウキウキした気持ちが抑えられないのは仕方ないよね。
 修学旅行にそなえて班のみんなと下調べをしたり、春香とお菓子を買いに行ったり……。こういう旅行って前の準備ってのも楽しいもんだ。
 天気予報によれば最終日が雨の予報だが、初日と二日目は晴れで汗ばむくらいの陽気のらしい。
 昨夜は何度もリュックの中身を確認して、今朝は少し心配そうな母さんに見送られて家を出る。


 6年生は全部で5組ある。

 体育館での結団式を終え、早速クラスごとにバスに乗った。

 バスの席は班ごとで座ることになっている。
 他の班では必ず男子と女子で座るペアが出るので、気恥ずかしさから少しもめたようだが、うちの班はそんなこともない。当たり前のように俺と春香、宏と啓介、優子と和美とに分かれて乗り込んだ。

 担任の律子先生―30半ばで既婚者―が人数を確認して、マイクを手に取った。

「他のクラスも(そろ)い次第出発するよ。いい? 注意事項を守って楽しい修学旅行にしましょう」
「「「は~い!」」」
 反抗期の子供もいるが、この時ばかりはみんな素直に返事をする。

 先生は、いったん外に出て他のクラスの担任と短く何かを話すと、再びバスに乗ってきた。他の先生もそれぞれのバスに乗り込んでいく。どうやら全員(そろ)ったので出発するようだ。

「それでは出発します。見送りの人に手を振ってね」

 前の1組のバスがゆっくりと動き出すと、俺たち2組のバスもそれに続いて進み出す。
 みんなは左側に集まっている父兄や先生方に手を振った。

 バスは、順調にバイパスを通って、順調に東名高速道路に入った。

 俺は窓側の春香と一緒に高速道路の景色を見る。
 晴れた空の下、青々とした山の中を高速道路が続いていく。途中で海や町並みが見える。

「ほら、春香。海が見えるよ」

 俺が指を指した先には、駿河湾、そしてその向こうには伊豆半島が見えた。

「あっちが伊豆だよ」
 春香はキラキラした目で遠くの景色を見ていた。

 今日の春香の服装は、紺と白の太めのボーダーTシャツに、薄手の白のサマーニットを羽織り、デニム地のスカートをはいている。髪は後ろで一本にまとめてあり、赤いリボンのついたゴムで留めていた。
 若返った最初は、俺はロリコンじゃないと内心で言い聞かせていたが、今では素直に可愛いなぁと思えるようになった。
 なお、どことは言わないが順調に成長しているようで小学生の割には大人びて見える。

 俺は、春香に合わせたわけじゃないけど、モスグリーンと白のボーダーTシャツに、濃いインディゴのジーンズをはいている。ちょっと暗い目の色合いの組み合わせに見えるが、リュックのオレンジが映えるのでそれほどおかしくはない。


 春香はリュックからソフトキャンディを取りだした。

「はい。なっくん。グレープ味だよ」
「さんきゅ。春香」

 俺はお返しで、春香の好きな桃味のアメ玉をあげた。「えへへ。ありがと。なっくん」

 早速、ソフトキャンディを口に入れ、春香と話をしていると、
「はいはい。写真撮るよ。二人ともチーズ!」

 先生がカメラを構えていた。チーズの声に、あわてて春香がぐいっと体を寄せてきてピースをする。

 カシャッ! ジーッ。

「ふふふ。夏樹くんと春香ちゃんはいつも仲いいね」

 先生がそういうと、後ろの席の啓介が身を乗り出してきた。

「先生。この二人、ラブラブだから。もう学年公認だよ」

 それを聞いて春香の顔が赤くなった。……いや、俺の頬も熱を帯びている気がする。ううむ。タイムリープ前よりも春香に対して甘く接しているから、余計にそういう評判なのかな。

 先生は生温かい目をしている。「ま、仲がいいのはいいことよね」

 そういって車内の児童の様子を順番にカメラにおさめていった。……う~む。若返る前は俺の方が年上なので、子供扱いされると微妙な気分になる。


 バスは厚木インターで高速をおりて一般道を進む。相模湾に出て、海沿いの道を一路鎌倉へ。

 夏場は特に混雑する道路だが、この日は順調に車が流れていた。
 江ノ島を右手に(なが)めつつ進むと、左手に江ノ電が走っているのが見えるようになった。あの緑の可愛い車体は俺も好きで、鎌倉に行った時はよく乗ったもんだ。

「みんな、左に江ノ電が見えるわよ」

 先生がわざわざマイクで教えてくれた。みんなは、すげえとか言いながら江ノ電に注目した。……一体なにが(すご)いのか。ここら辺はやっぱり子供だな。内心そう思いながら、俺も江ノ電を眺めた。
 バスの中から児童が見ていることに気づいたのだろう。江ノ電の駅にいる人たちが手を振ってくれる。

「さて、最初の目的地の長谷寺はもうすぐよ。降りる準備をしておいてね」

 まだ早いとは思うが、先生の言葉にみんなはリュックの準備を始める。

「ねぇ。なっくん。紫陽花(あじさい)が咲いていると良いね」
 春香が修学旅行パンフレットを見ながらそういった。

 長谷寺は公園みたいに整った庭園を持ち、確かに紫陽花で有名だ。ただちょっと時期が早いかなぁ。おそらく今ごろなら菖蒲(しょうぶ)がきれいに咲いているんじゃないだろうか。

 バスから降りて、春香や啓介たちクラスの児童と一緒に山門をくぐる。
 初夏の青い空に庭園が美しく映えていた。
 お坊さんの話を聞き、本堂の大きな観音様と対面する。
 宝物館見学の後、2列になって見晴台(みはらしだい)まで登っていった。

「うわぁ。気持ちいい風」
 眼下には相模湾と鎌倉の町並みが広がっている。……家が多すぎて、どこらへんに何があるのかはわからない。
 ちなみに紫陽花の小道は眺望散策路の方で、今回は時間の都合上で行かないことになっている。

「はいは~い。では、次に行きますよ。班長さん。迷子にならないようについてきてね」
 先頭を行く先生が呼びかけ、出口の山門へと向かって降りていく。まるで蟻のように俺たちはそれに続いて歩いて行った。
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登場人物紹介

夏樹。『君と歩く永遠の旅』シリーズ、「時をこえて、愛する君のもとへ」主人公。

後に考古学者となる。チベットの某聖域で霊水アムリタの力によって神格を得て、時間を遡行して幼なじみの春香のもとへと――。

春香。『君と歩く永遠の旅』シリーズ主人公。「時をこえて、愛する君のもとへ」ヒロイン。

夏樹の幼なじみ。互いに好意を持っていたけれど、意気地がなくて告白できずに宙ぶらりんの関係のままだった。父親を亡くして悲惨な運命のうちに命を落とすも、霊水を飲んだ夏樹が時間遡行して――。

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