第2話 メイドウェポン
文字数 1,433文字
蘭子の小さな背中が人ごみに消えていく。
それを見守ってからカケルは、運転手用の白手袋をはめ直してしずかのほうを振り向く。
見ると、彼女はリムジンの後部座席に乗り込んで、なにかを漁っていた。
カケルが後部座席のドアをのぞき込もうとしたとき、黒い棒状のものがぬっと出てきた。
言いながら彼女は後部座席から出てきて、最後の仕上げ――ライフルに照準器を取り付けにかかった。
見まわしてみると、確かに通行人はぎょっとしてしずかとライフルに顔を向けるが、足を止めることなく通り過ぎていく。
……どうやら、何かのコスプレだとでも思われているらしい。
しずかは、青いカッターシャツにロングスカート。飾り気のない、黒いハイヒール。寝具堂家で給仕するときのメイド服姿だ。
それは彼女にとっては衣装というより、戦闘服だった。
すらりとした立ち姿。化粧っ気のない澄ました顔には、どこかあどけなさが残っている。
そんなことより、どうするつもりだよ、そんな物騒なもんで。
決まってるわ、お嬢さまを危険から守るのよ。
それがメイドのつとめ。
ダメよ。
蘭子お嬢さまの成長のため、心を鬼にして見守ると決めたの。
……ふうん。
ま、おまえもい加減、お嬢さま離れしなきゃだしな。
息吹しずかと万間カケルは、ともに26歳。寝具堂家に務めるようになってからは、バイト時代も含めてしずかは13年、カケルは10年が経っている。
しずかにとって蘭子は、妹や娘のような存在なのだ。
んで、お嬢さまには『アキバ絶対領域』のこと……メイド喫茶のこと、なんて説明してあるんだ?
蘭子お嬢さま、自分で調べたりはしないだろ。
――『私のようなメイドがお嬢さまのおかえりを心待ちにし、かしずき、忠誠を誓い、お嬢さまの面倒を何から何まで見てくれます。』
と、伝えてあるわ。
……つーかお嬢さま、中学生になって急に『社会見学に行きたい』、なんて言い出したよな。
真顔なのでわかりづらいが、しずかの瞳には『蘭子お嬢さまLOVE』の文字が浮かんでいるのが、ありありと見て取れた。
(『お嬢さま離れ』は、まだまだ時間がかかるな……)
幼なじみの顔をながめて、カケルはため息をつく。
しずかは蘭子の去ったほうへ顔を向けて、
『社会見学』にも段階が必要よ。
まずはお嬢さまに社会に慣れて頂くために、普段の環境から近いところを選ぼうと思って。
それでメイド喫茶?
まあ、現金を扱う練習にはなるか。メニューを注文して、スタッフと――メイドと会話して。お嬢さまにとっては、充分に社会勉強になるかもな。
スナイパーライフルを縦に構えて肩に乗せ、しずかは蘭子の去ったほうへと歩いて行く。
あ、ちょっと待てよ!
俺も車とめてすぐに行くからな! 変なことすんなよ!?
しずかは振り向きもせず、ライフルの銃口をふりふりと振ってカケルに応えた。
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