朱泉の湯

文字数 390文字

山林を二つ三つ越えた先に賑わう温泉街があると、かつて誰が想像しただろう。
ここ「朱泉の湯」はその名の通り、薄っすらと朱色が交じり合った白い濁り湯の美しさで有名だ。
シーズンには少し早い十月初旬から、周囲で見頃なオオモミジとの絶景で人気を博している。
また、源泉には様々な成分が含まれていて「浴びれば香水、飲めば良薬」と言われ、通年客足が途絶えない。

今日も、友人を連れたとある老人が湯で寛いでいる。
「なんだか懐かしい気がするなあ」
「おや、前に来たことがあるのかい」
「私じゃないがね。祖父が戦時中にこの地を訪れたそうなんだ。この地はかつて“主戦場”でね、それは大層に兵士が死んだ。兄たちは仲間の死体が敵に撃たれないようにあちこちに埋葬した、と聞いている。だからこの湯に混じった朱色がね、私には勇敢に散った戦士の血に思えてならないんだよ。」

そう話した老人の涙が、数滴落ち、朱泉に溶けていった。
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