第6話 修道女視点 心の乖離

文字数 1,513文字

 翌朝、イレイナは思わぬ発言をする。

「スペイン本国に向かうかにゃ」

 こちらもただでは引き下がれない。本国に行くということは全面戦争と同じことである。この魔女は何を考えてブリテンの女王の意志に背こうというのか?

「理由は二つ。一つは海賊なんてもう時代遅れさね。この際、本国のご機嫌をうかがって戦功をあげた方が後に海軍が組織される時に部下達に良い思いをさせられる」
「もう一つは?」

 こちらが尋ねると向こうは観念しているのか最初から本音を語る。

「わっちは未来が視得なくなった。これが意味するところはある程度推察は出来る。エレイナ嬢、これはわっちの人生を賭けた未来ぞえ」
「ええと……以前、イレイナ船長が仰っていた根源というものに関係が?」
「鋭い。さすがは修道会出だけあって読みは当たりにゃ。わっち自身でいうのあれだが、わっち程の高度な魔法使いが未来を予見出来ん可能性として根源が関わってくる」
「なら、せめてお願いが」
「最大限、譲歩するかの」
「金銀財宝はまだしも人命をご大切にして下さい。この船の皆さんも相手の国に対しても、です」
「全てが全て叶えられる訳ではないが、承知いたした。王立魔術教会の指導者の一人として最大限人命には敬意を払う。ただ、兵士だけ無理だ。彼らは戦う為に存在しているのだから。その背景がいかなるものであれ」

 唇をかみしめるしかない。よく分からないが彼女の悲願もかかっている。彼女なりの譲歩だろう。
 しかし、この魔女は一体どういう心変わりだろう?
 やはり研究員気質なところがあるではないか?
 彼女のいう根源とはどれ程のものか分からないが、命より重いと言い出しそうだ。

「全ての生きとし生けるものの悲願を我が代で叶えてくれようぞ!」

 そう言ってイレイナは杖を掲げた。海賊達は喝采をあげ船長の意志に従う。
 ここで勝てば後の将来が約束される。しかし、負ければ。
 その采配は神のみぞ知る。
 不安な面持ちをした自分を視たイレイナは慰めに来る。

「すまん。未来を予見出来ん時から素直に宣言すれば良かったわ。けれども、わっちにとって最期の好機になるのじゃな」
「最期ですか……?」
「人間の寿命は百二十歳までと聖書は決めておる。その掟を破ればもう根源はわっちには見向きもしない。百年、あるいはそれ以上生きた。良い人生だったかも知れんし、ろくでもない人生だったかも知れん。しかし、最期の最期におんしらの神はわっちに機会をお与え下さった。これを見逃したくはないのじゃ」
「なぜ、そこまでその根源とやらを?」
「人の視る最大の幻は神を視ること。視えない神を視ることは出来んかも知れん。しかし、聖パウロは神の声を聴いたと伝えられている。わっちにとってそれは憧憬であり、悲願なんじゃ」
「神の邂逅を望むということですか?」
「より率直に言えば神の力とは何なのか? その探求じゃ。わっちも欲塗れでのう。魔法はある程度究めたが、人生においてそれだけでは満足出来んかった。根源は少し異なるものじゃから」

 もし、イレイナが道を踏み外したらどうしようと考える。彼女は少なくとも良心的であり、神学の心得もある。
 
 異教徒とはいえど情は移る。

「もし、あなたが暴走した時は私が止めます。それでも無理なら教皇庁の誰かがあなたを止めるでしょう」
「ハハハ、強がるのはよしなんせ。身体が震えておるよ。それにわっちも根源の力を悪用せん。真理とは何かをただ知りたいのじゃ」
「そうですか」

 暗い気持ちになるのが自身でも判る。せっかく出来た友人が道を踏み外しそうな予感さえする。

「さて、スペイン本国に向かうかにゃ」

 帆を張って海賊達は意気揚々と船を進める。

 ただ、自分の心は冷えたままだった。
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