第二九話 一門待遇

エピソード文字数 2,782文字

 ◆天文十四年(一五四五年)十月六日 尾張国(おわりのくに) | 古渡(ふるわたり)

『大殿が急ぎ古渡城に参れ、との事です』
 安城での大勝利と、大殿の清洲奪取の快挙に、浮かれていたおれが甘かった。朝から信パパからの呼び出しを受けて、この上ない沈んだ気分だ。
 とりあえず、会うしかないんだけれど、用件はなんだろう?

 長年の織田家宿敵だった松平広忠を討ち取った功労者を、いきなり首チョンパのはずはないだろう。冷静に考えれば、名馬や名刀などの褒美をいただける可能性が高い。けれど、褒美だったら直属の上司の、信長ちゃん経由が自然だから、嫌な予感しかしないぞ。

 おれに落ち度が何かあっただろうか。まさか、野営中に信長ちゃんとイチャイチャしてたのが地雷だったのか?
『ワシの可愛い娘に手を触れおって!』とか。
 ああ、しまった。どうしよう? あり得なくはないぞ。

 どしっどしっどしっ! どしっどしっどしっ!

 対応策が思いつかないうちに、信パパが来ちゃったぞ。とりあえず、平伏するしかない。
「先の古渡(ふるわたり)清洲(きよす)における見事な戦勝。真に祝着(しゅうちゃく)至極(しごく)でございました」
 社交辞令は社会人として当然の礼儀だし、織田家と信長ちゃんにとっても、素晴らしい勝利だったからな。

「ワハハ。礼はよい。(おもて)をあげい!」
「はっ!」
 くっ。相変わらず信パパは半端ないプレッシャーだ。エネルギッシュで、史実で六年後に死ぬのが信じられない。六年どころか六〇年生きそうだぞ。このヤクザ親父は。
 だが、表情は割と穏やかのようだな。脇に控える平手ヤクザ爺も無言だが、これまた穏やかな顔だ。
 いい雰囲気で進めるかもしれない。

「ヌシと吉のおかげで大和守(やまとのかみ)(織田信友)を討ち取れた。安城で松平次郎三郎(広忠)を成敗したもまた見事! 礼を言う」
 満面の笑顔の信パパだ。
「はっ。過分な賞賛、(かたじけな)し」
 これは名馬コースかな?
 織田信友は、形式上は信パパの上司にあたる守護代。だが、この時期の信友は、信パパの政敵といっていい。また、松平広忠と信パパは、三河(愛知県東部)の覇権を長く争っていた。
 国内外のライバルを一挙に葬ったのだから、機嫌が悪いはずがない。
 嫌な予感が薄れてきたので、気が楽になった。きっと褒美だろうな。

「左近、聞きたいことがある」
 あれ? 褒美じゃないのか。
 くっ。この質問好きの親娘が! 嫌な予感が再びグイグイと高まってきたぞ。何を訊かれるんだ?
「はっ!」
「ヌシは吉と仲ようしているようだが……」

 うっ。『ワシの可愛い娘に』コースだろうか。地雷を踏んじまったの
 か?
 落ち着いて適切な対応をしないと、文字通り命取りになってしまうぞ。
「はっ! 吉様に誠意仕えております」
「しからば、既に吉を抱いたか?」
 何言ってるんだ? このエロ親父が! 小学六年生の娘のエッチ事情を聞くなんて。

「いえ、抱いておりませぬ」
 しかし、まだセーフだな。だが、次のクエッションが怖い。次が。
 きっと、爆弾が来るぞ。ゴロリと特大なやつが。

「ホウ? 左様か」
「はっ! 誓って」
 ふう。爆弾ではなくて『一回休み』だったな。次こそ来るぞ。でかい爆弾が。
「では……ヌシは吉を抱きたいか?」
 来ちゃったよ。ゴロリと来たぞ、特大の爆弾が。これはどう答える?
 参ったな。どちらでも、アウトの可能性があるだろうが。

 イエスなら『そのような(よこしま)な考えで仕えておるのか! ズバッ!』
 ノーなら『ホウ! ワシの可愛い娘が物足りないと? ズバッ!』
 どう考えても退路を塞がれたな。
 是非もなしか。

『さこん、どうじゃ?』『ぶいじゃな!』
 信長ちゃんの笑顔を思い出す。正直に答えるしかないか。今は無理でも、あと五年……いや二年経てば。
「正直に申し上げますと、吉様を抱きとうございます。が……」
 身に覚えのないロリを、強制自白させられちゃったぜ。
 あ、いや。そんなことは後回しだ。この答えで大丈夫なのか?

「がッ?」
(それがし)が吉様を抱きますと、子ができるやもしれませぬ。子ができますと、今後の戦や(まつりごと)(さわ)りが出ましょう。
 また、(それがし)のような新参者が、吉様を(めと)りますと、家中に要らぬ混乱を招く恐れもあろうかと」
 こんなもんで許してください。お願いします!

「ふむ。なるほどな」
 とりあえずセーフっぽいぞ。だが、まだ爆弾がゴロリと転がって来そうなんだが。
「はっ!」
「では、ワシの娘……吉の妹を娶るのはいかがか?」
 信長ちゃんの妹だと? 冷静に考えると、一門待遇の重臣コースだよな。
 ノーはあり得ない。あり得ないはず。

『で、あるか!』
 満面の笑みが思い出される。
『わたしはあなたの事が好きだから』
 果たし状もどきの恋文が思い出される。
 
 信長ちゃんのことを思えば、イエスは言えなかった。
(それがし)は、吉様に全てをもって仕えておりますれば、吉様のお心に従います」
 誤魔化してはいるけど、おれは完璧にノーと言ってるよな。
 大丈夫か? 大丈夫なのか?

「フッ。左様か。下がってよい」
 とりあえずセーフだったみたい。
 信パパの許しが出たので、平伏して退室した。
 しかし、おれの方が信パパよりも先に、プレッシャーで早死してしまいそうだぞ。勘弁してほしい。

 ◆天文十四年(一五四五年)十月六日 尾張国(おわりのくに) 那古野(なごや)

「……こん?」
 なっ、なんだ?
「さこん?」
 信パパの精神攻撃に打ちのめされて、自室で寝てしまっていたようだ。笑顔の信長ちゃんが顔を覗き込んでいる。

「あ、はい。失礼(つかまつ)った」
「うふふ。虎に噛まれたのじゃな?」
「あ、いや。あ、はい」
 混乱して、訳がわからない返事をしちゃったな。
 でも、見ているとくすぐったくなるような信長ちゃんの笑顔に、少し癒されてきたよ。

「ワハハ。安城の勝利でワシのこともっと好きになったか?」
 まったく質問好きな親娘だな。
 しかし、あのヤクザパパから、こんな素敵な笑顔をする娘がよく生まれたもんだ。
「はっ! 姫様のことをますます好きになりましたぞ」
「で、あるか!」
 満面の笑みを残して、信長ちゃんは部屋を出ていった。
 あれ? 何か用があったのではないのか? 

 まあ、いいか。素敵な笑顔を見れて気分が良くなったし。
 答えは『ノー』でよかったんだよな。きっと。
 すぐさっきまで、そこにあった美少女上司の笑顔を思い起こす。
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登場人物紹介

織田吉(三郎信長


 那古野城城主で周辺一〇万石の領主。織田信秀の嫡子。

 織田信秀の次男に生まれるはずが、どこで間違ったのか女性に生まれてしまった。見た目は現代風美少女だが男装を好む。最近はアクセサリーを頻繁に変える、鎧を着替えるなどオシャレに気を遣うようになっている。

 奥手で、『つるでぺた』を気にしているが実態は不明。


 戦場では鉄砲を使う。

 初陣で敵大将を討ち取るという大殊勲を挙げた。

 美濃の斎藤義龍との結婚計画があったが流れた。

 口癖は、一人称「ワシ」、二人称「ヌシ」、語尾は「のじゃ」、肯定は「で、あるか!」。「素っ首貰い受ける」もお気に入りのようだ。

 自分に理解を示した左近のことを、とても気に入ってやがて好意を示す。左近の部屋に入り浸っている。

 政治・外交・経済のセンスは抜群で、左近をはじめ周囲をしばしば驚かせる。

 頭に血がのぼると一直線な行動をとることも多い。

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