部活動再建の道は危なく険しく果てしなく2

文字数 6,541文字

  学び、知恵と知識が増していくことは、楽しい。
 始業前の早い時刻に、東和麗華学園中高等部の図書室の窓辺で書物をひもとき、必要と思われる箇所をノートへ抜き書きしいていく。
 穂積(ほづみ)美羽(みわ)が目を走らせている書籍とは、「小鳥・翼の科学」というバードウオッチングを楽しむための入門書や「鳥」という学習図鑑であったが、十分、ウイングボールの練習にも役立てられる。
 先日、東京ミッドタウンにテナントとして入っている大型書店へ出かけていったものの、徒労に終わったばかりか、通り魔に襲われる、という忌まわしい出来事があった。
 幸いにも、日本ウイングボール連盟に在籍する星野ゆかりから、ウイングボールのハウツー本というものは、日本では出版されておらず、バスケットとラグビーの入門書が代用できるほか、バードウオッチングや学習のための鳥類の生態を著した書籍も有効だと教えられ、早速にウイングボール部の部長を務める大堂(だいどう)恵礼那(えれな)が、ネットで検索して、数冊取り寄せたのだった。
こうした資料を参考に、ウイングボール部に在籍している部員たちの特性ごとにグループ分けし、有効な戦術を組み立てようとしたものの、美羽はあっさりと挫折しかけた。
 鳥人を翼の形でグループ分けしようとすると、当然、鳥類の分類を参考にする。
 学習図鑑によれば、以前は見た目や生態で、現在はDNAで分類しているが、それでも一筋縄ではいかず、専門家でさえ頭を抱えているのが、実情なのだそうだ。
 美羽は、学習図鑑から離れ、バードウオッチングの入門書である「小鳥・翼の科学」の「翼の形態」の章を参考にした。
 その結果、全部で五分類され、美羽はソートⅠからⅣ、そしてどれにも分類できない自分自身や『白銀の姫君』こと(かけい)美雪(みゆき)のためにソートAという項目を設定した。美羽がノートに抜き書きしたのは、

 ソートⅠ……大部分の鳥人に共通する楕円翼で、両翼端は開いている。この隙間を形成することで、個々の風切羽は揚力を生じ、低速時の翼端失速を防いでいる。
 ソートⅡ……鳥人では少ない尖翼で、長距離の高速飛翔に適している。
 ソートⅢ……内翼が長く細長いという滑翔に適した翼をもつ。
 ソートⅣ……帆翔や滑翔を得意とする長大な翼をもつ。内翼が著しく長い。
 ソートA……ⅠからⅣに該当しない、身長と比して極めて巨大な翼をもち、自在な運動能力をもつ。

 友人の園田(そのだ)真希(まき)に見られると、
「へったくそなグループ分けね。今年も初戦敗退だよ」
「ソート○○じゃなくて、レベル○○にしようよ。カッコいいじゃない」
 と鼻の先で笑われるだろうが、美羽にとっては精一杯の作業だった。
ようやく中高等部の生徒のデーターベースから、部員名簿の作成へと進められる。
美羽はやれやれと思うと、書架が天井まで届いている図書室で、無造作に伸びをすると、室内は黄金の翼で一杯になった。
 この光景を、真希がわずかに開いていた分厚い扉の向こう側から盗撮し、
「邪魔くせぇ」
 ぼそりと呟き、扉を閉めたが、美羽は全く気づかずに大あくびをした。
 今日の放課後には、星野が一日コーチに訪れることになっている。
 せめて、最新の部員名簿を形にできていれば、副部長補佐としては上出来だった。
 始業のチャイムが鳴った。
 美羽はほっとして資料の片づけを始めた。

 昼休みではあったが、東和麗華学園高等部の部長室には来客があり、部長(校長)の醍醐(だいご)聡子(さとこ)が応接していることから、美羽と真希は小声でウイングボール部の部員名簿作成の作業を進めていた。
 なぜ、美羽と真希が部長室で、作業台に使っている長テーブルにパイプ椅子を二つ並べ、ノート型パソコンのキーボードをたたくことになったのかというと、醍醐がウイングボール部の顧問を務めていながら、入部届を全く整理しておらず、最新の情報を得るところから始めなければならなかったのだった。
 しかも、部員名簿の原初資料となる生徒のデーターベースは部長室でなければ閲覧できず、加えて、真希個人のノート型パソコンにインストールしてある表計算ソフトに情報を入力するのなら、部長の目の届くところで、と条件をつけられたのだった。
 どうせ、部員名簿をつくるのならきちんとしたものを、と真希が言い出し、部員一人一人の住所を都道府県から入力したい、ということになった。
 実際の入力作業は美羽が行うのだが、美羽はこうした作業には疎い。
 美羽が、
「ねえ、『づ』って、どうやって入力するの?」
 尋ねると、真希もはじめのうちは、
「『D』と『U』」
「『ぢ』は?」
「『D』と『I』」
 一文字一文字の入力にもすぐに行き詰まる美羽に熱心に教えていられたが、やがて地方出身者の美羽は、
「ねえ、神田って中央区? 千代田区?」
「千代田区だよ」
 真希もいらいらし始める。美羽は懲りもせずに、
「銀座は?」
「中央区に決まってるでしょ」
 真希の言い方にもとげが含まれてくる。
 都心の二十三区の話なら美羽も多少の慣れもあり、的外れな質問もなかったが、やがて、
「ねえ、町田市って、東京都? 神奈川県?」
 美羽が来客と話す醍醐に叱られぬように小声で尋ねた。
 真希は十歳年の離れた姉が嫁いでいる町田市の話になると、
「東京都だよ!」
 声が大きくなり始める。更に不都合なことに、美羽が、
「羽村市って、埼玉県? 東京都?」
「埼玉県のわけないでしょ! この田舎者!」
 真希は怒鳴り始めた。美羽はむっと腹を立て、
「それじゃ、あんた三浦郡と三浦市の違い、解るの?」
 鎌倉で暮らしていたことから、三浦半島の地名を持ち出すと、真希は押し黙った。
 美羽はそこでやめておけばいいものを、
「安曇野市は松本市から見て北にある? 南にある?」
 部員名簿の作成から、話が長野県に飛んだ。
「知らねぇよ、んな田舎!」
 真希はバッサリと斬りつけた。
 ケンカを始めた美羽と真希に醍醐は眉を顰め、
「ちょっと、あなたたち、お客さまの前ですよ。静かにしなさい」
 来客に対して茶も()れない美羽と真希は、社会の即戦力を校訓の一つに掲げる東和麗華学園の生徒としては問題で、醍醐のイライラもたまっていた。
 来客も気を遣い、
「あ、いえ、醍醐先生、どうぞ、お気遣いなく。そちらの生徒さんは『黄金の女王』でいらっしゃいますね。お会いできて光栄です」
 美羽を見ていったが、真希は、口をとがらせ、
「何が光栄だい、通り魔をぶちのめして、よくも過剰防衛で訴えられなかったもんだ」
 ぼそりと呟いた。
「何かいった? 檜町公園で盗撮していた変態娘」
 美羽が真希をにらんで質すと、醍醐は、
「二つ名ばかりが取りざたされていますけれど、まだまだ子供なんですよ」
 作り笑いを浮かべた。
 真希もにやりと笑って美羽を見ると、
「ほら、あんた、子供だってよ。お嬢ちゃん、ガキ!」
 いい募った。
 美羽はかっと腹を立て、黄金の翼を展張して真希を突き飛ばした。
 真希は悲鳴を上げ、無様に床に吹っ飛んでいったが、すぐに立ち上がり、
「痛ぇ! てめぇ、わざとやりやがったな!」
「やったがどうした、チビ! 変態!」
 暴力沙汰を始めた美羽と真希に醍醐は、
「あんたたち!」
 声を上げた。
「だって、こいつ、目障りで邪魔くせぇ翼で、か弱いわたしを突き飛ばしたんですよ!」
 真希が醍醐に助けを求めると、
「目障り? 邪魔くさい?」
 美羽が真希の胸ぐらをつかむと、来客はソファから立ち上がり、
「それでは醍醐先生、わたしはこれで。学費ローンのご紹介の件は、よろしくお願いします」
 深々と頭を下げた。来客は、どうやら六本木通りに面した銀行の融資係で、更に利率の低いローンのパンフレットを閲覧できるURLを東和麗華学園からPTAに向けたメールニュースに掲載させる依頼をしたようだった。
 美羽は融資係に目を向けると、
「えっ、お金貸してくれるの? だったら、ウイングボール競技場を造ろうよ。ドーム型にして、ほかのスポーツやイベントにも使えるようにしてさ」
 目を輝かせていった。
 本格的なウイングボール競技場といえば、最新の技術を駆使したハイテクの塊で、おいそれと建てられるものではなかった。
 醍醐は、一生徒が気楽に主力銀行の担当者に話しかけるとは言語道断で、思わず美羽を怒鳴りつけかけたそのとき、融資係と入れ違いに、中等部の部長で英国製高級注文紳士服に身を包んだ浦野が、困り果てた表情で、
「醍醐先生、ちょっといいですか?」
 訪ねてきた。
 よく見ると、浦野の背に隠れるようにして、ウイングボール部の中等部の部員たちが数人、ぞろぞろと押しかけてきていた。
 物々しい光景に醍醐も身を硬くし、
「何事ですか?」
 思わず尋ねた。
 中等部の部員の一人が意を決し、
「わたしたち、ウイングボール部を辞めたいんです」
 醍醐にとも美羽にともなく告げた。
 部員の分類、名簿の作成と作業が着々と進んでいるときに、十名近くの退部は部の屋台骨に響く。
 美羽と醍醐は絶句し、顔を見合わせた。


 (かけい)美雪(みゆき)は、信濃町にある帝旭大学病院で診察を終えると、東和麗華学園中高等部を訪ねようと、都心の空を飛んだ。
 以前に、自殺願望を口にして、肥満の担任から言い出された精神科を受診したわけではなく、羽田空港で美羽と会って以来、脈拍が不規則になる不整脈を感じ、内科を受診しようとすると、小児科に回されたのだった。
 十七、八にもなって、母親に手を引かれた幼児が多くいる待合に、診察の順番を待つのは、どうにも居心地が悪く、フードを深く被り、うつむいていた。
 看護婦に尋ねると、成長途中の高校生までは内科ではなく小児科になるのだそうだ。
 早世するのは構わないが、美羽と戦ってみたい、という思いも美雪にはある。
 黄金の巨翼をもつ美羽を思い浮かべると、また脈拍が早くなる。
 同時に、今すぐに美羽と会いたい、という強い感情も胸にあった。
 つらい不整脈の原因を自ら求めている。
 美雪は自分自身が解らず、首をかしげた。 鳥居坂に面した東和麗華学園中高等部の校門の上空に着くと、守衛が立哨している。
 美雪はあれこれと聞かれることを嫌い、新旧の校舎にぐるりと囲まれたグランドに降り立つと、偶然にも真紅の地に白くくっきりと「TOWAREIKA」のネームと二本線が入ったTシャツにハーフパンツ姿の一団が集まっている。
 誰もが鳥人であるところを見ると、ウイングボール部の練習が行われているようだった。美羽の姿もすぐに見つかった。
 しかし、まるで覇気がなく、どうにも気まずい雰囲気で、しかも日本ウイングボール連盟の星野の姿まであった。
 美羽がすぐに美雪の姿を見つけ、ふわりと飛んできた。やはり、黄金の翼は美しかった。「何なの? まるでやる気がないじゃない」
 美雪が美羽に尋ねると、
「いいところにきてくれました、美雪さん。わたしをぶちのめしてください」
 美羽は思いもかけないことをいい出した。
「はあ?」
 美雪はわけが解らず、立ち尽くしていると、
「ちょっと! 他校の生徒が勝手に入り込んで!」
 恵礼那が美雪を見とがめると、美雪はむっと腹を立て、
「あんたこそ、岸体育館でやった抽選会のとき、就学園(うち)と戦うことになって、あっさり負けを認めて、ピーピー鳴き出したんだって? わたしそういう人、大っ嫌いなの」
美雪が恵礼那に迫ると、
 「まあまあ、部長。ここは美雪さんも入ってくれた方が、皆、納得してくれます」
 美羽が制した。それでも中等部の部員たちは突然に現れた『白銀の姫君』に、ますます怯えた。
「だから、何が起きているの?」
 美雪が誰にともなく尋ねると、制服姿の真希が、
「事の起こりは、昨日の練習で、ソートⅣの部長、副部長とソートAの美羽の三人が、急降下シュートの練習をやっているのを目にしたソートⅠの中等部の子たちが、これならわたしたちなんて必要ない、と言い出して」
 昼休みに高等部の部長室へ押しかけてきた中等部の部員たちの訴えをまとめると、遙流香も、
「それを美羽が、皆とんでもない誤解をしている、それを解きたい、と言い出して」
「この覇気のない雰囲気ができあがったってわけね。それで、模擬戦にわたしも参加して中学生の誤解を解いてくれ、と」
 美雪が、下らない、と呟いた。星野も美雪が、折良く現れた偶然に喜びながら、
「去年、一昨年と東京都代表になった就学園の部長の筧さんも参加してくれれば助かります」
 国体レベルの星野に見込まれては美雪も断り切れず、
「ユニフォームは持ってきていませんから、制服で参加することになりますよ」
 不承不承引き受けた。
 真希が美羽同様に長身の美雪を見上げると、
「どうして『白銀の姫君』がここに?」
 先ほどからの疑問を口にすると、
「不整脈の診察を受けた帰りなの」
 美雪がけろりとこたえた。美羽は驚き、
「えっ、美雪さん、大丈夫なんですか?」
「ええ、あなたの顔を見たら収まったわ、不思議ね。後でお茶でもどう?」
 美雪は美羽を誘った。遙流香が、
「何だ、恋じゃない」
 思わずいうと、美雪は、
「鯉? 鳥呼ばわりはずいぶんとされてきたけど、魚呼ばわりは初めて」
 息をのむと、真希は、
「『白銀の姫君』って、美羽よりバカなんじゃ……」
 目を見開いて美雪を見た。
 このとき、撮影クルーとおぼしき一団が走ってきて、
「あー、テス、テス。OKですね。
 全校生徒の皆さん、お気に入り登録してくださっている皆さん、こんにちは。
 初めての方は、初めまして。
 『アポなし 部活動突撃レポート』の時間です。
 高等部二年A組、放送部部長を務めます碓井(うすい)のぞみ他、東和麗華学園中高等部の放送部がお届けします。
この番組は、動画共有サービスニヤニヤ動画を利用し、生放送でお送りしています。
 今日は、ウイングボール部にお邪魔しました」
 中高等部の校地全体に音声が届いていることを確かめながら、レポートを始めた。
撮影クルーは撮影、録音、音響の持ち場に着き、レポーターの碓井を囲んだ。
 その他にも、ノート型パソコンでニヤニヤ動画の視聴者が実際に目にしている画面を確認し、インカムを使って細かく指示を与える生徒もいる。ディレクターである。
 ディレクターが碓井を指さすと、碓井は、
「今日は解説に副部長の大堂遙流香さんをお呼びしています。大堂さん、よろしくお願いします」
 突然にマイクを向けられた遙流香も臆することなく、
「よろしくお願いします」
「拝見したところ、ずいぶんと物々しい雰囲気ですが、今日は何があったのでしょう?」
「はい、公式戦を控えたこの時期に中等部の部員たちが辞めたい、と言い出しまして」
 いきさつを説明し、
「日本代表レベルの星野ゆかりさんと就学園のキャプテン『白銀の姫君』こと筧美雪さんが胸を貸してくれることになりました」
ことの流れをまとめた。
 ディレクターが持つノート型パソコンのディスプレイには、

 きた~、東和麗華!
 いいから、美羽ちゃん出せ!
 白銀もいるの?
 ソートAそろい踏み!
 お嬢さま学校の大サービス!
 お宝映像DLしまくり!
 マキちゃん、写真データーよろしく!
 
 次々と無責任なメッセージが流れていく。
「それで、『黄金の女王』は中等部の誤解をどうやって解くのでしょう?」
 碓井が肝心のところを確かめると、
「解りません。しかし、この模擬戦に注目したいと思います」
 遙流香がこたえた。
 美雪は、突然に現れ、全校どころかインターネット放送を始めた放送部と何の打ち合わせもなく解説役をこなす遙流香に、
「何なの? この学校」
 茫然として佇んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み