番外編・新作落語 もう食べられません! フーさん!

文字数 5,160文字

(エジプトに飛ばされた死神博士に代わって大幹部に就任したフー・マンジュー、中華料理が得意な彼は部下を花見に誘い、中華式花見パーティを催します。 その模様を落語仕立てで。)

         『もう食べられません! フーさん!』

「おい、今度のボス、フー・マンジューさんは良い人みたいだな、花見に誘ってくれるなんて死神博士じゃ考えられなかったもんな」
「ああ、それにしてもショッカーも国際的になってきたもんだ」
「あのフー・マンチューの弟子なんだって?」
「ああ、聴いたよ、今度こそライダーに勝てそうな気がして来たよ、死神博士の下じゃモチベーション上がらなかったからなぁ」
「ああ、部下を大切にしてくれる人みたいだな、今日も自ら腕を揮って本場の中華を作ってふるまってくれるそうだぜ……それはそうと、ここら辺のはずなんだけどな……」

「おーい、お前達、ここ、ここアルよー!」
「あ、あそこだあそこだ、おお、随分と大掛かりに準備してくれてるんだな」
「こりゃ期待できそうだな……フー・マンジュー幹部、今日はお招きに預かりましてありがとうございます」
「固い挨拶はなしアルよ、日本語でブレーコーよ、ワタシのこともフーさんでOKアルよ」
「その口調は……」
「この方が面白くないアルか? ワタシも実はこう言う口調の方が楽アルよ」
「そうですか? それじゃお言葉に甘えさせていただきます、フーさん」
「それでヨロシ、まあまあ、先ずはカンペーよ」
「カンペー? ああ、乾杯ですか」
「これを用意したアルよ」
「なんですか? その酒は」
「パイチューアルよ、中国人皆これでカンペーするよ」
「そうですか? おっと、フーさん自らのお酌で……恐れ入りやす、頂きます……うっ、これは強い酒ですね」
「60度アルよ」
「それは強いや」
「ダメダメ、そんな風にちびちび飲むもんじゃないアルよ、こうやって……ぐっと一息に飲るヨロシ」
「こりゃ良い飲みっぷりですね」
「真似するヨロシ」
「へえ、じゃ、日中友好のためにも……プハー、こりゃ効きますねぇ」
「エチルアルコールを混ぜたアル」
「へ?」
「日本じゃ四十二度のものしか手に入らなかったアルよ、でも六十度はないと中国人パイチューとは認めないアル」
「そのエチルアルコールってのは……体に毒ってことは……」
「それはメチルアルコールよ、エチルアルコールは飲んでも大丈夫アル」
「そ、そうですか?……」
「飲み過ぎると目がつぶれるアルけどな」
「へっ?」
「飲みすぎなければ良いだけヨ、それより、今日はコースを用意したアルよ」
「そりゃ本格的ですね、お心遣いありがとうございます」
「前菜はピータンアルよ」
「ピータンですか?……」
「中国人みなピータン好きよ、日本人は嫌いアルか?」
「いえ、決してそんなことは……頂きます……ん? これ、臭みもあまりなくてイケますね」
「ワタシ特製アルからね、一酸化鉛でたんぱく質の凝固を促進させて作ったから臭みはあまりないアル」
「……その一酸化鉛ってのは……」
「食べ過ぎなければ大丈夫アルよ、致死量は二百四十グラムアル、一酸化鉛そんなにいっぺんに食べる人いないアル」
「致死量……ってことは、毒は毒なんですよね?」
「心配ない心配ない、中身が固まったら殻と一緒に棄てたアルよ」
「でも少しは沁みこんだから卵が固まった……んですよね」
「日本人神経質アルな、そんなこと気にしてたら中国では生きて行けないアルよ」
「ええ、まあ……そうかもしれませんけど……」
「細かいことは気にしないアル、ホラもう一度カンペーアルよ、カンペー!」
「カ……カンペー……」
「次の料理はスープ、重慶産のフカヒレスープアルよ」
「あ、フカヒレスープなら俺達日本人も馴染みあります」
※( )内はひそひそ話
(……おい……重慶って、海に近かったっけ?)
(え?……ああ、そうだな、確か内陸部の工業都市だったよな……)「あのう、フーさん、今さっき、重慶産と仰いましたか?」
「言ったアルよ」
「重慶でフカが捕れるんでございますか?」
「捕れる訳ないアル」
「あ、そうか、沿岸部で捕れたフカを重慶で加工したわけですね?」
「違うアル、それ、工業用ニカワをホルムアルデヒドに浸して作ったニセモノね」
「……ニカワをホルムアルデヒドですか……」
「ニセモノはニセモノでも高級なニセモノよ、味も食感も本物に近いアル」
「でも本物じゃない……んですよね」
「本物良くない、七色の海で捕れたフカヒレ食べたいアルか?」
「……重慶産でお願いします……」
「もう一度カンペーするアルよ」
(これ、エチルアルコール入りなんだよな……)
「何か言ったアルか?」
「い、いえ……カンペー」
(おい、この酒ヤベーよ、心臓がバクバク言ってる……)
(俺も……フーさんは全然平気みたいだけど)
(もう断ろうぜ)
(そうは行かないよ、ボスが注いでくれちゃうんだからさ……)
「何をごちゃごちゃ言ってるアルか? お次は魚料理、上海ガニの蒸し物用意したアルよ」
「上海ガニですか? 話には聞きますが、食べるのは初めてです……へぇ、これが上海ガニですか」
(……おい……七色の海だぞ……)
(わかってるって、ちょっと黙ってろよ)「……あの、フーさん、これは食べても安全なんですよね?」
「ダイジョウブ、市場に出す前に化学薬品で良く洗ってあるヨ」
「か……化学薬品って……」
「出荷証明書付きアル、だから大丈夫アルよ、ほら、この出荷証明書に使った薬品も書いてあるヨ」
「ふ~ん、いろんな薬品使ってるんですね……ああ、確かに合格の印鑑が押してありますね」
「ニセモノの証明書も出回ってるアルけど、それ、本物ヨ」
(おい……本物の証明書だって証明する証明書がいるんじゃないか?)
(黙ってろよ、ボスなんだぜ? 信用して食えよ、俺も食うからさ)「……あ、味は良いですね、さすが名高いだけあるな……あれ? フーさんは召し上がらないんで?」
「ワタシの口には合わないアル」
(ホラ、やっぱり……)
(しぃっ、カニの一杯や二杯で死にゃしないって)
「さあさあ、次はお待ちかねの肉料理アルよ、鳩の丸焼き用意したアルよ」
「へえ、中国では鳩は一般的なんですか?……それも本場からの輸入物で?」
「日本産アルよ」
「へえ、日本産の鳩なんて出回ってるんですね」
「市場でも見たことないアル、それは現地調達したアル、だから飛び切り新鮮よ」
「現地調達って……」
「この公園アル、日本の鳩、警戒心が薄いアルな、ポップコーンをばら撒いただけで捕り放題アル」
「え? するってぇと、これはそこにいる鳩の仲間のなれのはて……ですか?」
「さあ、鳩の社会がどうなってるかは知らないアル、だけど、もしかしたらそこにいる鳩の兄弟かも知れないアルな」
(おい、顔はそのまんまだぜ)
(あ、ホントだ……なんだかこの目が俺を睨んでいるように見えて来たよ)
(これ、可哀想で食えないよ)
(だけど折角フーさんが……鳩猟までやってくれてるんだぜ、黙って食えよ、少なくとも日本産の鳩なんだからさ……うわぁ、でも確かにグロいな)
(だろう? ムリだよ)
(いや、顔を見なけりゃいいんだ、見なけりゃな……うん、肉は締まってて味は悪くないぜ)
「美味いアルか?」
「え……ええ、鳩を食ったのは初めてで……」
「では人生初体験にカンペーアルよ、カンペー!」
「カ、カンペー……うっぷ……」
「次は麺アルが、ちょっと麺打ちの道具が手に入らなかったアル、餃子で良いアルか?」
「へ? 餃子が麺なんですか?」
「麺と言う漢字を良く見るアル、麦の面と書くアルな?」
「え? ああ、確かにそうですね」
「小麦粉を練って延ばしたものを麺と呼ぶアルよ、切ったり延ばしたりしなくても麺は麺アル、日本人、餃子をおかずに米飯食べる、アレ中国人が見たら可笑しいアルよ、餃子は麺だから主食アル」
「ああ、そうなんですか……これもフーさんの手作りで?」
「済まないアル、これは出来合いの冷凍食品ネ」
「日本産の?」
「本場直輸入アルよ、天津産アル」
「天津産って……なんかちょっと気になるんですが、メーカーを聞いてもよろしいですか?」
「え~と、天津フーズとなってるアル」
(おい……天津フーズって言ったら……)
(わかってるよ、例の毒餃子事件だろう?)
「何をごちゃごちゃ言ってるアルか?」
「あの~、その天津フーズなんですけどね……日本で食中毒事件を起こしたことがあるもんで……」
「ワタシそれ知らないアルな、何人死んだアルか?」
「え? いえ、死者は一人も」
「じゃあワタシが知らないのも無理ないアル」
「は?」
「中国じゃ三十五人死なないとニュースにならないアルよ」
「はぁ……三十五人ってのはまたやけに具体的な数字ですね」
「どういうわけかニュースで伝えられる死者数はいつも三十五人アル」
(俺、まだその三十五分の一にはなりたくないよ)
(しぃっ、聴こえるよ……誰だって餃子で死にたかないさ)
「まぁでも、無理にとは言わないアル、まだ封を切ってないからまた冷凍するアル」
「あのう、お気を悪くなさらず……」
「ダイジョウブ、ちょっとしか気を悪くしてないアル」
(ちょっとは気を悪くしてるんじゃねぇか……)
(お前が天津フーズがどうのこうの言うからだろ?)
(お前だって嫌がったクセに……)
「何をひそひそ話してるアルか……気分直しにカンペーするアルよ」
「え? またカンペーですか?」
(おい、もうムリだよ、目が回ってきた)
(俺もだけどさ、フーさんの機嫌を損ねるだろ? もう一杯だけ頑張れよ、俺も頑張るからさ)
(トホホホホ……)
「カンペー!」
「カ……カンペー……うっぷ……フーさんはお強いんですね」
「これくらいは飲めないと中国では人付き合いが出来ないアルよ」
「でも、俺達はもう限界で……」
「情けないアルな、まぁでも、ムリにとは言わないアル」
「へぇ……相済みませんことで……」
「まあ、良いアル、ワタシの飲む分が増えるアルからな、餃子と別に肉饅頭も用意したアル、饅頭食うヨロシ」
「その盛んに湯気の立ってる蒸篭の中ですか? うわぁ、でかいですね」
「昔、諸葛亮孔明が人身御供の代わりに作らせたのが饅頭の語源ね、だから人の頭くらいの大きさがあるのが本当アル」
(天津フーズ製じゃないだろうな?)
(バカ、そんなこと今更聴けるかよ……)
「今のは聴こえたアルよ、ダイジョウブ、それは北京で作られたものアルよ」
(やっぱり中国製なんだ……)
(しぃっ、もう何も言うな、黙って食え……ん?……)
(……これ……アレだよな……)
(この妙な歯ごたえ……確かに……)
(ダンボール……だよな……)
(多分な……)
(ダンボール入りでこのサイズだぜ……食いきれるか?)
「そのひそひそ話は不愉快アルよ、言いたいことははっきり言うヨロシ」
「いえ、決して……」
「聴こえてるアル、ダンボール肉まんの話ならアレはテレビ局の捏造よ、テレビ局がそう認めたアル」
(そのテレビ局も国営……)
(黙ってろって……)「違うんです、フーさん、饅頭が大きいんでお茶か何かあるといいなって……」
「ああ、そうアルか、こりゃ気づかなかったアルね、わかったヨ、今烏龍茶用意するアル」
「わがまま言ってすみません……あれ? フーさんの饅頭は小さいんですね」
「カロリー取り過ぎを医者にうるさく言われてるアル、だから日本製の小さな饅頭でガマンしてるアル」
(黙ってろよ……俺だってそっちのが良いとどれだけ言いたいことか……でも、ここはガマンのしどころだからな……)「あれ? フーさん、何をしてらっしゃるんですか?」
「お茶の葉を洗剤で洗ってるアルよ、何かおかしいか?」
「いえ、日本じゃあまりそういう事はしないもんで……本場じゃ烏龍茶はそうやって淹れるものなんですか?」
「別にそういうことではないアルよ、このお茶はワタシも飲むアルからね、残留農薬を洗い流しているだけアル」
「…………」
「…………」
「お前達、どうしたアルか?」
「……いえ、ちょっと……お茶も怖いかな……なんて……」
「何? お茶が怖い? ならば饅頭をもっと食うアル、それは饅頭を食い尽くしてから言う台詞アル」
「うわっ、こりゃヤブヘビだ」
「何? 蛇がいるアルか? 捕まえて蛇料理に……」
「いえ! もう蛇は充分です」
「どうしてアルか? まだ蛇料理は出していないアルよ」
「いえ、あなたがウワバミですから」

 お後がよろしいようで……。
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