【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第20話「エピローグ……そしてプロローグ」

エピソードの総文字数=4,570文字

 残ったメンバーはもえの課金ルームに集まり、ささやかな祝宴を開いた。

 皆名残惜しそうにいつまでも話をしていたが、やがて口数が少なくなる。

 そんな空気を読んで一番初めに立ち上がったのは、コロスケ伯爵だった。

では、私も帰るとしますかな。最初に帰る方が、皆に見送ってもらえて得なのですな

 問わず語りにそんなことを話し、全員と固く手を握る。

 最後に、彼はもえに御礼の言葉を述べた。

……もえちゃんは皆のために誇れる仕事をやり遂げたのですな。責任を感じることは何もないのですな
……うん、ありがとう。コロちゃん、また会いましょうね
 笑顔のまま、コロスケ伯爵がそっとボタンに触れ、消えた。
……じゃ、……私
 プルフラスはたたっともえに駆け寄って、ぎゅっと抱きつく。
……ありがと
 大きく深呼吸してもえの香りを吸い込みそうつぶやくと、死霊術師は返事も待たずにそそくさとボタンを押して、消えた。
お……俺は最後でいいっす……
 期せずして、周りの視線が隣に立っていたケンタに集まったが、大柄な戦士は子供のように後ずさりして手を振った。
え? じゃあ俺かな? 順番的に……

 黄飛虎がソファから立ち上がる。

もえちゃん、ヘンリエッタちゃん、本当にありがとう。また……GFOで会おうよ

 アーティファクト[ボスガキタ]を手に入れた二人の勇者へ礼を言い、黄飛虎はボタンへと近づく。

 そわそわとしてボタンを押すのをためらっていた様子だったが、彼は意を決したようにもえに向き直った。

あのっ! もえちゃん! たぶんリアルもえちゃんとこうして会えるのって最後だと思うから、ハ……ハグしていい?!
 耳まで真っ赤にして、泣きそうにも見える顔でそう言った黄飛虎へ、もえはニッコリ笑って両手を広げる。
黄飛虎さん、いつも皆に気を使ってくれてありがとうございます

 そう言ったもえは、おそるおそる大事な宝物を胸に抱くように自分を抱きしめる黄飛虎に、心の底から優しい気持ちが溢れ出した。

 もえとのハグを堪能した黄飛虎は、耳まで真っ赤に染めながら小さくガッツポーズをすると、手を振りながらボタンを押し、消えた。

じゃあ俺も行くね

 カグツチは自然にもえのそばまで歩み寄ると、何も言わずに抱きしめる。

 もえはカグツチの顔を両手で握ると、一気に引き剥がした。

カグツチくんはそういうとこ直さないと、ホントの恋人できませんよ?
あ、はい
 しょんぼりするカグツチをもえは改めて抱きしめ「いつも皆を大切にしてくれてありがとう」とささやく。
エロツチまたあおうっす!
エロじゃないし! またね!
 ケンタと軽口を交わしながらボタンを押し、カグツチも消えた。
じゃ、俺か……と、その前に
 シェルニーが立ち上がる。
もえちゃん、なんで見送る側に立ってんだ?
え?
まさか、責任を感じてここに残ろうとか思ってるんじゃねぇだろうな?
それは……
 不意をつかれて言いよどむもえに、ヘンリエッタが真剣な顔を向ける。
もえちゃんはー、もう行かなきゃダメだよー。もう症状出てるんでしょー? ホントはもっと急いで帰らなきゃダメだったんだよー

 ヘンリエッタの言葉にその場の全員が衝撃を受け固まった。


 もえは確かに、遺跡で戦いを繰り広げている時から数度、意識を失っていた。

 しかしそれは後から考えればそうだったと言う程度のことにすぎない。

 この世界での死と、そこから[復活のロザリオ]の力で復活する際のショックで誘発されたそれは、もえ本人でさえ気づかない程度の症状だったはずだ。

 ウェストエンドの街に戻ってからは、自室で休んでいる時にしか意識は失っていなかった。

(気付いてた……いや、気づいていてくれたのか)

 見ていてくれた、心配していてくれた、それでも自由にさせていてくれた。

 現実の世界では家族ですらそんなに英一のことを気にかけ、尊重してくれている人は居なかった。


 俯いたもえの目から、厚いカーペットの上にボタボタと大粒の涙が落ちる。

 心の声が溢れ出し、もえは口を開いた。

……だって! 私、この世界に残る人たちに、ありがとうなんて言われるようなこと何もしてない! 本当は分かってたの、クマちゃんの症状もたぶん間に合わないって。でも何かしたかった! ただの自己満足なんです! 他の人たちだって辛いはずなのに、そんな自己満足のためだけに暴走した私に向かって『ありがとう』って! 笑顔で手を振ってくれたあの人達に、私の命を救ってくれたヘンリエッタさんにも、私の暴走を許してくれたクマちゃんにも、私は何も返せてない! だから! 私も……ここに……残って……

 パシッと言う乾いた音をたてて、ヘンリエッタがもえの頬を打つ。

 その衝撃で、もえはたたらを踏み、うつむいて立ち尽くした。

もえちゃんはさー! 何万人もの人を救ったのー! 私たちもー、もえちゃんのおかげで心を救われたのー! もえちゃんのしたことは、自己満足なんかじゃないんだよー! もえちゃんのしたことは、すごいことなんだよー!

 ヘンリエッタはテーブルにおいてあった[アーティファクト・ボスガキタ]を手に取ってもえに見えるようにそれを差し出す。

 うつむいたままそれを見ているもえの前で、彼女はとスイッチに指を乗せた。

もえちゃんが私たちのせいでここに残ってー、現実で死ぬことを選ぶって言うならー、私……私は今すぐこのスイッチを押して消えるー!

 もえは一瞬息を呑んだが、それでもうつむいたまま、目を上げない。

 ヘンリエッタはオロオロしているケンタに向き直ると「ケンター! あなたにも言ってるんだからねー!」と付け加えた。

え……俺もっすか?
そうよー! 私のことは気にしなくていいからー、すぐに帰って叔父さんたちを安心させてあげなさーい!
ありさ姉……
 うつむいたまま涙を流し続けるもえとヘンリエッタを交互に見ると、ケンタはヘンリエッタの手から、そっとスイッチを受け取った。
俺、戻るっす。ありさ姉が俺の誘ったゲームのせいでどうなったのかも、おじさんとおばさんにちゃんと話するっす。……だから、もえさんも……もえさんも生きていて欲しいっす!
もえ、ボクに対しても責任を感じているって言うのなら、生きて欲しいクマ。ボクのために、ボクを忘れずに生きて欲しいクマ
 あつもりがケンタの肩を叩き、ヘンリエッタと頷き合いながら静かに語る。
だって……だって!

 英一(もえ)には分かっていた。

 ここに残って罪を償いたいなどというのはエゴだ。

 贖罪という高潔な言葉を借りて、ただあのどうしようもない世界から逃げ出し、GFOの世界に移り住んでしまいたいと言う本山英一のエゴに、英一の理想の少女であるはずのもえが汚されようとしているのだった。


 そして、そんなもえを友達は正してくれる。

 あつもりはGFOプレイヤー数万人を救ったのはもえだと言ってくれたが、やはり最後の最後に救ってくれたのは友達で、救われたのはもえだった。

……だって……でも……ごめんなさい……
(決めたじゃないか! 友達皆が幸せなGFOじゃなきゃ意味が無いって! 全員が笑っていられるために、俺はあのクソみたいな世界へ帰るって!)
……私……かえ……帰ります!

 涙で顔をぐしゃぐしゃにし、嗚咽で言葉をつまらせながら、もえはそう宣言した。

 泣きじゃくるもえを皆が抱きしめる。

 シェルニー、あつもり、ヘンリエッタ、ケンタ、そして……もえ。

 皆、子供の頃のように、声を出して泣いた。


  ◇  ◇  ◇


じゃあな。結構楽しかったぜ。……またな

 涙を流したことが恥ずかしかったのだろう、シェルニーは拗ねたように目を背ける。

 その言葉に、もえが手を振ったのを確認して、ギルドマスターはボタンを押し、消えた。

じゃ、俺も、おじさんとおばさんに……おやじとかぁちゃんにもかな……怒られてくるっす
 スイッチに手をかけたケンタが一瞬躊躇し、ニッコリと微笑む。
……ありさ姉。ありさ姉って俺の初恋の人だったんすよ。……あ、今はもちろんもえさん一筋っすけど!

 最後だと思ったのだろう。ケンタはそんな告白をした。

 笑ってケンタに手を上げるヘンリエッタともえの前で、ケンタもボタンを押し、消えた。

さて、後はもえだけだクマ

 あつもりはスイッチを手に取り、もえに渡す。

 受け取ったもえは、言葉もなくそれを見つめていた。


 何度も口を開こうとしては、言葉にならずにまたスイッチを見る。

 何と声をかければいいのか?


 さようなら


 ごめんなさい


 また会いましょう


 楽しかった


 何を言っても正解ではあっただろう、全ての言葉を言ってしまっても良かったかもしれない、しかしそれでは何も伝わらないような気がしていた。


 そんなもえをただ穏やかに待っていてくれる2人に向かって、意を決したように頷くと、もえは最後の言葉を口にする。

……ありがとう!

 世界で一番の笑顔を添えて、信頼し合える友達へその言葉を送ると、もえはスイッチを押し、GFOの世界から消えた。



  ◇  ◇  ◇



――以上の事から『GFO事件』は一応収束したものとし、今後は救急救命から被害者への補償や相談を主として、引き続き対策を行っていくとの見解が、株式会社GFOエンターテイメントの広報から発表されました。この発表に対して『GFO被害者の会』代表の――

 あの嵐のような一週間から、今日で一ヶ月が経とうとしていた。

 ボサボサだった髪を短く切った本山英一は、ネクタイを締めるとテレビの電源を切る。


 現実世界で目覚めた英一は文字通り死にかけていた。

 気の抜けたコーラをこぼしながら何とか救急に連絡し、一命を取り留める事は出来たが、そのまま入院することになった。


 なんとか退院すると、部屋のポストには沢山のダイレクトメールに紛れて、2通の手紙が入っていた。

 1通は以前勤めていた会社からの『著しい職務怠慢により業務を妨害し損害を発生させた』事による懲戒解雇の通知。


 そしてもう1通は『株式会社GFOエンターテイメント』からの言わばヘッドハンティングの通知だった。


 驚いたことに、運営はGFOを復活させようとしていた。

 それどころか、今回の事件で解析したサーバ内外の様々な状況を理論として、バーチャルゲーム化を目指すというのだ。


 英一は実際にあの事件を内部で経験した主要人物として、そして事件を解決した功労者として、様々な関係者から名前が上がり、スーパーバイザー的なポジションで運営に係る仕事を任されることになった。

 とは言え普段はサーバー管理の下働きのような事をやっている。

 忙しくて大変な仕事ではあったが、以前の仕事とは格段にやりがいも感じ、環境も良くなったことには素直に感謝していた。


 もえが運営に携わることによって、あつもりやヘンリエッタなど、GFOに残された人たちのためにサーバーを温存し、更にバックアップやバージョンアップをオフラインにせずに行えるシステムも開発されつつ有った。


 やがて、GFOへの一般の接続も再開されるだろう。


 そうなれば、もえはまた仲間たちに会うことが出来る。

 バーチャル化に成功すれば、またあのGFO世界へと身を投じることが出来る。


 英一は、最近勉強を始めたプログラムの参考書をテーブルから拾い上げ、玄関の扉を開いてクソのようだった現実の世界へと歩き出した。



――終

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