エンカウンター新堂ユウミ
文字数 4,669文字
新堂ユウミはとある商業施設の跡地を走っていた。
どうにか長期戦にもつれさせることには成功したものの、相当の……いや、かなりやばいダメージを受けている。
5000からスタートした生命力は残り800。
ユウミは近くの柱の陰に隠れた。
ゆっくりと意識して呼吸をし、息を整える。
さっきの攻撃による爆発のおかげで、あたりは滅茶苦茶だ。まともに建っている建造物は見たところどこにもない。
鉄とコンクリートとガラス片を主任さまざまなものが散乱している。
ユウミはショートカットの黒髪を小さく振った。元来の癖っ毛のせいもあるが髪があちこちはねまくっている。おまけに埃まみれだ。
丸い目を細めているのは目にゴミが入っているから。形の良い鼻や薄い唇の口も埃で汚れていた。
というか全身に埃を被ったのだ。
高校一年生にしては小さな体躯。太っているわけではないが痩せすぎてもいない。未だ成長の兆しのない薄い胸。
制服姿なのは学校帰りだからだ。白いブラウスは汗と埃で汚れているし、よれよれである。紺色のブレザーとスカートも同じようにひどいありさまだ。むしろこのまま洗濯機にぶち込んでもらえるとありがたい。
さっぱりしたかった。
ユウミは左手に持った五枚のカードに目をやる。モンスターの絵が描かれたものが三枚。交差する二筋の雷の絵の魔法カードが一枚、倒れた姿勢から這い上がろうとする男の絵の魔法カードが一枚。
この状況で使えるのはモンスターカードだけだ。
魔法カードはいずれもすぐ使用できるものではなかった。
だが、好機がないわけではない。
ユウミは叫んだ。
「あたしのターン!」
瞬間、彼女の右手に一枚のカードが現れる。
祈る思いでそのカードを確かめた。
「ガードマジシャン」と一番上に名前が記されている。名前の横野「闇」というのは闇属性であることをしめしていた。その下の黄色い数字はモンスターのカテゴリー。1から5まであり数字が大きければ大きいほど強いモンスターとされる。
ガードマジシャンのカテゴリーは2。
ユウミは柱の陰から飛び出す。
「あたしはガードマジシャンを召喚!」
迷わず右手のカードを敵に向けて投げた。
一瞬にしてカードが黒いローブ姿の魔法使いに変化する。
頭には黒いとんがり帽子。白い髪がはみ出ている。ブーツの色も黒。魔法使いの背丈より少し長い杖を握っていた。先端には野球のボールほどの黒い球体がついている。
魔法使いのすぐそばには四桁の白い数字が浮かんでいた。
ガードマジシャンの攻撃力を数値化したものだ。
1500。
カテゴリー2にしては大きな値である。
ユウミは一呼吸おき、言った。
「ガードマジシャンのスキル発動! このターンの攻撃をしない代わりに、このモンスターの攻撃力を二倍にする!」
魔法使いの姿が青白い光に包まれた。そばの数字が白から赤に変わる。数値も3000に上昇した。
「あたしはこれでターンエンド!」
ユウミが自分の行動の終了を宣言したことにより、対戦相手のターン(行動順)となった。
相手はユウミから三十メートルほど離れて立っている。ユウミの通う高校の制服を着た男子だ。175センチの身長でも余裕のあるサイズの青いブレザーとスラックス。ブレザーの胸元には風上高校を示すKHの文字が黄緑色と水色の糸で刺繍されている。白いワイシャツの襟元からは青いネクタイ。服はユウミほど汚れていないし、乱れても居なかった。
黒い短髪の彼……桂ハルキは清潔そうな整った顔をしている。その気になればモデルでもできそうな美少年だ。にこにことおだやかそうな笑みを絶やさず、ハルキは言った。
「そんな戦い方じゃ、僕には勝てないよ」
涼やかな声だ。
ユウミはクラス、いや口内に彼のファンクラブができているのを知っていた。たぶんどこかのモニターでこの戦いを見ているはずだ。ある意味ユウミはアウェイ状態とも言える。
孤独な一戦ではあるがそんなことはどうでもいい。
問題はハルキのモンスターだ。
ハルキを守るように二体のモンスターが立っている。どちらも地属性でカテゴリー3。
「カッパーリザード」が二体。
ハルキよりやや大きな身体。茶褐色の肌は湿り気を帯びて微かに光っている。トカゲを直立させたような姿は怖いというよりコミカルに見えた。
半開きの口からはよだれ。
低いうなり声が奇妙なハーモニーを奏でていた。
「このターンで決めるけど恨まないでね」
「できるものならやってみれば?」
「……僕のターン!」
ハルキが右手を挙げ、その手に一枚のカードが生まれる。
そのカードを見たハルキの笑みが広がった。
高らかに言う。
「僕は魔法カード『ミックス』を発動!! 二体のカッパーリザードを素材にミックス召喚を行う!」
ぐにゃり。
ハルキの言葉をきっかけに二体のカッパーリザードの姿が空間ごとゆがむ。そのまま円を描くように空間が動いた。
空間が二体のカッパーリザードを飲み込み白く光る。
その中心で何かが目覚めた。
光の収束とともに二体のカッパーリザードではなく別のモンスターが出現する。
「太古に生まれし偉大なる竜よ、その大いなる翼を翻し、全てを焼き尽くせ! 降臨! リザードラゴン!」
ハルキが叫び、呼び出されたモンスターがその姿をあらわにする。
巨大な竜だった。
五階建てのビルよりも大きいであろう体調。でっぷりとした身体には短い前足としっかりと巨体を支える太い後ろ足。尻尾も長く立派だ。背中には一対の翼。広げたらどれくらいの大きさになるだろうか。
茶褐色の肌は見るからに堅そうな鱗に覆われている。
ギョロリとした目が自分を捕らえたのをユウミは感じた。
やばい。
脳裏にその三文字が並んだとき、ハルキが声を大にした。
「リザードラゴンでガードマジシャンを攻撃!」
リザードラゴンがわずかに首を前傾し、牙ののぞく口を開く。
奥から光る赤いもの。
ユウミは唇を噛んだ。
埃の混じった唾を飲み込む。
リザードラゴンの攻撃力は3000。
スキルでパワーアップしたガードマジシャンと同等だ。カテゴリーが5の割には低めの数値である。
「放て! 灼熱のファイヤーブレス!」
リザードラゴンから一筋の炎が吐き出された。
同時にガードマジシャンが杖を古い青白い光線を発射する。
攻撃力は互角。
この対決は相討ち!
それぞれが炎と青白い光に焼かれていく。
……だが。
ハルキが左手に持った一枚のカードを右手に持ち替え、リザードラゴン目掛けて投げる。
「魔法カード『天使のいたずら』を発動! このバトルでのリザードラゴンの破壊は無効となる!」
「なっ」
驚嘆したユウミの声と四散するガードマジシャンの破壊音が重なった。。
ユウミは反射的に思う。
やばい。
急がないとマジでヤバい!
素早く左手のカードを一枚抜いた。
ハルキがさらに言う。
「リザードラゴンのスキル発動! このモンスターが敵モンスターを破壊したとき、もう一度攻撃できる!」
ユウミは右手のカードを放ち、目をつむって身構える。
こうなってはリザードラゴンの炎の直撃は免れなかった。壁となるモンスターはいない。どうしようもない。
全身が炎に包まれた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
絶叫しながらユウミは炎の熱さと痛み、肉と髪の毛と服を焦がす臭いに耐える。
彼女の生命力が0になった。
ジ・エンド。
……だが。
「くっ、そうきたか」
ハルキの悔しそうな声。
倒れて動かなくなったユウミの身体が金色に輝く。
かすれる声でユウミが言った。
「魔法……カード、『ガッツ』発……動」
プレイヤーの生命力が0になったときに効果を発揮するカード。
残り生命力を100にしてプレイヤーを戦線に復帰させる。
ただし一度の対戦に一回しか使えない。
「……僕はこれでターンエンド」
ハルキの手札はない。
ユウミはよろけながらも立ち上がり精一杯の声で叫んだ。
「あたしの、ターン!」
右手に一枚のカードが現出する。
ユウミはそのカードの内容を目にし、笑みをこぼした。
手にしたのは魔法カード。
それを即座に使用する。
「あたしは魔法カード『ミックス』を発動! 手札のモンスター三体を素材にミックス召喚!」
左手から三枚のモンスターカードを右手に持ち直し中空に投げる。
ぐにゃり。
カードがモンスターにならないうちに空間が歪曲する。リザードラゴンのときのように空間ごと変異して中から新しいモンスターが誕生した。
ユウミが口上を唱える。
「銀色の光を纏い、賢者の力で敵を討て! 飛翔せよ! シルバーウイング!」
甲高い鳴き声を上げながら、一羽のフクロウが飛び出した。
カテゴリー4、風属性で攻撃力2500のモンスター。
普通のフクロウではない。
身長148センチのユウミを乗せても余裕で羽ばたけそうなサイズの巨大フクロウだ。
ユウミは指をパチンと鳴らして、空中で待機するシルバーウイングに命じる。
「いくよっ! シルバーウイングでリザードラゴンを攻撃!」
一段高く上昇し、シルバーウイングがリザードラゴンへと突っ込む。
「シルバーアタック!」
「それでも僕のリザードラゴンのほうが攻撃力は上だよ。無駄無駄」
冷ややかに指摘するハルキに対し、ユウミは告げた。
「シルバーウイングのスキル発動! 攻撃対象のモンスターの攻撃力は、あたしの生命力と同じ数値になる!」
「なっ!」
今度はハルキが驚く番だった。
リザードラゴンの巨体が緑色の光に包まれる。その攻撃力を示す数字は赤く変じた。
100。
シルバーウイングが炎のブレスをかいくぐり、竜の身体を貫く。
その衝撃波がハルキを襲った。のけぞるように吹き飛ばされ、倒れる。
彼の残り生命力は700。
ユウミは左手の最後の一枚を右手に移し、シルバーウイングに投げる。
「魔法カード『セカンドアタック』を発動! このターン攻撃を終えたモンスターは再度攻撃を行うことができる!」
ハルキの表情が絶望の色に染まる。
遠慮はなかった。
シルバーウイングの突撃がハルキに命中する。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
断末魔の叫びとともにハルキの生命力が0になった。
ジ・エンド。
ブーッとブザー音が鳴り、周囲の景色が一変した。
★★★
ユウミたちは無機質な部屋の中にいた。
部屋の広さは二百平方メートルくらいだろうか。バーチャル空間で感じていたよりもずっと狭い。
「しかしまあ……」
自分のカードを専用の読み取り装置から取り出しつつハルキが言った。
「せっかく午前だけで授業が終わりだっていうのに、女の子が『エンカウントモンスターズ』のバーチャルルームに行きたいって、色気がなさすぎじゃね?」
「だって平日のこの時間が一番空いてるんだもん」
ユウミがハルキ同様カードを回収しながら応じた。
「それに『シルバーウイング』も使ってみたかったし」
彼女たちの服や身体に汚れはない。もちろんゲームが終われば肉体的ダメージも消えていた。
全てはゲーム内の出来事である。
「女子高生エンカウンターって、さすがにどうかと思うけどね」
「そんなこと言って、ハルキだって対戦してくれる女子がいないってぼやいてたくせに」
「デートの相手には困らないんだけどな」
「最低だね、色男」
「僕はユウミが一番好きだよ」
「はいはい、ありがとさん」
軽口を叩きながら帰り準備を済ませ、二人はバーチャルルームを後にした。
ちなみに外には外部モニターで観戦していたハルキファンクラブの面々、別名ハルキストが待ち構えている。
了。
どうにか長期戦にもつれさせることには成功したものの、相当の……いや、かなりやばいダメージを受けている。
5000からスタートした生命力は残り800。
ユウミは近くの柱の陰に隠れた。
ゆっくりと意識して呼吸をし、息を整える。
さっきの攻撃による爆発のおかげで、あたりは滅茶苦茶だ。まともに建っている建造物は見たところどこにもない。
鉄とコンクリートとガラス片を主任さまざまなものが散乱している。
ユウミはショートカットの黒髪を小さく振った。元来の癖っ毛のせいもあるが髪があちこちはねまくっている。おまけに埃まみれだ。
丸い目を細めているのは目にゴミが入っているから。形の良い鼻や薄い唇の口も埃で汚れていた。
というか全身に埃を被ったのだ。
高校一年生にしては小さな体躯。太っているわけではないが痩せすぎてもいない。未だ成長の兆しのない薄い胸。
制服姿なのは学校帰りだからだ。白いブラウスは汗と埃で汚れているし、よれよれである。紺色のブレザーとスカートも同じようにひどいありさまだ。むしろこのまま洗濯機にぶち込んでもらえるとありがたい。
さっぱりしたかった。
ユウミは左手に持った五枚のカードに目をやる。モンスターの絵が描かれたものが三枚。交差する二筋の雷の絵の魔法カードが一枚、倒れた姿勢から這い上がろうとする男の絵の魔法カードが一枚。
この状況で使えるのはモンスターカードだけだ。
魔法カードはいずれもすぐ使用できるものではなかった。
だが、好機がないわけではない。
ユウミは叫んだ。
「あたしのターン!」
瞬間、彼女の右手に一枚のカードが現れる。
祈る思いでそのカードを確かめた。
「ガードマジシャン」と一番上に名前が記されている。名前の横野「闇」というのは闇属性であることをしめしていた。その下の黄色い数字はモンスターのカテゴリー。1から5まであり数字が大きければ大きいほど強いモンスターとされる。
ガードマジシャンのカテゴリーは2。
ユウミは柱の陰から飛び出す。
「あたしはガードマジシャンを召喚!」
迷わず右手のカードを敵に向けて投げた。
一瞬にしてカードが黒いローブ姿の魔法使いに変化する。
頭には黒いとんがり帽子。白い髪がはみ出ている。ブーツの色も黒。魔法使いの背丈より少し長い杖を握っていた。先端には野球のボールほどの黒い球体がついている。
魔法使いのすぐそばには四桁の白い数字が浮かんでいた。
ガードマジシャンの攻撃力を数値化したものだ。
1500。
カテゴリー2にしては大きな値である。
ユウミは一呼吸おき、言った。
「ガードマジシャンのスキル発動! このターンの攻撃をしない代わりに、このモンスターの攻撃力を二倍にする!」
魔法使いの姿が青白い光に包まれた。そばの数字が白から赤に変わる。数値も3000に上昇した。
「あたしはこれでターンエンド!」
ユウミが自分の行動の終了を宣言したことにより、対戦相手のターン(行動順)となった。
相手はユウミから三十メートルほど離れて立っている。ユウミの通う高校の制服を着た男子だ。175センチの身長でも余裕のあるサイズの青いブレザーとスラックス。ブレザーの胸元には風上高校を示すKHの文字が黄緑色と水色の糸で刺繍されている。白いワイシャツの襟元からは青いネクタイ。服はユウミほど汚れていないし、乱れても居なかった。
黒い短髪の彼……桂ハルキは清潔そうな整った顔をしている。その気になればモデルでもできそうな美少年だ。にこにことおだやかそうな笑みを絶やさず、ハルキは言った。
「そんな戦い方じゃ、僕には勝てないよ」
涼やかな声だ。
ユウミはクラス、いや口内に彼のファンクラブができているのを知っていた。たぶんどこかのモニターでこの戦いを見ているはずだ。ある意味ユウミはアウェイ状態とも言える。
孤独な一戦ではあるがそんなことはどうでもいい。
問題はハルキのモンスターだ。
ハルキを守るように二体のモンスターが立っている。どちらも地属性でカテゴリー3。
「カッパーリザード」が二体。
ハルキよりやや大きな身体。茶褐色の肌は湿り気を帯びて微かに光っている。トカゲを直立させたような姿は怖いというよりコミカルに見えた。
半開きの口からはよだれ。
低いうなり声が奇妙なハーモニーを奏でていた。
「このターンで決めるけど恨まないでね」
「できるものならやってみれば?」
「……僕のターン!」
ハルキが右手を挙げ、その手に一枚のカードが生まれる。
そのカードを見たハルキの笑みが広がった。
高らかに言う。
「僕は魔法カード『ミックス』を発動!! 二体のカッパーリザードを素材にミックス召喚を行う!」
ぐにゃり。
ハルキの言葉をきっかけに二体のカッパーリザードの姿が空間ごとゆがむ。そのまま円を描くように空間が動いた。
空間が二体のカッパーリザードを飲み込み白く光る。
その中心で何かが目覚めた。
光の収束とともに二体のカッパーリザードではなく別のモンスターが出現する。
「太古に生まれし偉大なる竜よ、その大いなる翼を翻し、全てを焼き尽くせ! 降臨! リザードラゴン!」
ハルキが叫び、呼び出されたモンスターがその姿をあらわにする。
巨大な竜だった。
五階建てのビルよりも大きいであろう体調。でっぷりとした身体には短い前足としっかりと巨体を支える太い後ろ足。尻尾も長く立派だ。背中には一対の翼。広げたらどれくらいの大きさになるだろうか。
茶褐色の肌は見るからに堅そうな鱗に覆われている。
ギョロリとした目が自分を捕らえたのをユウミは感じた。
やばい。
脳裏にその三文字が並んだとき、ハルキが声を大にした。
「リザードラゴンでガードマジシャンを攻撃!」
リザードラゴンがわずかに首を前傾し、牙ののぞく口を開く。
奥から光る赤いもの。
ユウミは唇を噛んだ。
埃の混じった唾を飲み込む。
リザードラゴンの攻撃力は3000。
スキルでパワーアップしたガードマジシャンと同等だ。カテゴリーが5の割には低めの数値である。
「放て! 灼熱のファイヤーブレス!」
リザードラゴンから一筋の炎が吐き出された。
同時にガードマジシャンが杖を古い青白い光線を発射する。
攻撃力は互角。
この対決は相討ち!
それぞれが炎と青白い光に焼かれていく。
……だが。
ハルキが左手に持った一枚のカードを右手に持ち替え、リザードラゴン目掛けて投げる。
「魔法カード『天使のいたずら』を発動! このバトルでのリザードラゴンの破壊は無効となる!」
「なっ」
驚嘆したユウミの声と四散するガードマジシャンの破壊音が重なった。。
ユウミは反射的に思う。
やばい。
急がないとマジでヤバい!
素早く左手のカードを一枚抜いた。
ハルキがさらに言う。
「リザードラゴンのスキル発動! このモンスターが敵モンスターを破壊したとき、もう一度攻撃できる!」
ユウミは右手のカードを放ち、目をつむって身構える。
こうなってはリザードラゴンの炎の直撃は免れなかった。壁となるモンスターはいない。どうしようもない。
全身が炎に包まれた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
絶叫しながらユウミは炎の熱さと痛み、肉と髪の毛と服を焦がす臭いに耐える。
彼女の生命力が0になった。
ジ・エンド。
……だが。
「くっ、そうきたか」
ハルキの悔しそうな声。
倒れて動かなくなったユウミの身体が金色に輝く。
かすれる声でユウミが言った。
「魔法……カード、『ガッツ』発……動」
プレイヤーの生命力が0になったときに効果を発揮するカード。
残り生命力を100にしてプレイヤーを戦線に復帰させる。
ただし一度の対戦に一回しか使えない。
「……僕はこれでターンエンド」
ハルキの手札はない。
ユウミはよろけながらも立ち上がり精一杯の声で叫んだ。
「あたしの、ターン!」
右手に一枚のカードが現出する。
ユウミはそのカードの内容を目にし、笑みをこぼした。
手にしたのは魔法カード。
それを即座に使用する。
「あたしは魔法カード『ミックス』を発動! 手札のモンスター三体を素材にミックス召喚!」
左手から三枚のモンスターカードを右手に持ち直し中空に投げる。
ぐにゃり。
カードがモンスターにならないうちに空間が歪曲する。リザードラゴンのときのように空間ごと変異して中から新しいモンスターが誕生した。
ユウミが口上を唱える。
「銀色の光を纏い、賢者の力で敵を討て! 飛翔せよ! シルバーウイング!」
甲高い鳴き声を上げながら、一羽のフクロウが飛び出した。
カテゴリー4、風属性で攻撃力2500のモンスター。
普通のフクロウではない。
身長148センチのユウミを乗せても余裕で羽ばたけそうなサイズの巨大フクロウだ。
ユウミは指をパチンと鳴らして、空中で待機するシルバーウイングに命じる。
「いくよっ! シルバーウイングでリザードラゴンを攻撃!」
一段高く上昇し、シルバーウイングがリザードラゴンへと突っ込む。
「シルバーアタック!」
「それでも僕のリザードラゴンのほうが攻撃力は上だよ。無駄無駄」
冷ややかに指摘するハルキに対し、ユウミは告げた。
「シルバーウイングのスキル発動! 攻撃対象のモンスターの攻撃力は、あたしの生命力と同じ数値になる!」
「なっ!」
今度はハルキが驚く番だった。
リザードラゴンの巨体が緑色の光に包まれる。その攻撃力を示す数字は赤く変じた。
100。
シルバーウイングが炎のブレスをかいくぐり、竜の身体を貫く。
その衝撃波がハルキを襲った。のけぞるように吹き飛ばされ、倒れる。
彼の残り生命力は700。
ユウミは左手の最後の一枚を右手に移し、シルバーウイングに投げる。
「魔法カード『セカンドアタック』を発動! このターン攻撃を終えたモンスターは再度攻撃を行うことができる!」
ハルキの表情が絶望の色に染まる。
遠慮はなかった。
シルバーウイングの突撃がハルキに命中する。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
断末魔の叫びとともにハルキの生命力が0になった。
ジ・エンド。
ブーッとブザー音が鳴り、周囲の景色が一変した。
★★★
ユウミたちは無機質な部屋の中にいた。
部屋の広さは二百平方メートルくらいだろうか。バーチャル空間で感じていたよりもずっと狭い。
「しかしまあ……」
自分のカードを専用の読み取り装置から取り出しつつハルキが言った。
「せっかく午前だけで授業が終わりだっていうのに、女の子が『エンカウントモンスターズ』のバーチャルルームに行きたいって、色気がなさすぎじゃね?」
「だって平日のこの時間が一番空いてるんだもん」
ユウミがハルキ同様カードを回収しながら応じた。
「それに『シルバーウイング』も使ってみたかったし」
彼女たちの服や身体に汚れはない。もちろんゲームが終われば肉体的ダメージも消えていた。
全てはゲーム内の出来事である。
「女子高生エンカウンターって、さすがにどうかと思うけどね」
「そんなこと言って、ハルキだって対戦してくれる女子がいないってぼやいてたくせに」
「デートの相手には困らないんだけどな」
「最低だね、色男」
「僕はユウミが一番好きだよ」
「はいはい、ありがとさん」
軽口を叩きながら帰り準備を済ませ、二人はバーチャルルームを後にした。
ちなみに外には外部モニターで観戦していたハルキファンクラブの面々、別名ハルキストが待ち構えている。
了。