偽の王

文字数 916文字

 偽の王冠を着けた悪魔が人々を苦しめる。災厄を世界中にばら撒いた。たくさんの罪無き家族が離れ離れを余儀なくされた。たとえ、女、子供であろうと見境なく容赦はしない。

 悪魔はある家族の父親に、災厄の息を吹きかけ亡き者とした。
 次に娘である美しき姉妹にその汚れた手で触れようとした。母親は姉妹を守るため全身全霊を尽くし抗った。しかし、その執拗で残酷な手から逃れることができず、母親は熱病と悪夢に魘され始めた。
 悪魔はこの機を逃さず姉妹に襲いかかった。姉妹は勇気を奮い起こし立ち向かったが、その汚れた唇に触れられ、妹は熱病と悪夢に魘されはじめた。
 姉は残った力で懸命にねばり強く神に祈りを捧げた。悪魔は姉の持つ精神力と祈りの強さに家族の破滅を諦めざるを得なくなりはじめた。

 姉は母と妹を救うためさらに祈りを捧げ続けた。
 すると神からの啓示が降った。

ーあなたの祈りが慥かなものであるならば、その
 身を捧げなさいー

 母と妹は目にわかるほどに衰弱し始めていた。選択の余地はなかった。祈りの丘で身を捧げることを決断した。
 
 姉は清らなかな河にて身を浄め、短剣を身に付け、祈りの丘へと赴いた。丘の頂にある神の台座に着くと、台座の前で両膝をつき、両手の指を重ね祈り続けた。
 しばらくののち、天が暗くなると、王の冠をかぶり、汚れた白装束を纏い、神々しい光を放つ老いた男が、杖を地面につきながらゆっくりと近付いてきた。

ー汝に問う、身を捧げる覚悟はあるか?ー

ー母と妹が助かるならばー

ーならばその身を捧げよ、身に付けし短剣にて喉
 を突き刺すのだー

ーはいー

 姉は深く静かに答え、短剣にて喉を貫こうとした瞬間、頭の中に慈愛に満ちた別の声が聞こえた。

ーならぬ、そのモノに身を捧げてはならぬー

 姉は即座に理解した。老いた男の正体が偽の王であることに。姉は己が右の手のひらを短剣にて裂き、その清き血が流れる手で男の左手をきつく掴んだ。

ーああ、何ということだ! 神のやつめ! 
 まだこの愚かな者達を救うのかー

 男は禍禍しき姿に変わり、紅き炎をあげて燃え始めた。炎は激しさを増し燃え続けた。
 姉は炎が消えるまで、掴んだ手を離さずにどこまでも祈り続けた。


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