第42話 僕らの船 5

文字数 2,217文字

 監視施設の待機室に武装した班員が集まった。遥馬の指示だ。理央と橋の破壊に向かった一部隊と澄人の姿はないが、それ以外の班員全員がそろっていた。
「全員集まったか」
 遙馬は円陣の中心にいた。
「では、今からエフェクトチップを出してくれ」
 ざわめいた。
「体温が消えないよう。一人ずつだ。俺に預けてくれ」
 右隣にいた隊員が遙馬にうながされて、手首に巻いていた黒いラバーバンドをはずした。受け取った遙馬がすぐさま自分の腕に巻く。
「シギント班のモニタリングオペレーターが、トゥエルブ・ファクトリーズの幹部に送られる映像に手を加えて画像を乱している。俺たちはここでプラチナベビーズと戦って死んだことになるが、その映像は残らない。証拠になるのはこのエフェクトチップだけだ。今から、俺が澄人の加勢に加わる。これを白色に変えて現場に残してくる。全員の分を貸してくれ」
「如月班長、私たちも参加します」
「わざわざみんなで危険を犯す必要はない」
 こわばった顔で言う少女から、ドッグタグタイプのエフェクトチップをやや強引に取りあげて自分の首にかけた。
「しかし……班長だけがリスクを負うのは」
 反対の声も意に介さず、ただ黙々と隊員の身につけていたものを引き取っていった。そのほとんどが未だ鮮やかな赤色をしていた。
 全員から回収し終えると、遥馬はふっと笑った。力の抜けた柔らかい笑みだった。班員たちは今まで見たことのない、屈託のない笑顔に思わず見入っていた。
「俺はトェルブ・ファクトリーズの社員を切り捨てたときに、ここに残る全員に契約金を持ち帰らせる、と約束したからな。それを果たすだけだ」
 遙馬は今まで見せたことのない満足そうな顔で一人一人をみまわした。まるで別れを告げるように。
「俺みたいな班長に命を預けてくれた全員に感謝する。ありがとう。お前たちと組めて俺はとても幸せだった」
 遥馬は一人、円陣を抜け出して一度振り返った。
「この世界はろくでもない。それでもみんな、生きてくれ」
(さあ、類。二人でこの船に賭けよう)

 類は、ひょこ、ひょこ、と筋力の落ちた足でぎこちなく歩いていた。履いているのは足先を保護するためのスニーカーのような室内履きだ。
 腰から下の感触はない。ただ何かに動かされている。倒れないように腰でバランスをとるのがやっとだ。
 類が外に出ると、きな臭い匂いが鼻腔をついた。右手の二棟建てのマンションの合間から、もうもうと黒い煙が立ちのぼっていた。綿で作ったような黒く渦巻く雲の柱の中で、時々ひらりと赤い炎が舞うのが見えた。布やビニールでも焼けて舞い散っているのだろうか。
(創があそこにいる。みんなのためだと信じて周囲を燃やし続けている)
 類の心が後悔にきしんだ。
(僕の考えたおかしな作戦に巻きこんでしまってすまない)
 一人ぼっちで自分を始末しに来る武装班を待っているのはどんなに怖いだろう。
 ランドマークツインタワーが近づいてくる。類が首をもたげると、タワーの先にあるバームクーヘンのようなひらべったい円柱が窓に明かりを灯していた。
(僕を招いている。兵器として起動するための最後のパーツを待ち望んでいる)
 球体の脇を通り過ぎようとした時、パソコンのモニターでしか見たことのなかった男が立ちふさがった。
「遙馬」
「類」
「どいてくれ。これはもう僕の意志で歩いているんじゃないんだ。止まれない」
「類、まさかお前がトゥエルブ・ファクトリーズの最後の切り札だったなんてな」
 類は力なく笑った。
「だから最初に言ったじゃないか。僕らは似た者同士だって。あれは交渉術なんかじゃない。僕は事実を言ったんだ。監視者もプラチナベビーズも、双方がやつらに買収されているんだ。君たちは金で。僕は自分以外の兄弟の権利や命で」
 遥馬はいらだちを隠さず舌打ちした。類は静かに続ける。
「だから、こんなの全部茶番なんだ。僕らが命がけで戦う必要なんて無い。遙馬、こんなくだらない世界に利用されてしまうな。金もうけのための食い物にされてしまうな」
「類、荷電子粒子砲の威力を知っているか?」
 遥馬の態度はこんな時でさえ、ごく淡々としていた。
「推定でしかない。初弾は半径二キロと言われている」
「ほとんどこの島を覆うな」
「地下室に避難するのがいいかもしれない」
「監視者は寮の地下に射撃場を持っている。あそこが丈夫だろう。プラチナベビーズはどうする? お前の自宅がシェルターか?」
 類はうなずいた。
「このまま僕の自宅で神田さんの指示に従うよう言い残してきた」
 そして、蒼白な顔できっぱりと言う。
「僕は、最後まで抵抗するつもりだ」
 荷電子粒子砲のシステムにとりこまれて、自分の意識がいつまで保てるのかは類自身もわからない。すでに自分の下半身は、類の意志を離れて機械的に体を運んでいる。自分は意味のない無謀なことを考えているのかも知れない、と類の心の奥が恐怖に冷えこんでいく。
 遥馬の脇をぎくしゃくと通り過ぎていく。背中をゆがめてうつむく類の耳に、少しだけ感情的な声が響いた。
「死ぬな。それを言いに来た。お前はちゃんと自分の信念を貫け。自分の命だって一つの命だ。犠牲にはするな。自殺は卑怯だぞ」
「わかっている。僕も闘う。僕の意志で。最後まで。この能力をおさえこんで」
「戦おう。このくだらない戦争を」
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