覚悟 その六
文字数 2,230文字
食事の後片付けを済ませた二人はユウリの部屋で何も話さずに黙り込んでいた。俊介は緊張が解けたせいか、床に座り込みベッドに寄りかかって眠たそうだ。ユウリの父は俊介の本気具合を心配している。しかしそれは父だけではなかった。ユウリも落ち着きを取り戻した今、俊介がどこまで本気なのかをもう一度確認したいと思っている。さっきは結婚したいと言ってくれたが、それは父が言うようにその場の思いつきで言ったのではないか。でも俊介は真剣に話していたから、改めて聞くのは疑っているようで、気が引ける。
椅子に腰をかけ肩を落としたユウリに、俊介が眠たそうに微笑みかけた。
「ユウリ、気持ちは落ち着いた?」
「うん……。俊介も疲れたでしょ」
俊介は軽く首を振り、ベッドに寄りかかっていた体を起こすと、ゆっくりと正座をした。
「ユウリもここに座って」
俊介に言われ、ユウリも正座した。
「さっきは気持ちも乱れていたから……」
ユウリは俊介の言葉が「結婚」の事を指していると思った。やっぱり、俊介が「……思わず口走 ってしまったけど……」という言葉を続けるのではないか……、内心怖かった。
「ユウリ、俺と結婚して下さい」
俊介の瞳と自分の瞳が一直線に繋がっている。悪い予想とは逆の言葉に、ユウリも俊介を見つめたままだ。真っ白になった頭では何も言葉が思い浮かばない。さっきまで不安に思っていた気持ちが心から出てしまった。
「本当に?」
「本当だ」
俊介は真剣に頷いた。
ユウリの眼に涙がじわじわと浮かんでいく。か細 く震えた声で、なおも訊いた。
「勢いで言ってしまったんじゃないの?」
「思いつきで言っているわけじゃない。俺は日本でずっと考えていた。今回はユウリにプロポーズするために来たんだよ」
ユウリの眼から涙が溢 れた。そして俊介の首に両手を回すように飛びつくと、正座をしていた俊介はバランスを崩した。そのまま床に倒れこみ、ユウリが上に覆 いかぶさった。そして俊介の耳元に顔をうずめたまま、
「はい。結婚してください」
そう囁 き、そっと唇を俊介の唇に重ねた。俊介にとっては初めてのキスだ。それは暖かく、ちょっぴりユウリの涙の味がした……。
しばらく重なり合っていた二人は起き上がり、ユウリは涙を拭いた。
「いつも俊介には驚かされてばかり」
そう笑顔を見せると、
「そうだな。でもまだ指輪は買えていないんだ」
俊介はバツが悪そうに下を向いた。
「指輪はいいの」
俊介の言葉だけで十分だ。
「でも、いつか私が欲しい指輪を買ってもらおうかな」
「そうだね、二人で買いに行こう。それまではこれを持っていて欲しい」
野外訓練の時に着けていた腕時計を渡した。武骨 な感じで見るからに頑丈 そうな時計だ。少し土も付いている。
「うん。私の宝物」
ユウリはそう言うと自分の腕にはめた。細くて白い腕にぶかぶかで武骨 な時計が、まるで二人のようだ。
俊介はシャワーを浴びラフな格好に着替えたあと、濡れた髪をタオルで拭きながら微 かな期待を持っていた。
「今夜は何処で寝ればいいのかな。ユウリの部屋かな……」
「それは無理よ」
ユウリは即答して笑っている。
「そうだよね」
俊介もつられて笑った。この状況でユウリの部屋で寝たら、火に油を注ぐようなものだ。ここはユウリの実家。ユウリにとっては完全な安全地帯だ。その安全地帯で、いまだ得体のしれない獣 がユウリの部屋で寝る事を、父が許すわけがない。
ジェンの部屋に俊介の布団も用意してあり、スーツケースをジェンの部屋に運び込むと、
≪今夜は俺の部屋で我慢してくれ≫
ジェンがユーモアを込めて迎え入れてくれた。
布団に入り静けさが訪れた頃、ジェンが話かけてきた。
≪君も大変だな。でも凄い勇気だ。尊敬するよ≫
≪ありがとうございます。皆さんに心配をかけてしまって、ごめんなさい≫
俊介は自分が問題の原因になっていることを謝った。
≪気にするなよ。避けては通れない道だ。君で良かったと、俺は思うよ≫
≪ありがとうございます≫
俊介はジェンの言葉が嬉しかった。ジェンは両手を頭の後ろに当て話題を替えた。
≪俺も彼女の実家に行ってみるかな≫
≪きっと彼女も喜ぶと思いますよ≫
≪そうだな。ユウリのように喜んでくれるかな≫
ジェンもユウリの幸せを心から願っているのだろう。そう思いながらいつしか眠りについた。
別の部屋では、ベッドに仰向けになったウィヨンが目を開けたまま何かを考えている。そんなウィヨンにチユウが優しく話しかけた。
≪あなた、いま何を考えているの?≫
ウィヨンは仰向けのままゆっくりと瞬 きをした。
≪どうしたものかな。彼はしっかりとした、いい青年だとは思うが……≫
≪そうね、真剣に話をしてくれて信頼できそうね≫
≪ああ≫
ウィヨンも俊介の人柄は認めているようだ。しかし何故か今一つ踏ん切りがつかない。そんなウィヨンを導くように、チユウが問いかけた。
≪あなたは、どうしたいの?≫
ウィヨンはしばらく理論的に考えるように難しい顔をしていたが、途中で何かに気付いたように軽い笑みを浮かべた。
≪俺がどうしたいかは重要じゃない。ユウリがどうしたいかだよ≫
その言葉を聞いてチユウは肩の力を抜くように微笑んだ。
≪良かった。あなたがそれを忘れていなくて≫
ウィヨンにもチユウが言わんとしていることが分かったようだ。
≪そうだな≫
それからチユウは何も言わずに目を閉じたが、ウィヨンは天井を見ながら、しばらく考えていた。
覚悟 その七 に続く
椅子に腰をかけ肩を落としたユウリに、俊介が眠たそうに微笑みかけた。
「ユウリ、気持ちは落ち着いた?」
「うん……。俊介も疲れたでしょ」
俊介は軽く首を振り、ベッドに寄りかかっていた体を起こすと、ゆっくりと正座をした。
「ユウリもここに座って」
俊介に言われ、ユウリも正座した。
「さっきは気持ちも乱れていたから……」
ユウリは俊介の言葉が「結婚」の事を指していると思った。やっぱり、俊介が「……思わず
「ユウリ、俺と結婚して下さい」
俊介の瞳と自分の瞳が一直線に繋がっている。悪い予想とは逆の言葉に、ユウリも俊介を見つめたままだ。真っ白になった頭では何も言葉が思い浮かばない。さっきまで不安に思っていた気持ちが心から出てしまった。
「本当に?」
「本当だ」
俊介は真剣に頷いた。
ユウリの眼に涙がじわじわと浮かんでいく。か
「勢いで言ってしまったんじゃないの?」
「思いつきで言っているわけじゃない。俺は日本でずっと考えていた。今回はユウリにプロポーズするために来たんだよ」
ユウリの眼から涙が
「はい。結婚してください」
そう
しばらく重なり合っていた二人は起き上がり、ユウリは涙を拭いた。
「いつも俊介には驚かされてばかり」
そう笑顔を見せると、
「そうだな。でもまだ指輪は買えていないんだ」
俊介はバツが悪そうに下を向いた。
「指輪はいいの」
俊介の言葉だけで十分だ。
「でも、いつか私が欲しい指輪を買ってもらおうかな」
「そうだね、二人で買いに行こう。それまではこれを持っていて欲しい」
野外訓練の時に着けていた腕時計を渡した。
「うん。私の宝物」
ユウリはそう言うと自分の腕にはめた。細くて白い腕にぶかぶかで
俊介はシャワーを浴びラフな格好に着替えたあと、濡れた髪をタオルで拭きながら
「今夜は何処で寝ればいいのかな。ユウリの部屋かな……」
「それは無理よ」
ユウリは即答して笑っている。
「そうだよね」
俊介もつられて笑った。この状況でユウリの部屋で寝たら、火に油を注ぐようなものだ。ここはユウリの実家。ユウリにとっては完全な安全地帯だ。その安全地帯で、いまだ得体のしれない
ジェンの部屋に俊介の布団も用意してあり、スーツケースをジェンの部屋に運び込むと、
≪今夜は俺の部屋で我慢してくれ≫
ジェンがユーモアを込めて迎え入れてくれた。
布団に入り静けさが訪れた頃、ジェンが話かけてきた。
≪君も大変だな。でも凄い勇気だ。尊敬するよ≫
≪ありがとうございます。皆さんに心配をかけてしまって、ごめんなさい≫
俊介は自分が問題の原因になっていることを謝った。
≪気にするなよ。避けては通れない道だ。君で良かったと、俺は思うよ≫
≪ありがとうございます≫
俊介はジェンの言葉が嬉しかった。ジェンは両手を頭の後ろに当て話題を替えた。
≪俺も彼女の実家に行ってみるかな≫
≪きっと彼女も喜ぶと思いますよ≫
≪そうだな。ユウリのように喜んでくれるかな≫
ジェンもユウリの幸せを心から願っているのだろう。そう思いながらいつしか眠りについた。
別の部屋では、ベッドに仰向けになったウィヨンが目を開けたまま何かを考えている。そんなウィヨンにチユウが優しく話しかけた。
≪あなた、いま何を考えているの?≫
ウィヨンは仰向けのままゆっくりと
≪どうしたものかな。彼はしっかりとした、いい青年だとは思うが……≫
≪そうね、真剣に話をしてくれて信頼できそうね≫
≪ああ≫
ウィヨンも俊介の人柄は認めているようだ。しかし何故か今一つ踏ん切りがつかない。そんなウィヨンを導くように、チユウが問いかけた。
≪あなたは、どうしたいの?≫
ウィヨンはしばらく理論的に考えるように難しい顔をしていたが、途中で何かに気付いたように軽い笑みを浮かべた。
≪俺がどうしたいかは重要じゃない。ユウリがどうしたいかだよ≫
その言葉を聞いてチユウは肩の力を抜くように微笑んだ。
≪良かった。あなたがそれを忘れていなくて≫
ウィヨンにもチユウが言わんとしていることが分かったようだ。
≪そうだな≫
それからチユウは何も言わずに目を閉じたが、ウィヨンは天井を見ながら、しばらく考えていた。
覚悟 その七 に続く