信陵君・無忌、起つ

文字数 1,149文字

 侯嬴は人払いをして申しました。

(わたし)が聞きますに晉鄙(しんひ)兵符(しれいしょ)は王の(ふしど)の內にあるとのことです。そして如姫(じょき)はもっともかわいがられており、それを(ぬす)むことができる力があります。

 いぜんに聞きましたところ、公子は如姫のために如姫の父の(あだ)に報いてやったとか。

(史記によると、如姫の父はある人の殺すところとなったため、公子は自分の客にその仇の頭を斬り取らせて如姫に進上したという。如姫が王に最も寵愛されていたことから、そのようなこともあったのかもしれない)

 如姫は公子のために死すら辞そうとはされないでしょう。公子は誠をもって一つ口を開かれるのです、するとすぐさま虎符(兵符)は手に入るでしょう。

(虎、は獰猛なけだもので威厳がある、そこで兵符は虎を(かたど)ったという。漢に銅虎符というものがあったらしい)

 そのうえで晉鄙の兵を奪い、北に趙を救い、西に秦をしりぞけなさい。これは五伯(ごはく)(春秋五覇)のなした功ですぞ」

 公子はその言葉のとおりにすると、はたして兵符を得ました。

 公子が出立しようとすると、侯生は申しあげました。

「将(晉鄙)は外にあり、君(公子)の令を受け入れないかもしれません。

 もしですが晉鄙が兵符を受け取ってそれが本物であるのに、兵を授けない(指揮権を委ねない)で、ふたたび王に兵符の確認をなすことがあるならば、そこにおいで事の進行は危うくなります。

 臣の客に朱亥(しゅがい)というものがおります。その人の力は士と呼ぶにたり、俱に行動すべきです。

 晉鄙がもし命令を聴けば、大いに善ろしいでしょう。しかし聴かないとすれば?それならこれを擊殺しなさい!」

 ここに公子は朱亥に一緒に来てくれることを依頼しました。(ぎょう)についたところ、晉鄙は符を合わせそれが本物であることを知りましたが、なぜそのような命令があったのかを疑い、手を挙げて公子を視て申しました。

(わたし)は十萬の衆を擁して辺境の周辺に屯戌しておりますに、今、単車(たった一台の車)にてこられてその軍に代られる、何があったのでございますか?」

 そこで朱亥は袖から四十斤の鐵椎(てっつい)をだし、晉鄙を椎殺(ついさつ)(ぺしゃんこにする)しました。

 公子はついに兵を掌握し、命令を軍中に下して言いました。

「父子のともに軍中にあるものは、父は帰り、兄弟のともに軍中にあるものは、兄は帰れ!獨子(ひとりご)で兄弟のないものは、帰養せよ!」と。

 そして選兵八萬人を得て、それを率いて進軍しました。

 王齕(おうこつ)は久しく邯鄲を囲みましたが抜くことができず、諸侯の救いが来たり、闘いましたが、戦って利がありませんでした。

 武安君(白起)はこれを聞いてもうしました。

「王は吾が計を聴かれなかった、今は何如(どうなって)いるだろう?」

 王これを聞かれ、怒りをはっして、しいて武安君を起たせました。

 武安君は病が篤いと称し,起つことを(がえん)ぜませんでした。
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