第1章 第3節 「入局しない若手たち」

文字数 17,045文字

 平成17(2005)年7月──。
 真夏の暑さも、空調の効いた病院の中で朝から晩まで過ごす医者にはあまり気にならない。市民病院に来てから、手術、外来や病棟業務、部下の指導、当直と仕事をしていたら、あっという間に3ヶ月が過ぎていた。外科ローテートの1年目研修医らは真夏の訪れとともに新しく入れ替えられた。葦原はそれぞれの指導を医長に割り振ったが、狩野がため息をついて言った。
「2年目がいないのがなあ。1年目に1から教えるのはめんどくさいっすね」
 外科病棟での物品の置き場所、入院にまつわる指示の出し方、手術部でのお作法など、1年目研修医がまず外科で学ぶことのほとんどは教科書を見れば済むような知識ではなく、その場その時に教えられて覚えていく常識の類である。だが、それがなんとなく理解された頃合いで、研修医が次の診療科にローテートしていくとあっては、直接指導に当たる外科医7年目の狩野たちには徒労感が強いだろう。従来、そういうのは研修医よりもすぐ上の年代が担っていた。例えば、先月までは2年目研修医の宮田が1年目研修医にあれこれ教えてくれていたが、今月以降、2年目研修医が外科に回ってくる予定はない。
「じゃあ、いまの1年目が来年、外科に選択ローテートしてくれるように指導しないとな」
 去年は──卒後臨床研修制度開始元年でいろいろと大変だっただろうが──1年目研修医全員が外科を回っていて、2年目の今年、宮田以外に外科を選択してもらえなかったわけだから、外科研修のあり方も改善していかなくてはならない。
「研修医に媚びたくはないっすよ。特に、新しいやつら、マイナー科志望みたいですよ。俺たちが教えてやれることなんかないでしょ」
 伊野が言った「マイナー科」とは業界用語で、眼科や皮膚科などのこと言う。
「回ってきた研修医をみんな外科医にしろって話じゃない。将来彼らが何科の医者になっても、外科医や外科診療のことを理解して協力してくれるように、丁寧に指導してやれと言っているんだ」
 説教がましくなったが、本題はまた別だった。実地2年・大学院4年を終えた、中部班配属後の七刄会外科医には、学外出向中に専門班スキルとしてのPDを仕込んでいく。
「押切副部長からのお達しだ──これからお前たちにはPDが執刀できるようになってもらう。十分に勉強して、いつ執刀を任されてもいいようにしておくこと」
 PD──膵頭十二指腸切除術(PANCREATICODUODENECTOMY)──は外科最難関手術の1つである。人体の消化管は、口からごくんと飲み込んだ食べ物が咽頭(のど)を通ってから、体内を通過する順番に、食道、胃、十二指腸、小腸(空腸・回腸)、大腸(結腸)、直腸それから肛門へと一つの管としてつながっている。また、十二指腸には横から肝臓・胆道や膵臓からの消化液などが流れ込んでくる管がつながっている。そのつなぎ目を中心とした領域に発生した腫瘍を一塊として()りきってしまうのが、このPDである。病巣が躰の深いところにあって操作に制限が多いこと、膵頭部周囲には腹部の重要血管・神経がひしめき合っていること、腫瘍病変を切除した後の残存臓器の再建こそが最大の難関であるということから、腹部手術の中でも最も手術時間が長く、出血量も多く、術後合併症も多い。PDは、胃腸の手術や肝胆膵領域の開腹手術の経験を充分に積んでいること、PDの前立ちができることなどが総合的に評価された上で、執刀許可が出る。
 狩野は素直に「頑張ります」と言い、長野は黙ってうなずき、伊野は面白くなさそうに言った。
「そんなにPDをもったいぶる時代ですかね。田舎の病院に行けば、外科5年目くらいにはやらされるみたいですよ。うちは遅いくらいですよ」
 どの手術を何年目の外科医にやらせるかは確かに大学医局や施設でバラバラだ。医者の少ない地域に行けば早いうちに大量の手術を割り当てられるだろうし、それを目的に武者修行しに行くものもいるだろう。だが、うちは代々、このやり方だ。七刄会外科医としてそこにたどり着くまでに遊ばせているわけではない。大学で診療も研究もするし、学生教育の手伝いも、バイトで田舎の寝当直もする。こういうものは振り返ってみて、初めてその価値がわかることなのだ。
「よそはよそ、うちはうち。七刄会PDはそのへんの九時五時御の字のPDとは違う」
 それで伊野も黙った。七刄会のPDが本邦随一の成績を誇ることはわかっているのだ。
 解散後に、長野がこっそり教えてくれた。
「伊野のやつ、Sキャリアを逃したから、ふてくされてるんですよ」
 伊野と長野は昨年度までの大学院時代、留学帰りの楡井指導教官のS研究班に所属して、出世コースであるSキャリアを巡って切磋琢磨していたはずだ。勝者はここにはおらず、大学教官のポストを得て、いま海外留学中だ。
「お前たちの学年のSキャリアは……栄祝(さいわい)だっけか。そんなにすごかったのか?」
「伊野も十分できるやつですけけど、栄祝は超人(スーパーマン)っすよ」
「出た出た、そのタイプかあ」
 超人。このタイプは寝食を忘れて仕事をし、やることなすことで業績を上げる。祢津がそうだ。サメだ。止まると死ぬとでも言わんばかりに研究や診療をしている。そして教授になっていく。
「しかし、長野、なんだか他人事(ヒトゴト)みたいだなあ。お前さんも頑張れよ。お前たちが今後の七刄会中部班を背負って立つんだからな」
「俺はまあ、Bキャリアくらいでいいっすよ。葦原先生が目標です」
「おいおい、でいい、はないだろ」
「すんません」
 時代が違えば考え方も違うものだろうが、なんだか物足りなく感じられた。自分の頃は、とにかくがむしゃらだった。おかげで、蛇塚・牛尾に対して、PD執刀は葦原が一番乗りだった。七刄会では、大学院研究生活から解放された外科医7〜9年目のこの時期に爆発的に外科スキルが飛躍する。事実、ここで才覚を発揮してPD執刀一番乗りしたものが、大学病院に戻った後に中部班最高執刀責任者(Aキャリア)になるというジンクスがあった──それを破った人間が言うのもなんだが。
 医長らとの解散後、医局フロアの廊下で藤堂副院長に呼び止められた。
「葦原、研修医の様子はどうだ?」
 1年目研修医の反応がさっぱりだが、2年目有望株の宮田は外科志望だ。
「1人、有望なのがいますよ。宮田というやつで外科志望です」
「よし。ただ、もっとたくさんだ。外科は多ければ多いほうがいい。任せたぞ」
 そう言って、藤堂先生は去っていった。


 8月──。
「辞表? 退職願なら出したよ。つい、この間。真田先生に会ってきた」
 市民病院の救急外来でけろりと話したのは、患者搬送についてきた医局同期の香取だった。今年の七刄会年次総会で見なかったから、ようやく話す機会を得たと思ったら、これだ。
「肺炎を診てるのか? 術後なのか?」
 香取は今日、呼吸状態の悪化した肺炎患者を当院の呼吸器内科に転院させに来たという。
「いや、初診の市中肺炎だ。俺のいるような小さい病院だと内科も外科もないんだ。救急患者対応は全部当番制だ。そんで、呼吸管理が必要なら転院だ」
「大変だな」
 香取誠治。七刄会医伯。90年東京第一医科大卒、96年七大院卒。総合班Eキャリア。現在は、市内零細(Gランク)病院に勤務。
「ま、開業したときのトレーニングと思えば、わるくはない」
 そう言ってから、さっきの辞表の話になった。
「医局を辞めるわけだろ。真田先生、どんな感じだったんだ」
「いやあ、緊張したけれど、あっさりとしたものだったよ。あいわかった、ってさ。院卒年次を確認されたくらいか。もともと開業志望(Eキャリア)だから織り込み済みだ。それにしても、大学に勤めているわけでもないのに、医局に退職願を出すってのもおかしな話だよな。それに規定の書式があったのも驚いたし。しかも退

願いじゃないんだよな、これが」
 匿名の辞表を見たときの葦原と同じことを香取も思ったようだ。
「変なこと訊くけど、あれか、その退職願に自分の名前は書いたか?」
「書いたよ、もちろん。変なこと訊くね」
「だよな、うん」
 時系列から言っても、香取がその差出人ではないことは確かだった。頭の中のリストで「(やめない)」でも「(やめる)」でもなく、「△」をつけた。香取は辞めはするのだ。まだ数年後とはいえ、今後は医局人事から離れる。円満退職で医局OBになるから、縁が切れるわけではないのだが、寂しさと、それとは異なる感情を同時に覚えた。
「香取クリニックがオープンしたら、健診やってくれ。いっそのこと、同期みんな集めてさ。同窓会人間ドックみたいな感じでやろうぜ」
 健診の結果というのは、肥満と喫煙、飲酒を除けばだいたい同年齢だと同程度の異常が出るものである。なにかあっても慰め合いやすいはずだ。
「それいいじゃん……そうだな、土曜の午前にみんな集めて、あれこれ健診受けさせて、あとは昼から秋保温泉あたりに貸切バスで出張って、みんなで飲んだくれるってのはどうだ」
「最高だね。ぜひ」
「いいアイディアだよ、葦原。これは案外、クリニックの売りになりそうだ」
 それから、香取と他愛もない話をいくつかしたが、途中から、やけに株だのFXだの、財テクな話を勧めてくるのには葦原も困った。全く興味のない話だった。同期の外科医同士なのに、共通の話が乏しいことに、葦原はなんだか後ろめたい気持ちになった。
「香取、来年は総会来いよ」
 呼吸器内科への患者引き継ぎが済んで、帰る香取に言った。
「総会なあ……開業間近なら宣伝がてらの意味もありそうだけど、今は意味ないんだよね、行っても。お前たちみたいに外科医として自慢できる話はなんにもないんだから」
「同期会で自慢なんか誰もしてないよ。お互いの愚痴をつまみに呑むんだよ」
「愚痴にもピンからキリまであるんだよ──まあ、近くなったら考えるよ。じゃあな」
 香取を見送り、救急外来から総合医局に戻った。宮田がいたが、白衣ではなく私服だった。今日は午後休みを取って、パスポートを取得しに行くのだという。
「スパレジ・オブ・ザ・イヤーってやつか?」
「ええ。旅行以外で海外は初めてで、バタバタです」
 宮田は、例の白神セミナーのスパレジコンテスト最優秀賞副賞として、海外短期留学に派遣される。
「今後は増えるぞ、そういうのも」
 入局して功徳を積めば、Sキャリアのように研究留学もできるし、Aキャリアでも臨床留学をさせてもらえる。葦原は留学経験こそないが、海外の学会には何度か行かせてもらえた。
「変なもの食わないように。あとは、夜遅くに出歩かないように」
 我ながら月並みなアドバイスで、言ってみて恥ずかしくなった。それで、葦原は思い出した。牛尾の海外留学もそろそろのはずだ。腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術を学びに行く。
 俺は功徳を詰めなかったか──胸の奥に痛みが走った。


 9月──。
 青葉(せいよう)グランドホテルで納涼祭が行われた。診療科や職種の垣根を超えて親睦を図る市民病院の一大イベントで、夏休み時期を過ぎて参加者の多いこの時期が定例だ。
 ステージでは有志による出し物が披露されていた。葦原も実地修練医だったころにやったものだが、市民病院には伝統芸能があって、研修医一同がその年の流行の音楽に合わせて踊り、男はその途中で裸になるのだ。外科をローテートしていた檜山たちのあられもない勇姿を見ながら、外科病棟割り当てのテーブルで葦原は長野と話していた。
「ブラックタートルズ、ダメでしたね」
 今年発足したご当地プロ野球チーム「七州エニッチブラックタートルズ」は早々に今年のペナントレースで最下位が確定していた。最近ではもっぱら、シーズン100敗という不名誉な記録を達成するかどうかという野次馬的な話題でしか注目を浴びていないようだ。
「まあ、急ごしらえの寄せ集めだからなあ。今後に期待しよう」
「ええ。せっかく、七州地方に初めてプロ野球チームができたんですしね」
「いや、俺の小さいころには仙台にもプロ野球チームがあったんだよ」
「えー、そうなんすか?」
「ああ。今みたいに七州地方に待望のプロ野球チーム誕生って騒いで、確か日本一にまでなったのに、優勝パレードは銀座でやったんだよ。そんで、気づけば七州から居なくなっていてさ。あれは子供心に傷ついたなあ」
 葦原が、一通り野球の知識があってもそのファンであると自認していないのは、その傷心の記憶のためであった。
「だから今のチームにもまず定着してほしいもんだよ」
 七州地方に生まれ育った人間からすれば、この地域が疎開地のように扱われるのは悲しい。
「そういや、あそこの球団社長の手術、葦原先生がやったんですよね。大変だったとか」
 大学を出る前だから2月頃だったか、球団社長がひどい胆嚢炎になって大学病院に担ぎ込まれた。胆嚢に穴が開いて、それが近くの結腸に穿通した状態だったのだ。
「真田先生が執刀だったから簡単に終わったよ」
「えっ、医局長って執刀するんですか?」
「当たり前だろ。真田先生は、医局長である前に外科医だぞ」
 真田先生は外科医であることよりも外科医局長であることを取った人だが、外科だけやっていればAキャリアは間違いないほどの名手だ。
「いや、医局長、手術に入りますけど、全部、人にやらせるじゃないですか。執刀しているの、俺は見たことないかもしれません」
 大学病院での外科的急性腹症(サージカルアブドメン)(消化管に穴が空いたり捻じれたりなにかが詰まったりで緊急手術が必要な状態)は総合班で切る。医局長は専門班から独立して、総合班最高執刀責任者としてそれを指揮・指導する。そういった症例は、病状はシビアだが病態はシンプルなので、真田先生は大学院生や医員に執刀させてしまう。
「その時は、夜遅かったから、その辺にいるメンバーでやっちゃおうって。宍戸もいたな。で、真田先生が久しぶりだからって、執刀したんだと思う。さすがの腕前でしたよ」
 宍戸も葦原も学外転落決定後だった。思えば、あれは真田先生からの餞のようなものだったのかも知れない。巧い人の手術を見ることは外科医にとっての目標と財産になる。
「社長さんはラッキーでしたね。真田先生執刀、葦原先生前立ちなんて七刄会最強タッグじゃないですか」
「こら。具合悪くなって手術になったんだからラッキーじゃないだろ」
「へへっ。でも、どうせ手術を受けるなら最高じゃないですか。球団の恩人ですよね」
「ま、無事に治ったからそう言っていいか。このことを自慢できるくらいにブラックタートルズが活躍してくれることを願いたいが、まあ、しばらくかかりそうだな。他のチームのいい選手が来るってこともなかなかないだろうから、若いのをじっくり育てていくしかないよ」
 七刄会は古参の強豪医局ではあるが、若手医師をじっくり育てているのだ──と思ったところで、スーパー研修医(ルーキー)の宮田が来た。葦原が酒を注いでもらっていると、宮田の外科選択ローテート中の指導担当だった長野がからかうように言った。
「こいつ、アメリカから戻ってきてから妙にかぶれてるんすよねえ」
 宮田は照れたような顔をした。
「そんなことないっすよ──でもま、いろいろと刺激になりました」
「ほう。どうだった?」
「聞いてくださいよ、アメリカでは……」
 宮田はそう言って、スパレジ短期留学で経験したアメリカ医療について解説しはじめた。途中から解説を超えて礼賛しはじめたので、葦原は内心苦笑していた。宮田は若いから仕方ないが、昔から医療業界にはこの手の「アメリカでは」とアメリカの医療を引き合いにして、相対的に日本のそれを批判する人間は一定数いた。だが、葦原が知る限り、アメリカの機能的に見える医療は、宗教的死生観と残酷な保険制度がそうさせているだけで、患者側は誰も満足していないだろう。アメリカン・ドリームならぬアメリカン・ナイトメアこそがアメリカの医療だ。よく言われる話だが、アメリカでは虫垂炎(アッペ)の手術だけで数百万円かかり、入院費も高すぎて術後すぐに退院せざるを得ない。一事が万事この調子なので、アメリカでは医療がらみで破産する人間は珍しくない。そういう実情を知らんふりして、アメリカの医療をもてはやすのは詐欺だ。もっと言えば、アメリカには医学医療で最先端な分野・領域もあるというだけで、医療の平均レベルで言えば日本のほうが上だ。まして葦原が専門とする肝胆膵外科領域で言えば、日本がナンバーワンであるというコンセンサスすらある。外科でアメリカに一歩譲ることがあるとすれば、臓器移植の活発さくらいだが、これも文化と法律の問題であり、医療技術が劣っているのではない。実際に外科移植がやれている範囲では、日本の成績がアメリカにもとることはないのだ。日本の外科をなめるなよ──。
「宮田のやつ、帰国後は、東京の聖マカ病院の見学に行ってたんですよ」
 長野がそう言うと、宮田は今度はバツの悪そうな顔をした。
「えっ、なんで?」
 聖マカ国際病院は東京の一等地にある超ブランド病院で、七州圏外で医療をやったことのない葦原でも知っている。アメリカ帰りの医者などを集めていて、研修病院としても有名なはずだ。ただ、宮田は七大外科医局に入局するのだから、それを見学する必要は全くない──宮田は長野に酒を注ぎながら弁明した。
「アメリカに引率してくださった時枝先生がそこにお勤めだったので、見学に誘われただけですよ。でも、聖馬可(マルコ)国際病院、すごかったですよ。病院もでかいし、中もきれいだし、全部屋個室だし」
 今度は聖マカ国際病院を礼賛しはじめたので、葦原は辟易させられた。聖マカ国際病院が一流なのは本当だろうが、金持ちしか入院できないという噂を聞いたことがある。都会ならではの病院としか言いようがなく、葦原らのように地方で実直に医療を担っている人間が参考にすることはなにもない。
「しかも、医学部新設を目指すそうです」
「はあ? なにを言ってるんだ。有名とはいえ、単なる民間病院だろ。都市部で臨床しかやっていないくせに、増長しすぎじゃないか」
 葦原は苛立った。一民間病院風情が、医学部新設とはたわごとを超えている。都市部であることにあぐらをかいて調子に乗りすぎだ。第一、医学部附属病院ではなくて、病院付属医学部なんて本末転倒も甚だしい。
「民間病院だからこその発想ですよ。良質な臨床医の養成はもはや、現状の大学医学部には難しいんだとか。4年大を終えたものを対象に、新たに医療教育に特化した臨床カリキュラムで育成するっていう、いわゆるメディカルスクール構想ですよ。それに、そもそもアメリカでは有名な大学はほとんど私立、つまり民間ですよ」
「その分、アメリカじゃ、とんでもない借金を背負って医者生活をスタートするんだろ。健全とは言えないな」
「日本の私立医大もそうでしょう。親が金を出して、入学し、卒業してるだけで」
「じゃ、なにか。私大に入れる金持ちの子供しか医者になれなくていいわけか」
「そうは言ってませんよ。アメリカでも奨学金を取得して大学を出るわけですから、日本でもそういった制度を充実させればいいと思うんですが」
「奨学金制度の充実は望ましい話だとは思うが、医師過剰の都市部に医学部を作らせてやるためにするような話じゃないな。どうしても医学部を新設したいなら、地方に作ればいいんだ。七州6県、どこもかしこも医師不足なんだから」
 宮田は黙った。医師不足の打開策として医学部新設が有効という議論は昔から根強いが、それに反対するのは、くさるほど医者がいて、医師不足を実感せずに済む都市部の医者なのだ。そんな都市部に新しく医学部を作ったところでなんの意味もない。百歩譲って、アメリカ帰りの有志による医学部新設を、と考えるのであれば、田舎に作ってみればよい。都市部の有名病院ということで集まってきた医者は最初から行かないか、途中でいなくなるはずだ。元指導担当者として長野にもなにか言ってほしいところだったが、病棟スタッフと仲良く話し込んでいるだけだった。
「まあ、聖マカの話もいいが、宮田──」
「葦原先生、聖マルコ国際病院ですよ」
「どうでもいいよ。それより、大学院入試の準備はしておけよ」
「えっ、あれって落ちるんですか」
 正直な話、七大卒でスパレジでもある宮田が落ちるわけがないが、海外に短期留学してから、どうにも人が変わったようなのが気になった。
「難しいからと言っているんじゃない。心構えの問題だ」
 大学院の入学試験というのは一定水準の知性を備えた人間にとっては単なる形式に過ぎない。大学院入試要項には、「事前に入学希望の講座の教授に許可を得ておくこと」と明記されている。勝手に大学院入学願書を出して、勝手に筆記試験を解いて、合格点数に達していたら大学院合格・入学そして入局ということにはならないのだ。今年から、入局にあたっては仲介する医局員が医局に連絡すればこと足りるようにはなったものの、一昔前はスーツを着て、医局に直接ご挨拶に伺ったものだ。臨床医学講座の大学院入学というのは、入門、入道、いや、出家に近い。それ相応の心構えが必要なのだ。
「……葦原先生、僕はまだ入局は決めてません。後期研修を検討中なんです」
「はあ? 後期研修ってなんだよ。どこでやるんだよ。もしかして、その聖マカにでも行くつもりか?」
 この辺では七刄会に入局する以外に外科の専門修練をすることはできない。後期研修とやらをやるなら関東に流れることになる。
「はい、誘われてます。前向きに考えてます」
 宮田は意を決したような顔で言った。その顔にまた苛立ったが、平静を装って言った。
「そうか。宮田、入局の意思を固めたら言ってくれ。力になるよ」
「はい、そのときにはお願いします。失礼します」
 別に宮田に入局を無理強いしているわけではない。そもそも、こちらから頭を下げて七刄会に入ってもらうつもりはない。ただ、七大を蹴ってまで行く価値があるのかどうか、同じ七大卒の医者として、そして七大外科医局員の一人として、単純に疑問なだけだ。
 納涼祭はお開きになり、外科の面々で二次会に移ったが、そこに宮田は来なかった。


 10月、ダイニングバー『ワン・アイド・ドラゴン』──。
 新しく外科にローテートしてきた1年目研修医3名が内科、皮膚科、眼科志望で、誰一人外科志望がいないのに落胆した日の夜、葦原は医学部同期で、七大医学部心臓外科学講座講師・同教室医局長の市島と飲んでいた。
「大学はどうなんだ、研修医の相手も大変だろう」
「こねえよ。精神科とか眼科志望のやつが、ローテートでうちを選択するはずないだろ」
 葦原は苦笑しながらも納得した。七大病院でも初期研修自体は可能だが、メジャー系診療科志望者は学外病院で研修するので、いま七大病院にいるのは従来の流れで大学に来たマイナー科志望者だけだ。それらが、外科と循環器科をかけ合わせた大変さの心臓外科を必修でもないのにローテートするはずがなかった。
「入局者は?」
「それも変わらんなあ、うちはいつもポツポツだ。入らないときもあれば、3人くらいまとまって入るときもある」
「なるほどね」
「うちのことより、お前だよ。4月から大学にいないからさ。なにをやらかしたんだと聞こうと思ってさ」
「心臓外科に胸の内を探られると辛いが、単に俺より上がいたってだけさ」
「ふうん。お前はうちの科でも評判よかったからよ。けっこう残念がってるぜ、みんな。残ったのは牛尾ってやつだっけ?」
「いいやつだよ」
「どうも印象になくてなあ。巧いのか? お前より巧いやつなんていないって祢津が言ってたけどな」
「ほほう。あいつもいいやつだな。心配御無用、うちの医局員はみな折り紙付きだ」
「医局の出世コースから外れたんだろ。学外転落って謂うんだっけ? よく腐ってないな」
 他科の医学部同期というのは出世どうこうの利害がからまない分、得がたい友人ではあるのだが、その分、遠慮もない。
「それがよ。腐るとかさ、恨むとか以前に、現実感がないんだよなあ」
 今となっては恥ずかしい話だが、葦原は漠然と自分がAキャリアになれると思っていたので、学外転落した今、そのことを腐るとか恨むとかいう前に、まず、まだ、信じられなかった。半年も経って自分でもどうかと思うが、なぜ学外転落したのか納得できないままだった。
「今後は? 医局に残るのか?」
「今後もなにも、60歳医局定年まで行き先は決まっている」
 市島は音の鳴らない口笛を吹いた。
「七刄会さんは相変わらず、徹底した医局人事だな。もっとぼかすもんだろう。誰が今後どうなるみたいなのが見えてしまったら、誰も言うことを聞かなくなりそうなもんだ」
「逆だよ。どうなるかってわかってるから安心して働けるんだ。そりゃ若いうちは自分だけは人より抜きん出たいって考えるものだろうけど、長年医者をやってりゃ、色々と背負うものもある。親もいれば子どももいる。家を建てるし、塾にも通う」
 他の同期(やつ)らの受け売りを口にしたが、実際、歴代の総裁教授と医局長のおかげで、七刄会医局員は医局人事に従うことで当地で働く外科医としての利益が最大化されるように配慮されている。今も昔も、どこの病院でも、待遇の面はもちろんのこと、七刄会外科というだけで一目置かれ、徒や疎かにされることはない。だからこそ、脇目もふらずに一所懸命、目前の外科診療に明け暮れることができるのだ。外科はチーム医療である。チームの一員が自分だけの利益を追求するようになっては、術前・術中・術後・予後に渡る外科診療は立ち行かない。
「いいなあ。うちは、市内に家を建てたら市外に飛ばされるってジンクスがあってなあ」
「ジンクスって、医局長のお前がそうするんだろ」
 医者の業界で、家を建てて単身赴任というのは珍しい話ではない。たいていは大学医学部のある都市部に居を構え、子どもは医学部を目指せるような進学校やら進学塾に通わせつつ、自分は田舎で働くわけだ。数年の我慢だとお互いにわかっている。
「人事の最終決定権は教授さまですよ。でもまあ、家を建ててしまったら逃げようがないから、多少アレな勤務地でも働いてくれるよって、前任医局長から教わったもんでな。有効ではあるが、恨まれるよなあ。全く、医局というのは恩讐の組織だよ」
「恩讐ときたか。相変わらず、口も巧いな。でも、うちの人事は教授や医局長はいじらないよ。代表者の合議で決まる」
 葦原がそう言うと、市島は苦笑した。
「医局によくよく飼いならされてるな、葦原。誰が決めたって、納得できないものはできないだろう。俺だって、一応は出世コースにいるから我慢もできるが、じゃなけりゃやってられんぞ」
「そんなお前が来年から外に出ろって言われたら、どうだ? 腐るか? 恨むか?」
 市島は少し考えた後、頭を振って答えた。
「いや、想像つかないな。手術も研究もそれ以外も、医局で俺が一番だ」
 市島がそう豪語するのもうなずける話だった──今年、七大病院初の心臓移植を取り仕切った市島に医局の中ではもうライバルはいないだろう。口だけじゃなく、腕も立つ。それを鼻にかけて悪目立ちするでもない限り、大学から追い出されることはないだろう。
「だから、俺も恨むとか腐るとかの前に、実感がわかないんだ」
「教授の愛人に手を出したとかは? お前んところに超美人の女医さんがいるだろ」
 楡井のことだろう──葦原は楡井と手術指導を通じて大学病院の中で一緒にいる時間も多かったので、よくこうしてからかわれたものだが、楡井とはそれ以上でもそれ以下でもないし、そもそも総裁の愛人でもない。手を振って否定した。
「本当かよ。じゃあ、飲み会くらいはセッティングしてくれよ」
「菱田さんも呼んでいいならな」
 市島は、勘弁、と手を振って否定した。菱田は旧姓だが、葦原らの医学部同期生で、皮膚科医になり、市島と結婚し、いまは専業主婦だ。葦原は話をもとに戻した。
「俺は今まで、手術チームのトップになって、その後は大きめの関連病院の幹部として渡り歩くのが目指すべき目標だろうって思っていただけだからな。今後どうするかなんてまだ考えられないな」
「四十にして惑うか、葦原?」
「いろいろとわかんなくなったな。そりゃ、医者の願いとしては、引退の日までつつがなくやれればってのはもちろんだけどさ──医者のキャリアってどこがゴールなんだろうな。やっぱり教授になるってことか? そんで、退官後に大病院の病院長に天下るってところか?」
「いや、教授はゴールじゃない。スタートだ。医学界のプレイヤーとしてのな」
「スタート?」
「一言で教授と言ったって、千差万別、ピンキリだ。他大学にまでその名を轟かせる教授もいれば、自大学ですら名前の思い浮かばない教授もいる。だから、いい大学の医学部に入って、いい大学の医局に入って、なるべく若いうちに教授になる。そこから、教授って職名の前にいくつ肩書を増やしていけるかが勝負だ。学内では大学病院長とか医学部長を、学外ではデカい学会の理事長を目指す。キングメーカーとして、医局の子分を他大学の教授にして医学界の派閥を拡張しながらな。そして退官後は、全国的学術組織のトップに就任する。その辺の病院長に天下りなんてのは余録でしかない」
「教授にならないとプレイヤーにさえなれないってか。途方もない話だ」
 教授になるということがどういうことかそれなりにわかってはいるつもりだが、改めて言われると、つくづく特別なものなのだと思わされる。
「なにを他人事(ヒトゴト)のように。医者が偉くなるってのはどういうことかってのを俺たちにまざまざと見せつけてきたのが七刄会(おまえら)だろ。教授が三代続けて医学部から本学総長になり、それぞれが退官後も日本医学医療界の頂点、学術会議やら学士院やらのトップを務めたんだ。まさに、医者の極位極官(きょくいきょっかん)じゃないか」
 極位極官という言葉に、葦原もしびれるものを感じた。
「今の教授さんも大学病院長になって着々だろ──医学部長、本学総長だって射程距離内だ」
「なあ。我らが教授ながら、まるで他人事ですよ」
 葦原のような下っ端にはまるで別の世界の話のようだが、確かに自分のところの所属長の話だ。七刄会はまごうことなき名門医局なのである。
「俺は、お前のところの教授もすごいと思うよ。うちの血管班と合同でオペやったときに見学させてもらったけれど、巧かったもんな」
「そりゃね。ただ、欲がなくてな」
「なにをおっしゃいます、市島先生。それは、美徳ではありませんか」
「偉い人に欲がないと、下にポストが増えない」
 教育・診療・研究を担う部局の長である医学部教授が「よい先生」という立場にとどまらずに、己の権勢を強めていかざるを得ないのは、部下のポストを増やす必要があるからである。教授は配下の医者の数だけやれること、つまり、診られる患者もやれる研究も増やせるし、学内での存在感や発言力も増す。それが学外関連病院への影響力にもつながっていく。裏を返せば、部下のポスト不足は教授の権限不足とイコールなのだ。ただ、国立大学医学部講座の正規職員である教官ポスト数というのは他学部と同等で、1講座あたり、教授1、助教授1、講師ないし助手が2、3名くらいだ。基礎医学講座のように大学院研究と学部教育が主たる業務であっても不十分なのに、臨床医学講座は教育・研究に加えて病院診療も行うし、そっちで圧倒的にマンパワーを食う。講座ポストだけでは全く足りない。また、正規職員というだけのいわゆる「万年助手」と揶揄される身分をあてがっているだけでは、それなりの業績・年齢の部下の離心・離散は避けられない。
「そこ行くと、七刄会さんはすごいよ。本学のあちこちに正規ポストがたくさんだ」
 医局員ポストの質的・量的不足の受け皿に大学病院教職員としてのそれがある。「診療」とか「院内」という枕詞をつけられた助教授・講師・助手のポストだ。だが、それでもまだ足りないので、教授自らが偉くなって、医学部や大学病院の関連部署、あるいは附置研究所やセンターの関連部局の設置を働きかけるなどしてポストを増やす必要がある。その部署で医局員に肩書と給与をもらわせて、そこの仕事と、それより比重の大きい自科の患者診療をも担わせるのである。市島の言う通り、七刄会は七大内部に多数の教職員ポストをもっている。それでもなお、外科には「診療医員」という非常勤身分で大学病院で働く職員が20名近くいる。月の給与は20万円に届かない。これらの医者を大学に留めておくために、関連病院でバイトをさせて食いつながせているのが実情だ。この20万円弱のお給金ですら、つい最近まで完全無給だったから、今の若手は恵まれていると上司には皮肉を言われたものだ。
「血管センターができたおかげでうちの教授の肩書が増えたし、診療講師1と診療助手1、計2つも正職員ポストが増えた。あれで若いのが大学に残せている。七刄会さまさまだ」
 七州大学病院血管医療研究センター(血管センター)は心臓外科、外科血管班、放射線科IVR部門そして循環器内科が診療科の垣根を超えた診療・研究を行うために作られた部署だ。同センター長は心臓外科学講座教授が兼務しているが、その設立自体は外神総裁が尽力された。こういった事例は枚挙にいとまがない。それこそが、21世紀になってもなお、七刄会総裁が七大臨床医学系教室の盟主たるゆえんだ。
「そんなことを考えたら、俺みたいに単に大学病院の常勤ポスト一つ逃したなんて、ほんと、しょうもない話だよな。もとから俺ら外科の同期の出世頭は祢津で、あとはドングリだ」
 市島もうなずいた。
「あいつは偉くなるんだろうな」
 祢津は医学部時代から優等生だった。医学生勉強会やボランティアサークルを立ち上げたり、授業とは関係なく研究室に出入りしたりしていた。偉くなる人間というのは、こういうやつだ。
他人事(ヒトゴト)みたいに言いやがって。お前も順調に偉くなってるだろ」
 葦原に言わせれば、そういう優等生じみた逸話もなく出世している市島の方こそすごいのではとも思う。
「教授にならなきゃ意味がない。助手、講師、助教授なんか出世競争の参加賞、努力賞、残念賞だ」
 市島はシニカルにかまえてそう言うが、おそらくは心臓外科の次期教授の最有力候補に違いない。葦原の医学部同期からはまだ教授は出ていないが、第一号になるかもしれないのが祢津あるいはこの市島だ。同期が出世街道驀進中というのは嬉しいことではあるが、自分がもう大学でそういう話題の近くにいられないのがなんとも寂しかった。
「医者が偉くなるってのは必要なのかね」
 葦原がいまも大学病院での手術を続けたいと思うのであれば、それは偉くなることと同義だとわかっていながら、少しひがみっぽく言ってみた。
「そりゃそうだろ。医者は偉くなってなんぼだ。下っ端でいいことなんかなんにもない。50歳すぎても当直させられて、夜中に酔っ払いの切創(キリキズ)の縫合をさせられたいのか?」
「それは勘弁してほしいけどさ。なんかピンと来ないんだよな、医者が偉くなるってのがさ。だって、医者はヘタに偉くならないほうが医者らしいじゃないか。患者は近いし、給料は高いだろ」
 医者は全く不思議な稼業で、名誉や勉強になる環境から遠ざかるほどにラクに稼げる。葦原も市民病院に出てから、大学よりも忙しさは減って給与は増えた。ワーク・ライフ・バランスという言葉を最近耳にするようになったが、ラクなほうが稼げてしまう医者という職種にはそぐわない言葉だなと思っていた。
「金が目当てなら医者は美容系でもやればいいのに、ほとんどそうしないだろ。医者は、先生と呼ばれたその日から、金を度外視してでも名誉がほしいんだよ」
「名誉ねえ」
「俺らの年頃からはっきりとキャリアが分岐していくぞ。自分がどうなるというより、自分と同じくらい、あるいは自分よりも下だと思っていた人間が偉くなったりするとな、人間はもう、どうしようもなく我慢ができないんだよ」
「そんなもんかね」
「俺の親父がそうなんだよ」
「市島の親父さんって……いやいや、十分に偉くなったじゃないか」
 市島の父親は、心臓外科のトップ病院の一つ、東京のよつば記念病院の心臓外科部長だった。専門外の葦原でさえそれは知っている。
「現役の頃は偉そうにしてたさ。自分でも手術一本で成り上がったなんて豪語してたよ。私大の教授にヘッドハンティングされたのを蹴ったとか、同期が地方国立大学の教授になったときも、俺より手術がヘタだったから学校の先生になったんだ、とかさ」
「痛快な話じゃないか」
 外科医たるものそうでなくてはと葦原は思ったが、市島は首を横に振った。
「それがだ、自分は定年で現場を退いた一方で、その同期が教授退官後に瑞宝なんとかって勲章をもらって、その受章記念祝賀会に招待されてからというもの、まあ、ひがみっぽくなっちまってさ」
 国立大学教授など公的機関のお偉いさんを長く勤めると、ときに国からの勲章だの褒章だのをもらったりすることがある。なにかと面倒が多い公的アカデミア業界での数少ない役得だろう。
「親父にはそういうのはなかったもんだから、いまもグチグチ言ってやがる。有名病院の部長様ってもてはやされるのは現役の間だけさ。引退してしまえば、その昔に手術が巧かっただけの外科医としか扱われないんだ。外科医は現役を退けば必ず追い越される。そうなったときに手術の巧拙とは違う土俵に立っていなきゃいけない。親父はそれができなかった。偉くなるってのは老後の福祉なんだ」
「老後の福祉と来たか」
 老後と聞いて失礼ながら尾関先生、藤堂先生、それから平田先生の顔が次々に思い浮かんだ。そして、そうと聞いても、そこと同年代くらいの我らが総裁教授のことは確かに思い浮かばなかった。
「毎日毎晩、人の生老病死を見つづけている医者にとって、教授になるってのは、不老不死願望の現れなのかもしれない」
「なんだそれ」
 笑ってしまった。本当に口も巧いやつだ。
 葦原は今まで外科は手術が巧ければよいと思っていたが、こうして話してみると、自分は果たして手術巧者として七刄会Aキャリアの道を歩んでいれば満足だったのだろうかと、疑問が芽生えた。藤堂先生らのように大病院を渡り歩き、その後にたとえば、どこか相応の規模の病院長になっている──それが夢見たキャリアだったのだろうか。それすら逃した葦原としては、今後の目標がなにかわからなくなっていた。


 11月──。
 藤堂先生の副院長室で、葦原は平身低頭して謝っていた。
「お前はいったいなにをやっていたんだ!」
「もうしわけありません」
 先日、七州大学大学院医学系研究科の入学願書提出締切日を過ぎたが、市民病院の研修医は誰も七大外科に入局しなかった。そのせいで、葦原はこれまで味わったことのない雷神藤堂のカミナリをずっと浴びていた。
「ここからの入局者がゼロとはな。前代未聞の大失態だ」
「もうしわけありません」
 空気すら感電するほどの怒気も、やがて収まり、藤堂先生は諭すように話し始めた。
「どれだけ優秀な外科医だろうが、一人の医者が担えることは限りがある。患者がどこにいても必要な手術が受けられるように、医局が各地の病院に医者を配置するためには、多くの医者が必要だ。入局者が減れば、大学から関連病院に人が出せなくなる。ここのような都市部はまだしも、困る地域が出てくる。医局人事で大病院にいるものにはそれ相応の責務がある──そんなことをいちいち言わなければわからないのか、葦原?」
「いえ、わかっているつもりです」
 七刄会は宮城県下、規模の小さい学外病院にも外科医局員を派遣している。そういう病院は研修医を集めて育てる以前に、日々の診療を滞りなくすることで精一杯だ。各病院が必要な人員を自前で集めろと言われたら、田舎の病院などすぐに破綻してしまう。だからこそ、医者を集めて育てて、再分配する医局が大事なのだ。その医局の中の役割分担として、大きい病院で働く医者は若い医者を惹きつけて、大学に渡すという義務がある──頭ではわかっている。だが、結果が伴わなかったら、わかっていないのと同じだ。
「葦原、入局者を確保しろ。それがお前の仕事だ。わかったか」
「はい。まだ、二次募集もありますし、1人くらいはなんとか確保できるようにがんばります。ほんとうにもうしわけありませんでした」
 そう言い逃れて葦原は副院長室から退散してきたものの、勝算はなかった。すでに今年の2年目研修医12名の進路・志望科は決まっていた。眼科、皮膚科、病理科、整形外科、麻酔科、精神科、循環器内科、消化器内科、小児科、小児科、外科(宮田)、外科系だ。外科系の進路を検討中のもう1人はまだ専門は未定だが、宮田のように関東で後期研修するというし、そもそも、2年目選択ローテートで外科に来ていない以上、勧誘のしようがなかった。
 外科は冬の時代なのだと、葦原は思い知った。
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©INOMATA FICTION 2019-2020
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登場人物紹介

葦原建命(あしはら・たてる)

 七刄会医伯正

 七州大学病院外科診療助手(中部班)

久斯創(くし・つくる)

 せんだい市民病院「アラサー」初期研修医

 論文モンスター

 

真田善次(さなだ・ぜんじ)

 七刄会医伯総監

 七州大学病院外科特命教授

 七州大学医学部外科学講座医局長

藤堂壮平(とうどう・そうへい)

 七刄会医伯監

 元七州大学病院外科診療助教授・中部班最高執刀責任者

 せんだい市民病院副院長

 「雷神藤堂」「七刄会ラパ胆のパイオニア」

大和達郎(やまと・たつろう)

 七刄会医伯監

 元七州大学病院外科診療助教授・中部班最高執刀責任者

 せんだい市民病院外科部長

 「肝臓手術の名手」

押切慶二(おしきり・けいじ)

 七刄会医伯監

 元七州大学病院外科診療助教授・中部班最高執刀責任者

 せんだい市民病院外科副部長

 「七刄会PD最速」

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