ブサメンの彼(三)

文字数 1,749文字

 しばらくして、私は久しぶりに春菜に会った。
「鈴ちゃん、彼ができたんだって?」
「うん、まあ、やっとね」
「どんな人?」
「春ちゃんのお父さんみたいにすご~くかっこいい人!」
「…………」
「な~んてね、ホントはその逆よ」
「鈴ちゃん、私たち、被害者同盟だよね。加害者に、お父さんも加えていいかな?」
「え?」
「私ね、お父さんにも似てないって言われるの。普通、女の子はお父さんに似るって言うでしょ? どっちに似てもきれいなはずなのにねって言われるんだ……」
「そっか……」
「鈴ちゃんの彼に会ってみたいな!」
「いいわよ。でも、お父さんとあまりに違うタイプだからびっくりするだろうな」
「…………」
「あ、ごめん。でも私も初めて見た時はええっ? て思ったから、そこは伝えておかないとね」
 
 
 次の休みの日、近所のファミレスで、春菜と私、そして純平の三人で会った。
「姪の春菜です。こちら、北沢純平さんよ」
 ふたりは挨拶を交わし、席に着いた。和やかに話が弾み、楽しい時間が過ぎた。
 
 
 翌日、早速春菜に会って、感想を聞いた。初めて純平を紹介した人の抱く印象はとても気になる。大人は空気を読んで真実を言わないだろうが、春菜は率直な感想を言うだろう。
「私、あの人好きだよ」
 それが第一声だった。そういうことじゃなくて……と思っていると、
「見た目は残念だけどね」
 そうそう、その感想が聞きたかったのだ。
「若い子だったら、あのルックスはマジ、ありえないけど、鈴ちゃんの歳だったらギリ、セーフなんじゃないかな。見方によっては愛嬌あるし。
 それにもし、あの中身でイケメンだったら、競争率相当高いよ。とっくに結婚もしてるだろうし。そういう意味では掘り出し物じゃない?」
 そこまで言うか……と思ったが、人の本心というものはもっと強烈なものかもしれない。
「ああ、そうだ、あの日、鈴ちゃんが席を外した時があったでしょ?」
 そうだ、携帯が鳴って、店の外でしばらく話していた。
「その時ね、私、スマホでお母さんの写真を見せたの」
 いたずらっぽく春菜は言ったが、それを聞いて私は全身が固まった。な、なんてことを!!
 怒りに震えた私は、いくら春菜でも許せない! と激しい怒りがこみ上げてくる。
「そしたら、純ちゃん、なんて言ったと思う?」
 私の怒りがこの子にはわからないのだろうか!? 必死にその怒りをこらえている私に、春菜はなんと純平との会話を再現し始めた。
 
「春ちゃんに似てるね」
「うそだー」
「え、ホントだよ。でも当たり前か、親子なんだから」
「そんなこと言われたこと一度もないよ」
「そう? 僕は似てると思うけどね。あと、鈴さんの面影もあるな」
「え、鈴ちゃんにも似てると思うの?」
「うん、でも姉妹なんだから当然だね」
「ねえ? 母って美人でしょ?」
「そうだね」
「実物見たら、もっと驚くよ」
「そうかな。でも僕には鈴さんがとてもきれいに見えるよ。あ、これ内緒だよ、恥ずかしいから」
 
 私の体から怒りという感情とともに、力も抜けていった。私がこれまで結婚に踏み切れなかった理由に、大きく姉が関わっていたことに気づかされたからだ。あの日、純平に正式に交際を申し込まれ、うれしい反面、何かひっかかるものの正体はこれだったのだ。
 
 いずれ、姉に紹介することになる。 
→ 驚きの表情で、姉に見惚れる
→ 当然、私はかすむ
→ 結婚後も、お姉さんきれいだね、の言葉を延々と聞き続ける……
 
 そんな図式が、私の心の奥底にしっかりと出来上がっていたのだ。これまで交際してきた男性に、家族を会わせるという段階になると、自然と終わりを迎えてきた。それは、これらの図式を怖れる、私の中の自己防衛本能が働いたからに違いない。
 春菜の言葉を頼りに、ほどなく私は、思い切って純平を姉に紹介した。どんなに不安でも、避けては通れない。この儀式を乗り越えなければ先に進めないのだ。
 するとなんと! 純平は、本当に姉に特別な関心を示さなかった。姉を普通に扱い、自然な会話をする男を私は初めて見た。これは奇跡としか思えない!
 私にも結婚する時がやってきた、そう確信した瞬間だった。

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