第4話 お見合い

文字数 1,840文字

 日曜日がきた。
 空は晴天、一月の空っ風が頬に痛いほどの寒い日だった。
 父親にメールで指定された高級ホテルへとバスと電車を乗り継いで向かう。
 
 ついたホテルは、俺が今まで入ったホテルのどのホテルよりも立派だった。
 ロビーにシャンデリアが吊るしてある。フロント係のスタッフも、そのチーフらしき人も、とても丁寧な物腰だ。
 俺はフロントで、お見合い場所である和風料理レストランが何階のどこにあるのか聞いた。
 そうしたら、手の空いているスタッフさんがレストランまで案内してくれた。
 どこまでもサービスが行き届いている。
 
 和風料理レストランに入って名前を言うと、「承っております」と、ウェイトレスさんに先導されて個室に通された。座敷部屋で、隣にはホテル内だというのに、窓から庭園が覗き、低木や花が茂っていた。

 部屋に入ったとたんに目を惹いたのが、白い小花を散らした赤い着物。
 それを着ている可愛い女性。ドキリとするほど白い肌に、赤い唇、黒い目に細面な顔。
 黒髪は結って髪飾りがしてあった。
 あのお見合い写真の女性だ。

「あ……初めまして、俺、南海和沙です」

 部屋にはいるなり、一応礼をして、靴を脱いだ。
 そして、父親に促されて席に着くと、その女性の前に座った。

「高瀬友理奈です」

 女性は高くてかわいい声音で俺に自己紹介する。
 可愛い娘だけれど、今は本当に結婚を前提にしたお付き合いなんて俺には重い。
 しかも今まで会ったことも無い女性となんて。
 ここはうまく切り抜けて、縁談は断らなければ。

「高瀬さんは何か趣味がありますか?」
 
 俺の母親が友理奈さんに聞く。
 間を持たせるのがうまい。
 友理奈さんは前を向いてはにかみながら答えた。

「私、映画が好きで、特に最近話題になっている『宇宙戦争』シリーズが大好きなんです」

 ――『宇宙戦争』

 それは、今日の夜に孝弘と一緒に観に行く予定の映画だ。
 はっとする。
 いままで場の雰囲気にのまれていたけれど、孝弘の心情を思って俺は口元をきゅっと引き締めた。
 いま、俺がお見合いしていることを孝弘は知らない。
 知ったら怒るだろうか。
 こんどこそ、愛想をつかされるだろうか。
 そんなことを考えていると、相手の母親が俺に言う。

「じゃあ、友理奈、こんど和沙さんと一緒に観に行ったらどう? 和沙さん、どうかしら」

 急に話を振られて、俺は返答に窮した。
 はっと我に返り、曖昧な笑みを返す。

「機会があれば」

 そう返事をすれば、友理奈さんが俺に話しかけてきた。

「和沙さん、映画は好きですか?」
「ええ。好きですよ」
「じゃあ、宇宙戦争シリーズも知ってますか?」

 若干赤く上気した頬をして身を乗り出さんと俺に聞く。

「知ってます。というか、あれ、世界中の人気作じゃないですか」

 苦笑して答えれば、友理奈さんはまた赤くなって嬉しそうに笑った。
 綺麗で、儚そうで、たおやかで、まるで花のような人だ。
 
「そうですよね。私も大好きなんです」

 いい娘だと思う。でも話題にあがった映画の話になってからは。
 俺の頭の中は、今日の夜に孝弘と一緒に見に行く『宇宙戦争3』のことでいっぱいになってしまった。

 それから食事を終えた俺たちは、ホテルの屋内に造られた人工の日本庭園を一緒に歩いた。
 俺は友理奈さんと視線を合わせるために、少し下を向く。石畳を歩く速度もゆっくりと。
 香水なのだろうか、いい香りが漂ってくる。
 
 いつも一緒にいる孝弘と歩くときは、俺がいつもヤツの顔を見上げていた。だってあいつ、バカみたいにでかいから。
 なにもかも、正反対で俺は戸惑う。
 
 小一時間くらい散歩して話をして、俺たちのお見合いは割といい感じで終わった。



「ああ、母さん? 和沙だけど。例のお見合いの件、ちゃんと断っておいてよ」
「どうしてよ、いい感じだったじゃない」

 ホテルから出て、さっそく母親の携帯へと電話した。
 こういうことははっきりとさせておかないとな。

「どうしても。今はそんな気分じゃないんだ」
「分からない子ね。父さんに伝えておくわ」
「ああ、よろしく」

 電話を切って、俺は自分のアパートへと急いで戻る。
 六時に孝弘が迎えにくるから。

『宇宙戦争3』はどういう内容なんだろう。わくわくする。
 見合いも断ったし、後は孝弘とのことが整理できればいい。
 恋人ごっこ。どんな結末になるか、俺だってわからない。
 俺、間違って孝弘に恋しちゃったりするんだろうか。
 
 間違い? 間違いってなんだろう?――
 ふと、そんなことを思った。

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