その15

文字数 819文字

やばい 、取り出さなければ・・・でも・・・。

と、逡巡しているうちに彼女の気配がシャワールームの方へと消えたのを察知したので、そういうつもりじゃないから・・・と、半目でそっと脱衣所を覗いた。

入る前に、「ここに置いててくれ」と言ったカゴごとそこにはなかった。

どうやら僕の濡れたスーツも一緒に持ってシャワールームに居るようだ。

(まさか、洗うわけじゃないよな・・・。)
と思っていたが、なんとなく自分の身体を洗っている様な音じゃないように聞こえる。

(洗っていいです・・・って、許可してないけど・・・いや、洗いますねと言われたら・・・ハイって・・・いっちゃうか・・・)

と、酔いが少しずつ回ってきた頭で変な問答を始めた。
結局、声を掛ける結城も無くどうせクリーニングに出すことにしようと考えていたので、したいようにさせることにした。

どうせ、安いスーツだ。
未練・・・は、ない。
ただ、給料日前なだけ。
ただ・・・それだけ。

諦めて、座れと言われた場所に戻り、ビールとコンビニでよく見かかる惣菜類に集中することにした。

2本目のビールが空いた頃に、火照った彼女とスーツがようやく出てきた。

パジャマじゃなく、色気もない部屋着で。
そこで、そういう気はまったくないということがわかる。

「ビショビショになっちゃいましたが、多分匂いとベタベタは取れたと思います。」
そう言って、一応ざっくりと水分は抜かれたスーツを僕の鼻先へと突き出してきた。

酔いがけっこう回りはじめていたから、正直、匂いはわからなくなっていたけれど、彼女が一生懸命やったというのは評価したい。

まあ、これでクリーニングに出しても、嫌な顔をされないだろう。

そのあとも何回も申し訳ないと言われたか覚えていないが、彼女が本当に申し訳ないと思ってくれている事は伝わった。

謝られるたびにビールをコップに注がれ、飲み干した。

どのくらい経ったのだろうか。

そしていったい何本ビールを飲んだのだろうか。
途中から記憶がほぼ無かった。
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登場人物紹介

江尻甫(えじりはじめ)・・・このストーリーの主人公。都内の会社でSEとして働いている。ある日、警察から事情聴取を受ける。

浅霧・・・警視庁の刑事。少し風変わりだが優秀。自分の気に入った事件にはものすごく集中して動く。

結城・・・警視庁の刑事。浅霧の同僚。

御幸・・・なんでも屋。浅霧の大学の同級生。違法行為も行う。

三井・・・所轄の新人刑事

高橋・・・浅霧行きつけの喫茶店のマスター

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