第1話

文字数 1,434文字

 美月ひまわりは私の十年来の友人である。
 少し癖のある髪を背中に遊ばせ、ゆれるスカートを靡かせる彼女の後ろ姿を、私はいつだって笑顔で見送る。
 ひまわりは今日もデートだ。
 そして私は今日もひまわりの仕事をひまわりに代わって残業している。
 断っておくけれど、別に押し付けられているわけじゃない。いつだって私が「やるよ」と先に言うし、ひまわりは「いいの? じゃあお願い」と言って帰るのだ。
 申し訳なさそうになんてしない。心からデートが嬉しいというような顔をして帰る。
 ひまわりに悪気はない。
 私はそういうひまわりのことが好きなのだ。
 だけどそれは周りも同じかというと、もちろん別の話で。ひまわりの会社内での評価はすこぶる悪い。ついでに言うと学生時代の友人の評価もはちゃめちゃに悪い。
 買った反感は山よりも高く、海よりも深く。過分に悪意を秘めた囁きを聞くことなど、もはや日常茶飯事だ。
 そんなひまわりのデートだが、毎回のように相手が変わる。初回デートの翌日には振られるからだ。今までの同一人物での最高デート回数は多くても3回だっただろうか。

「ねえ、伊勢ちゃん。なんで私ってすぐ振られちゃうのかなあ?」
「ひまわりの見る目がないんじゃないの」
「うう、伊勢ちゃんが優しくない」
「なに言ってんの。じゅうぶん優しいでしょ。だいたいひまわりは自分を安売りしすぎ。ちょっと気をつけなよ」

 そもそもひまわりは距離感がおかしいのだ。
 こと恋愛対象者に対しては特に。
 ちょっといい雰囲気だったからとかなんとか言って、付き合ってもいないのにベタベタ体を擦り寄せる。男どもだって勘違いくらいするだろう。
 私にはそんなこと、一度だってしてくれたことはないのに。

「伊勢ちゃんくらいだよ、一緒にいてくれるの」
「よくわかってんじゃん」
「うん。だから、ずっとずっと、友達でいてね」

 あの時、屈託なく笑うひまわりに、私はどんな顔をして返事をしたのだろう。
 おざなりな言葉をなんとか舌に乗せたことだけは覚えている。
 喉に詰まるような嫌な記憶を振り払いたくて、私はデスクの上に飾ってある小さなペンギンのぬいぐるみに手を伸ばした。これは以前、ひまわりがデートで行った水族館で買ってきてくれたお土産だ。
 ひまわりみたいにふわふわで、さわり心地のいいぬいぐるみ。ぎゅっと手のひらの中にしまいこみ、この思いが届くように額に近づける。

 世界で一番、私がひまわりのことを好きなんだよ。

 どうして気づいてくれないのだろう。
 私ほどひまわりのことを想う人間なんていないのに。
 仕事ではフォローもするし、ひまわりだって私の家に遊びに来てくれる。なのに性別が恋愛対象じゃないというだけで、ひまわりは私のことなど見向きもしない。「ずっと友達でいてね」なんて残酷な言葉すら投げてくる。

 見てよ。
 私を見てよ。
 
 今はここにいない、ひまわりのことを頭の中で思い描く。
 彼女は笑いかける。私ではない、誰かに。

 私は見てるのに。
 ずっと、私のことを見てほしいって思い続けているのに。
 なのにひまわりには私の送る念力なんて届いていなくて、私が隣に立っていても私の方なんて見てくれない。
 そばでいたい。
 私のことを見てもらいたい。
 私はひまわりの手を握る。やせぎすの手は骨張っていて、少し硬い。

「ねえ、ひまわり。私はね、ずっとそばでいるんだよ」
「うん、これからもよろしくね。伊勢ちゃん」

 想像の中でひまわりは、私の方なんて見向きもせずに、そう言った。

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