前半後半、もはや別物――大藪春彦『ベトナム秘密指令』

文字数 911文字

 放課後の善光寺高校、文芸部の部室。

お疲れ様です。ドマリー先輩、なんかぐったりしてますね。
今、一冊読み終わったところなんだ。ちょっと疲れた。
大藪春彦『ベトナム秘密指令』……。ハードボイルドですか?
ハードボイルド……だろうな、後半は。
ん? 前半は違うんですか?
かなり曲者な一冊なんだよ。前半は米兵による日本国内への麻薬の密輸が描かれる。こいつの捜査を公安の色んなメンバーの視点で追いかけていくわけだ。視点切り替えのタイミングも絶妙だし、新しい事件が起きたりしてかなり緊迫感がある。さすが大藪春彦って感じでさ。
そのわりには冴えない顔ですけど。
とにかくだな、チームプレーの捜査でどんどん密輸ルートに迫っていくんだ。そして重要な手がかりを手に入れたところで、目指すはベトナムだということになる。ここまででだいたい半分なんだが……まだ裏表紙のあらすじに書かれてる主人公が出てこないんだよ。
え、半分まで来ても?
途中までは完全に公安のチームプレーを描いてるんだ。で、ベトナムへ捜査の手を伸ばすぞってなったら……急に主人公がシャワー浴びてるシーンに切り替わる。
ああ、ハードボイルドでよくあるシーンだ。
そこからは主人公――水野の単一視点になる。水野が海を渡って現地に乗り込む。あの手この手で情報を得たり、現地の女と仲良くなったり、敵と銃撃戦したり……。
確かに、前半のノリとはだいぶ違いそうですね。
ていうか、後半は大藪春彦がよく書いてるタイプのハードボイルドそのものなんだよな。俺はその手の大藪作品しか読んだことがないから、前半はわりと新鮮だった。正直、このままチームで敵に迫っていく展開も充分ありだったと思うんだよ。けど、やっぱり一匹狼が大暴れする方に行ったわけだ。
でも、どっちも面白かったんですよね?
そうだな。中盤からの変化に戸惑ったっていうのが大きかった。そのぶん、けっこうインパクトあったよ。読んでみるか?
あんまり厚くもないですし、せっかくなので試しに……。
おう、読め読め。そして振り回されろ。
大藪作品初挑戦なんですけど、大丈夫ですかね?
いいんじゃないか? 二つの顔が見られてお得だぞ。
言われてみればそうですね。今夜早速読んでみます!
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登場人物紹介

江守 浩介(えもり こうすけ)

文芸部1年生。ライトノベルが好きだが他のジャンルについても勉強したいと思っている。

狛村 日和(こまむら ひより)

文芸部2年生。肩書きは副部長だが実質的に文芸部を仕切っているのはこの人。気になった本は手当たり次第に読む乱読家。

高崎 玲奈(たかさき れいな)

文芸部2年生。純文学、またはアンモラルな作品を好む。

京泊 孝彦(きょうどまり たかひこ)

文芸部3年生。部長だがそれらしい行動は見せない。通称・ドマリー先輩。ハードボイルドとノワールを好むが他のジャンルも平均的に読む。

桜峰 咲羅(さくらみね さくら)

文芸部1年生。ミステリ愛好家。特に動機を扱った作品には思い入れが強い。

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