第10話

文字数 1,131文字

 僕は大阪にある大学の夜間部の工学科に入学した。そしてLA金属という金属加工会社の工場に職を求めた。
 LA金属は小さい企業だが、勉学には理解がある会社だった。工場が忙しい時でも、授業に間に合うように退勤させてくれる。毎日が寮、工場、大学、寮……単調な繰り返しだ。だが工場にも大学にも、僕の周りは頑張っている人がいる。これは励みになった。また、休みの日は同僚や大学の仲間と遊ぶこともあり、青春は楽しんだ。やはり大学での勉強が一番の喜びだ。会社の支えもあり、進級していった。
 四学年に進級したある日、驚くべき再会をした。
 その日、少し早めに大学へ行き、図書館へ寄って好きな作家の本を探していた。目当ての本が見つかったのでその本に手をかけたら後ろから、「あっ」と女性の声がした。何だろう? と振り向いたら、
「すみません、あたしもその本を探していたので」と慌てている。
「驚かせてこめんなさい」と顔を赤らめて言う。綺麗な女性だった。この大学の学生らしい。昼間部だろう。
 僕もどぎまぎした。
「僕は別の本を探しますから」と脇に寄り、返した頃にまた来るのでどうぞ、と譲った。
「それじゃ悪いですから……」
「いや、僕は別の本も借りていますから」
 図書館の中なので、小声での会話になる。なんかひそひそ話のようで可笑しい。
「えー、どうしよう? 困る……」と言った彼女の言葉が止まった。僕の顔を不思議そうに見る。
「急がないのでゆっくり読んでください」と言ったが、まだ僕を見ている。
 僕も女性の顔を見た。
 その女性は父に引き取られて転校したとき、隣の席にいた女の子だった。

[昭和四十五年~]

 妹は人を思いやる優しい女性に成長した。高校を卒業したあとは、同じ町にある和菓子店へ就職した。そこは従業員が十数人ほどの小さな店だが、地元では名の知れた店だった。
 その二年後、僕は大学を卒業した。社長に請われたこともあって、その後も金属加工会社での仕事を続けることにした。当時LA金属が理工系の人材を欲していたこともあったが、僕は会社に愛着を持つようになっていた。工場の仕事から管理、開発へと職種も変わった。
 そして、いよいよ母が一人になる日がきた。
 妹は卒業から四年後、結婚した。相手は地元の会社員だ。僕は母が寂しがるのではないかと心配をしたが、むしろ嬉しそうだった。自分のことより、娘の幸せが叶うほうの喜びが大きいのだろう。
 母はまだ、病院で炊事の仕事をしている。妹が結婚した時、僕は母のもとへ帰ろうかと考えたこともあった。母は、「一人食べていくのには困らないから、気ままに暮らしていくよ」と笑っていた。また、「わたしのために、ここへ帰ってくるなんてことをしたら本当に怒るからね」とも返ってきた。
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