童話:キャラメル・ボックス第2話~ソーセージの行方

文字数 3,839文字

 今日は、ルネットはお母さんに頼まれて、コットンのバッグを持ってお肉屋さんにお使いに行きました。シチュー肉を750gとハムを500g、それにソーセージが三本です。忘れないように「お肉750g、ハム500g、ソーセージ三本」ってぶつぶつ言いながら歩いて行きます。
 近所のおばさんに「おはよう、ルネット。お使い?」って訊かれても、本屋のおじさんに「ルネット。今日はいい天気だね」って声を掛けられても、耳に入りません。真っ直ぐ前を向いてずんずん進みます。

 ようやくお肉屋さんに着いてみると人だかりがして、騒がしくなっています。

「まただよ! ソーセージが盗まれちゃったんだ」
「あら、やだ。何本盗まれたの?」
「一本だよ」
「たった一本? おじさん、数え間違えたんじゃないの?」
「そんなことあるもんか。ここんとこ朝になると一本ずつ減ってるんだ」

 みんな腕組みをしたり、顔を見合わせたりします。ルネットもおじさんの横にぶら下がっている大きなソーセージを思わず数えてしまいます。一本、二本……十本かな十一本かなと考えていると、おじさんが声を掛けました。

「ルネットちゃん。お使いかい? 今日はなんだい?」
 おじさんが気を取り直して、仕事に戻ったので集まっていた人も離れていきました。

「あ、はい。えっとね。……シチューのお肉が750g、ハムが500g、それからソーセージが……」
「ほいほい。シチューが3/4、ハムが半分だね。ソーセージは何本?」

 量り売りは一キロの半分とか分数で言うことが多いんですね。おじさんはお肉のかたまりを取り出して切り始めました。でも、ルネットはぶら下がったソーセージを数えているうちにお母さんに何本って言われたのか、わかんなくなってしまいました。

「あれ? 忘れちゃったの?……持ってるおカネを見せてごらん」

 ぎゅって握りしめて汗ばんだコインをおじさんに見せます。

「ふーむ。これだけあれば五本は買えるけど、ルネットちゃんちは四人家族だから一人一本で、四本じゃなかった?」
「うん! そう四本だよ。思い出した」
 あれあれ。確かにレオンくんって弟がいるけど、前に買ったソーセージが一本残っていたから、お母さんは三本って言ったんですけど。

「このソーセージが盗まれたの?」

 自信を取り戻したルネットは持ち前の好奇心を発揮して、おじさんに訊きます。

「そうなんだよ。燻製が終わったらこうやってぶら下げておくと味が濃くなって、おいしいんだよ。それでどうも夜の間に盗られたんだ」
「どっか開いてたの?」
「そんなことはないよ。表も裏のわしらが住んでる方も夜はぴったり戸締りしているしね。誰も入ったりできないはずなんだ」

「どう思う?」
 自分のお部屋で肉屋のおじさんから聴いた話をメルメルにしています。
 
「どうって。ぼくは探偵じゃないから、わかんないよ」

 キャラメルをもらったメルメルはちょっと眠そうに答えます。

「そうだけどさ。不思議だって思わない?」
「さあ。……ソーセージ食べたいね」
「もう! キャラメルあげたんだから、また予言してよ」
「ああ、なんだそういうことか」
「できるんでしょ?」
「キャラメル食べなくても、未来のことはなんとなくわかるよ」
「え? そうなの?」
「うん。動物ならだいたいできるよ。それを言葉で教えてあげられないだけ」

 へえ、動物ってすごいんだ、なぜ人間はわかんないのかなって思いながら、訊きます。

「じゃあ、これから何が起こるの?」
「夜になったらお肉屋さんに行こうって思ってるでしょ? そしたら暗がりで光る目にぼくとルネットは見つめられて、ぼくは気を失ってしまうんだ」
「光る目に見られただけで? だらしないわね。……それじゃわかんないじゃない。それから?」って訊いたとたんお母さんの声が聞こえてきました。

「ルネット! なんでソーセージが四本もあるの? あんたったら……ちょっと降りてきなさい!」
 キャラメルを食べ終わったメルメルがにやっと笑いながら、一声「にゃあ」と鳴きました。

 夜になりました。ルネットとメルメルはそっと家を抜け出して、お肉屋さんに向かいます。夜の街は人通りもなく、しんと静まりかえっています。満月に近い明るいお月さまに照らされて、石畳に長い影が二つ伸びています。

 お店の前まで来ました。厳重に戸締りがされているようで、泥棒が入ることはむずかしそうに見えます。だんだんこわくなって来て、家に帰ろうかとメルメルを見ると、ひげをお店の屋根の方にくいっと向けます。天窓がちょっとだけ開いているみたいです。

 隣の居酒屋の前の樽にぴょんと乗ったメルメルは二軒の軒先をジグザグに飛び移りながら、あっという間に屋根に登りました。上から見下ろすメルメルは顔をかきながら、『早く来なよ』と言っているようです。猫って高いところから見下ろすのが好きなんですよね。

 おてんばで、身の軽いルネットですけど、上るのは大変でした。なかなか手が届かなかったり、足元がぐらぐらしてバランスを崩しそうになったりしました。
 ようやく屋根まで上りましたが、下を見るとあんなところに落ちたらって考えちゃってこわいので、遠くを見ます。様々な形のレンガ色の屋根が重なり合うのを見るのは初めてでした。

 傾斜の強い屋根をメルメルがすたすた歩く後から、よちよち四つんばいで天窓のところまで行きます。ルネットとメルメルがそおっと中をのぞくと……びゅっと黒い影が中から飛び出して行きました。

「わっ。わっ」

 ルネットは足をすべらせて、危うく屋根から落ちそうになりました。メルメルがスカートの裾をくわえて引っ張ってくれたので、なんとか踏みとどまりましたけど。
「あー。こわかった。……今の何?」

 メルメルは『わかんない』と首を振って、『追いかけるよ』と言わんばかりにひげを通りの先に向けます。
「えー?! せっかく上ったのにもう降りるの?」

 ルネットの言葉に頓着しないで、メルメルは上ったときよりも素早くぴょんぴょんと通りまで降りてしまいました。ルネットは……そりゃ上るよりもこわいですから、時間かかりますよね。やっと地面に着いたと思ったら、休む間もくれないでメルメルは駆け出します。それも通りだけじゃなく、近道なのか建物の間の狭いところもさあっと通り抜けるので、ルネットははぐれないようにするのも大変です。

 公園に出ました。恋人たちが腕を組んで散歩したり、お年寄りたちが目を細めながらカフェオレをゆったりと飲んでいる市立公園です。ここも今は誰もいません。メルメルは木々が生い茂った芝生の中に入っていきます。昼間ならリスが駆け回ったりするのを見かけるのですが、今は暗い森のように見えます。

 月明かりもまだらで、ちょっとした石ころや倒木に倒れそうになります。メルメルも伏せるようにしてゆっくりと進むようになり、何かがその先にいるのを感じ取っているようです。ルネットは自分の鼓動が聞こえそうにドキドキしていました。……

 ルネットはあっと声を挙げそうになりました。すぐ近くに光る目が暗闇に浮かび上がったのです。ドキンとして、逃げ出そうにもその二つの目にピンで留められたようになってしまいました。メルメルはイタチのように立ち上がったかと思ったら、「ううーん」と言いながら気を失ってそこに倒れてしまいました。メルメルを残して逃げられない、勇気を出さなきゃと思って、叫びました。

「誰なの?!」

 声を出して落ち着いたような気がしましたが、光る目に敵意の色が強くなったようです。がさっと音がすると何か小さなものが出て来ました。その目はルネットから視線をはずします。

 闇に慣れた目で追うとそれは子ギツネでした。何か言いたいような顔でルネットを見上げるので、キャラメルをあげました。いざというときにメルメルがしゃべれるようにとポケットに忍ばせてあったのです。母親なのでしょう、光る目の持ち主がソーセージをくわえたまますっと子ギツネのそばに行きますが、もう敵意はないようでした。

 キャラメルが口の中で溶け始めると子ギツネはかわいい声で話しました。

「ぼく、タンポポの綿毛を追いかけて野原を走っていたら、悪い人間に捕まっちゃったんです。ずっと馬車で連れられていくのをお母さんが追いかけて、この遠い街まで来ちゃったんです」
「かわいそう……」
「それで、なんとか隙を見てぼくを助け出してくれたんですけど、おうちのある森まで帰る元気もなくて、それでこの公園に隠れてたんです」
「そっか。食べる物もないからお母さんがソーセージを盗ったのね」
「はい。とってもおいしいから元気になりました」
「よかったね。でも、お肉屋のおじさんは困ってるんだよ。もうしちゃダメってお母さんに言って」
 子ギツネが母キツネに甘えるように何か言うと、母キツネは1/4くらい残ったソーセージを芝生の上に置いて、ぴょこっと頭を下げました。

「夜明け前にこの街から離れたところに行っておいた方がいいから、今から帰ろうってお母さんは言ってます。おねえさん、キャラメルありがとう。とってもおいしいかったです」
「うん。元気でね。もう悪い人に捕まらないように気をつけて」

 それから親子のキツネは何度も振り返りながら去って行きました。もう見えなくなって、手を振っていたルネットがあたしもおうちに帰ろうと思ったら……いつの間にか目を覚ましたメルメルは、母キツネが置いていったソーセージをちゃっかり食べていたのでした。

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