第7話 『聖剣でやろうよDIY』
文字数 3,792文字
虎の獣人ヴァティーとの混浴中。
その友人である蠍の獣人セルケトと、最悪の初対面を迎えた六道。
種族、性別、先入観による偏見。
無防備な彼は、それらの高い壁を越えなければならない。
「まあ、間違いがなかったのは良いとしましょう。でも心配したんですよっ」
「ごめんなさぁい」
「そうだぞっ、次から気を付けなさいっ」
「……貴方も怒られてるって自覚あります?」
座らせたヴァティーを共に見下ろしている六道。
立場をあやふやにして叱責から逃れようとしたが失敗した。ならばと、
「自己紹介がまだだったな。私の名前は六道厳。種族はジャパニーズだ。世界で一番東の島国からやって来た」
ということになっており、腕を組み、脇に挟んでいた右手を差し出す。
「……私は、セルケトです」
手を後ろに回しながら、不服そうに自己紹介をするサソリ娘。
「まあまあ、セルケトちゃんも歩き疲れたでしょ。食事にしようよ」
ちゃん付けからも分かるように六道は、その幼さ残る外見からセルケトを大きな蠍に乗った女の子ぐらいにしか思っていない。端的にいうと擁護対象、下に見ている。
それがセルケトの逆鱗に触れた。
「いま、なんて?」
一瞬、六道の身体を蠍の尾が貫くイメージが頭を過ぎる。
(これはマズイ……調子に乗りすぎた!)
多重の足音を立てながら一気に距離を詰めるセルケト。
「私のこと……私のことバカにしたでしょ!」
——ぽかぽか、ぽかぽか。
叩かれている。
細腕に握り締められた拳を全力で振り回し、ぽかぽか叩かれている。
下唇を噛み必死になって堪える六道。
堪えているのは、溢れそうな笑みだった。
(なんだこの感覚は! 孫に肩叩きされる爺さんはこんな気持ちだったのか! 四十代が初老って嘘だろって思っていたが……この多幸感! 私は間違っていた)
その二人の姿を、指をくわえ羨望の眼差で見上げるヴァティー。
ヴァティーは六道をよしよし、はむはむしたい。
六道はセルケトをからかい、怒らせたい。
セルケトはヴァティーの世話を焼き、お姉さんぶりたい。
その人間関係は、三角関係と言えなくもない。
****
一時はどうなるかと思われた三人の関係性。
だが、それぞれの興味と欲望が上手く循環し、穏やかな昼を過ごしていた。
「食事、ありがとうございます」
食器を片付けながら礼を述べるセルケト。沸点は低いが清楚な見た目と、時折覗かせる丁寧な口調通り礼儀正しい。
桶に水を張り木皿を洗う六道は、なんとかセルケトをからかえないか思案していた。
「食べきれない程あるから遠慮しないでくれ」
本日の昼食のメニューは、昨夜の残り肉とアイテムボックスから取り出した野菜とパンを用いたサンドイッチである。天気の良い今日などは、ピクニック気分を味わえる。
実際は異世界に遭難している訳だが、心の持ち様が胆である。
「君達は……服は着ないの?」
目のやり場に困る上、ずっと気になっていた。
そしてあわよくば、セルケトを適度に怒らせたい。
「必要?」
小首を傾げ、こちらを曇りのない眼で見つめてくる。
「必要かと問われれば? ……どうなのだろう」
確かに、この山中における三人だけのコミュニティーにおいてトップレスで困っているのは六道だけである。
マイノリティの意見。
加えて彼も、現状を受け入れようと思えば容易に受け入れられる。
(しかし私は紳士でいたい。あくまでも紳士でいたいのだ。勝手にレモン汁をかけられていない唐揚げのような、公園のベンチに敷かれたハンカチのような……紳士でいたいのだ!)
その表現だと紳士ではなく、唐揚げとハンカチそのものだが。
紳士的解決を心に決めた六道は二人を呼び集め、そこらに座らせると堂々と宣言した。
「服をプレゼントしようと思います!」
「いりません」
——Zzz。
きっぱり断るセルケトと、早起きの余波でおねむのヴァティー。
首が座っていない。
「あんた達も年頃なんだから、ブラぐらいつけなさい!」
オカン風に攻めてみた。早くも紳士路線から遠去かる。
「ブラ?」
「胸当てだよ! 胸当て!」
「狩りに行くの? 私達、防具なんていらないけど……邪魔だし」
どれだけ足掻いてもカルチャーギャップが埋まらない。
日本製の可愛いらしい衣服を用意出来れば、どれほど楽か。
見れば一発、カルチャーショックで興味も湧くだろう。
しかし、アイテムリストにある服はどれも酷いものだ。
コント染みた貴族趣味のドレスか、ミレーの落穂拾いで描かれているような服しかない。
近くに原宿や下北沢があれば良かったが、ここは異世界である。
六道が可愛いブラでも所持していれば良かったが、持っていたら持っていたで問題である。
ビジネスバッグの中に入っていれば、それはもう事件です。
ならば、もう一から作るしかない。
素材を生かした一点物が、いま作れる精一杯だろう。
(VRよ。彼女たちにとって価値の有りそうな生地を教えてくれないか?)
『ミスリルがオススメです。胴体部の守りにおいて最高の素材です』
情報を制したものが、戦争に勝つのだ。
「ミスリル……なんだけど?」
——ピクっ
ヴァティーのネコ耳と、セルケトのエルフ耳が反応した。
ヴァティーの耳元からは羽虫が飛んでいく。
「……くださるなら、貰ってあげても良いです」
明らかにセルケトの反応が満更でもない様子に変わった。
お腹の下では鋏をバチバチと打ち鳴らしている。
「それは良かった!」
アイテム選択。
早速、袖下から『ミスリル』を射出し、その手に掴む。
30cmの棒に巻かれた細めの生地だ。
その生地の質を見た途端、セルケトは眉を寄せ怪訝な表情で布を睨む。
六道は布を切るために『ナイフ』『テーブル』『ピン』『真っ直ぐな角材』を続けて取り出す。
ミスリルの布の長さを調整する為、セルケトの体に布を巻きつける。
背中に横一文字に布を当て、両端を胸元の前にまわし、持ち上げると首元でクロスさせ首の後ろで結ぶ。
ゆったりとしたクロスビキニが目標だ。トップレスよりは近代的で文明的だろう。
結び目の余りを切断する位置を折り曲げ、ピンで仮止めする。
この工程をヴァティーの分も繰り返す。
すっかりおねむのヴァティーの身体を二人掛かりで起こし、二人で片乳ずつ持ち上げ体に布を巻きつける。
テーブルに布を広げると、ピンを目印に角材を添え、ナイフで一気に切断すっ……
「……切れない」
「当たり前だろ!」
ミスリルが全ての金属の頂点に立つ伝説の一品であることを六道は知らない。さらに鍛え上げられた鋼鉄よりも硬く羽のように軽いミスリルの布は、ドワーフとエルフによる合作であり平凡なナイフで切れる筈もない。
若干呆れ顔のセルケト。こんな不甲斐ないままでは終われない。
(VRよ……私に、ミスリルを切断できる刃物をくれ)
『カテゴリーSSRの武器を射出します。激しい光に注意してください』
黄金の風が捲き上り、世界の輝きが増す。
その手に掴んだのは、黄金に光輝く長剣。
刀の持つ魔力が周囲の空気をビリビリと振動させ、刀身は熱を帯びているかのようにジリジリと破竹音を立てる。
「これなら……布を切れそうだ!」
黄金の長剣を掲げる姿にドン引き、セルケトは距離をとるよう後退りした。
六道は嬉々として、丸眼鏡の遮光ゴーグルを追加で取り出すと、早速作業に取り掛かる。
刃が布の端に当たるとアーク溶接のように周囲に火花が飛び散り、その火花が半裸の六道の肌で弾け踊る。
「切れてるっ……切れてる、切れてる!」
集中が途切れないよう唾を飲み、丁寧に切り進める。
「よっしゃー!」
切断面は綺麗に仕上がっている。
出来栄えを見せようとゴーグルを上げセレストへ振り向くと、背後でテーブルが倒れる音がした。
よく切れている。
テーブル四つを犠牲にし、ようやく必要量の布を切り終える。
「ふ〜っ、頑張った!」
黄金の剣をあっさり袖下へ収容すると額の汗を手で拭い、小さな端材で鼻をかむ。
——ズビーッ……ポイッ。
「おいっ!!」
「どした⁉」
声を荒げるセルケトに、慌てる六道。
「おいおい!」(訳:ミスリルだぞ⁉)
鼻をかまれ地面に捨てられたミスリルの余り布を目の当たりにし、衝撃のあまり「おい」としか言えないセルケト。
「ポイ捨てダメか? でもゴミ箱ないし自然に返るだろ」
「おいおい!」(訳:捨てるならくれよ!)
慌てて落ちたミスリルを指差し、自身を指さすゼスチャー。
「欲しいのか? だったらこのロール、一つあげるよ」
「おいおい……」(訳:絶句)
受け取ったロールの生地を愕然と見下ろす。
「お代官……」
「ここ時代劇、再放送してる?」
おそらくVRの誤訳。
ファンタジー知識の無い六道厳は、己の行動のヤバさを自覚していない。
そして空前絶後の、『ミスリルのブラジャー』がここに爆誕したのだった。
その友人である蠍の獣人セルケトと、最悪の初対面を迎えた六道。
種族、性別、先入観による偏見。
無防備な彼は、それらの高い壁を越えなければならない。
「まあ、間違いがなかったのは良いとしましょう。でも心配したんですよっ」
「ごめんなさぁい」
「そうだぞっ、次から気を付けなさいっ」
「……貴方も怒られてるって自覚あります?」
座らせたヴァティーを共に見下ろしている六道。
立場をあやふやにして叱責から逃れようとしたが失敗した。ならばと、
「自己紹介がまだだったな。私の名前は六道厳。種族はジャパニーズだ。世界で一番東の島国からやって来た」
ということになっており、腕を組み、脇に挟んでいた右手を差し出す。
「……私は、セルケトです」
手を後ろに回しながら、不服そうに自己紹介をするサソリ娘。
「まあまあ、セルケトちゃんも歩き疲れたでしょ。食事にしようよ」
ちゃん付けからも分かるように六道は、その幼さ残る外見からセルケトを大きな蠍に乗った女の子ぐらいにしか思っていない。端的にいうと擁護対象、下に見ている。
それがセルケトの逆鱗に触れた。
「いま、なんて?」
一瞬、六道の身体を蠍の尾が貫くイメージが頭を過ぎる。
(これはマズイ……調子に乗りすぎた!)
多重の足音を立てながら一気に距離を詰めるセルケト。
「私のこと……私のことバカにしたでしょ!」
——ぽかぽか、ぽかぽか。
叩かれている。
細腕に握り締められた拳を全力で振り回し、ぽかぽか叩かれている。
下唇を噛み必死になって堪える六道。
堪えているのは、溢れそうな笑みだった。
(なんだこの感覚は! 孫に肩叩きされる爺さんはこんな気持ちだったのか! 四十代が初老って嘘だろって思っていたが……この多幸感! 私は間違っていた)
その二人の姿を、指をくわえ羨望の眼差で見上げるヴァティー。
ヴァティーは六道をよしよし、はむはむしたい。
六道はセルケトをからかい、怒らせたい。
セルケトはヴァティーの世話を焼き、お姉さんぶりたい。
その人間関係は、三角関係と言えなくもない。
****
一時はどうなるかと思われた三人の関係性。
だが、それぞれの興味と欲望が上手く循環し、穏やかな昼を過ごしていた。
「食事、ありがとうございます」
食器を片付けながら礼を述べるセルケト。沸点は低いが清楚な見た目と、時折覗かせる丁寧な口調通り礼儀正しい。
桶に水を張り木皿を洗う六道は、なんとかセルケトをからかえないか思案していた。
「食べきれない程あるから遠慮しないでくれ」
本日の昼食のメニューは、昨夜の残り肉とアイテムボックスから取り出した野菜とパンを用いたサンドイッチである。天気の良い今日などは、ピクニック気分を味わえる。
実際は異世界に遭難している訳だが、心の持ち様が胆である。
「君達は……服は着ないの?」
目のやり場に困る上、ずっと気になっていた。
そしてあわよくば、セルケトを適度に怒らせたい。
「必要?」
小首を傾げ、こちらを曇りのない眼で見つめてくる。
「必要かと問われれば? ……どうなのだろう」
確かに、この山中における三人だけのコミュニティーにおいてトップレスで困っているのは六道だけである。
マイノリティの意見。
加えて彼も、現状を受け入れようと思えば容易に受け入れられる。
(しかし私は紳士でいたい。あくまでも紳士でいたいのだ。勝手にレモン汁をかけられていない唐揚げのような、公園のベンチに敷かれたハンカチのような……紳士でいたいのだ!)
その表現だと紳士ではなく、唐揚げとハンカチそのものだが。
紳士的解決を心に決めた六道は二人を呼び集め、そこらに座らせると堂々と宣言した。
「服をプレゼントしようと思います!」
「いりません」
——Zzz。
きっぱり断るセルケトと、早起きの余波でおねむのヴァティー。
首が座っていない。
「あんた達も年頃なんだから、ブラぐらいつけなさい!」
オカン風に攻めてみた。早くも紳士路線から遠去かる。
「ブラ?」
「胸当てだよ! 胸当て!」
「狩りに行くの? 私達、防具なんていらないけど……邪魔だし」
どれだけ足掻いてもカルチャーギャップが埋まらない。
日本製の可愛いらしい衣服を用意出来れば、どれほど楽か。
見れば一発、カルチャーショックで興味も湧くだろう。
しかし、アイテムリストにある服はどれも酷いものだ。
コント染みた貴族趣味のドレスか、ミレーの落穂拾いで描かれているような服しかない。
近くに原宿や下北沢があれば良かったが、ここは異世界である。
六道が可愛いブラでも所持していれば良かったが、持っていたら持っていたで問題である。
ビジネスバッグの中に入っていれば、それはもう事件です。
ならば、もう一から作るしかない。
素材を生かした一点物が、いま作れる精一杯だろう。
(VRよ。彼女たちにとって価値の有りそうな生地を教えてくれないか?)
『ミスリルがオススメです。胴体部の守りにおいて最高の素材です』
情報を制したものが、戦争に勝つのだ。
「ミスリル……なんだけど?」
——ピクっ
ヴァティーのネコ耳と、セルケトのエルフ耳が反応した。
ヴァティーの耳元からは羽虫が飛んでいく。
「……くださるなら、貰ってあげても良いです」
明らかにセルケトの反応が満更でもない様子に変わった。
お腹の下では鋏をバチバチと打ち鳴らしている。
「それは良かった!」
アイテム選択。
早速、袖下から『ミスリル』を射出し、その手に掴む。
30cmの棒に巻かれた細めの生地だ。
その生地の質を見た途端、セルケトは眉を寄せ怪訝な表情で布を睨む。
六道は布を切るために『ナイフ』『テーブル』『ピン』『真っ直ぐな角材』を続けて取り出す。
ミスリルの布の長さを調整する為、セルケトの体に布を巻きつける。
背中に横一文字に布を当て、両端を胸元の前にまわし、持ち上げると首元でクロスさせ首の後ろで結ぶ。
ゆったりとしたクロスビキニが目標だ。トップレスよりは近代的で文明的だろう。
結び目の余りを切断する位置を折り曲げ、ピンで仮止めする。
この工程をヴァティーの分も繰り返す。
すっかりおねむのヴァティーの身体を二人掛かりで起こし、二人で片乳ずつ持ち上げ体に布を巻きつける。
テーブルに布を広げると、ピンを目印に角材を添え、ナイフで一気に切断すっ……
「……切れない」
「当たり前だろ!」
ミスリルが全ての金属の頂点に立つ伝説の一品であることを六道は知らない。さらに鍛え上げられた鋼鉄よりも硬く羽のように軽いミスリルの布は、ドワーフとエルフによる合作であり平凡なナイフで切れる筈もない。
若干呆れ顔のセルケト。こんな不甲斐ないままでは終われない。
(VRよ……私に、ミスリルを切断できる刃物をくれ)
『カテゴリーSSRの武器を射出します。激しい光に注意してください』
黄金の風が捲き上り、世界の輝きが増す。
その手に掴んだのは、黄金に光輝く長剣。
刀の持つ魔力が周囲の空気をビリビリと振動させ、刀身は熱を帯びているかのようにジリジリと破竹音を立てる。
「これなら……布を切れそうだ!」
黄金の長剣を掲げる姿にドン引き、セルケトは距離をとるよう後退りした。
六道は嬉々として、丸眼鏡の遮光ゴーグルを追加で取り出すと、早速作業に取り掛かる。
刃が布の端に当たるとアーク溶接のように周囲に火花が飛び散り、その火花が半裸の六道の肌で弾け踊る。
「切れてるっ……切れてる、切れてる!」
集中が途切れないよう唾を飲み、丁寧に切り進める。
「よっしゃー!」
切断面は綺麗に仕上がっている。
出来栄えを見せようとゴーグルを上げセレストへ振り向くと、背後でテーブルが倒れる音がした。
よく切れている。
テーブル四つを犠牲にし、ようやく必要量の布を切り終える。
「ふ〜っ、頑張った!」
黄金の剣をあっさり袖下へ収容すると額の汗を手で拭い、小さな端材で鼻をかむ。
——ズビーッ……ポイッ。
「おいっ!!」
「どした⁉」
声を荒げるセルケトに、慌てる六道。
「おいおい!」(訳:ミスリルだぞ⁉)
鼻をかまれ地面に捨てられたミスリルの余り布を目の当たりにし、衝撃のあまり「おい」としか言えないセルケト。
「ポイ捨てダメか? でもゴミ箱ないし自然に返るだろ」
「おいおい!」(訳:捨てるならくれよ!)
慌てて落ちたミスリルを指差し、自身を指さすゼスチャー。
「欲しいのか? だったらこのロール、一つあげるよ」
「おいおい……」(訳:絶句)
受け取ったロールの生地を愕然と見下ろす。
「お代官……」
「ここ時代劇、再放送してる?」
おそらくVRの誤訳。
ファンタジー知識の無い六道厳は、己の行動のヤバさを自覚していない。
そして空前絶後の、『ミスリルのブラジャー』がここに爆誕したのだった。