第3話
文字数 2,695文字
「久しぶりですね。川野美幸さん」
「ヒカル……どうして。どうして今まで会えなかったの?」
「言わなかったかな? 俺、ここの店員じゃないって」
「嘘よ」
「嘘じゃないよ」
「ヒカルはあたしのものでしょ。そばにいてよ」
「んー、ごめんね。俺、今人のものだから」
パンと頬を叩かれた。周りがざわめく。
「ほんとにごめん、ちょっと話そう。ボックスとってあるから」
泣いてる美幸を促してボックス席に移動する。
「ヒカルはどうして、皆にやさしいの?」
「どうしてって」
「私だけを見てよ、私だけのものになってよ」
ズキッと胸が痛む。なんだろう。
どこかで聞いた、似たようなセリフだ。
「どうして俺に執着すんの?
俺、そうやって束縛されたくないんだけど。しつこい女は嫌われるよ」
言ったとたん、心臓がびくりとはねた。
何? なんだ……このセリフ。前にも言った?そう言ったんだ。誰に?
懸命に、記憶を手繰ろうとするが思い出せない。
現世いまの記憶でないことは理解できる。
心のもっと奥深い所で、引っかかる思い出したくない記憶。
記憶の手がかりを求め、さらに潜在意識を探ろうとすると……一つの映像に行き当たった。
霧のかかる桟橋で誰かが話しかけてくる。
その記憶は酷く不確かで、あやふやで、ともすれば、夢の様に消え去ってしまえる映像だった。
夜中、霧のかかる桟橋で差し向いに話をする。そこには、俺と彼女と二人きり。
前世の俺は、ティレニア海、クレタ海、イオニア海、地中海をまたにかける水夫だった。
アテネ、ナポリ、ニコシア、パルレモ、アルジュ、アレクサンドリア、トリポリ。
それぞれの港町に現地妻がいた。
ハンナはその中の一人、ナポリで声をかけた女だった。
付き合って一年経った頃、彼女は言った。
「ヨハン。お願いだから、水夫から足を洗ってちょうだい。私と一緒になって、地についた生活をしてほしいの」
「なんで? 俺は今の生活が気に入ってる。水夫が陸にあがっちゃあ、おしまいだ。それは死んだも同然じゃないか」
「私、子供が出来たの。一緒に暮らしてほしいのよ」
俺は同じ港に一週間といたことは無かった。
それでも、女って奴は妊娠するもんらしい。
そしてその時、俺は彼女に言ってはいけない言葉を吐いた。
「ふーん、子供が出来たの? それ、ほんとに俺の種?
俺、ほとんど君といないよね。誰の子か判んないじゃないの」
その言葉に驚いて目を見開くハンナ。
「どうして、俺に執着すんの?
俺、そうやって束縛されたくないんだけど。しつこい女は嫌われるよ」
俺は酷い奴だった、さらに彼女に追い打ちをかける言葉を吐く。
「そんな。ひどい。私にはあなただけなのに」
泣き出すハンナ。彼女は敬虔なクリスチャンだ。
二股なんてするはずなかったのだ。
そんな彼女を尻目に、荷物をまとめ彼女の家を出ていこうとする俺。
「待って。どこいくの」
「宿屋にいく。お前とはもう終わりだ」
「待ってヨハン。行かないで」
追いすがるハンナを足蹴に、家を出ていく。
その日は宿屋に泊まった。俺の乗る船は明日、港を出港する予定だ。
次の日、旅支度を終え、桟橋に来た俺は船の浮かぶ波間に水死体をみつけた。
引き上げられた遺体はハンナだった。
ガタンとボックス席から立ちあがった。
気分が悪い。口元を押え、足早にトイレに向かう。
あの天使、とんでもない記憶を俺の頭の中に残して行ったらしい。
記憶は余りに鮮明で生々しかった。
ヨハンに手を振り払われた感触も、足蹴にされた時の感覚も残っている。
そして冷たい海に身を投げた瞬間も、俺はポロポロ涙を流しながら吐いた。
「なんで、今頃、なんで、俺……」
前世の記憶なんて、これから生きていくのに必要ない。
まして、他人の記憶なんか……。
……これが女性から見た俺のビジョンか。最低だ。俺は……。
偉そうに、モテ方のレクチャーだなんて。
涙を拭いながら急いで、ボックスに戻る。
「美幸さん、一緒にいられない理由教えるから。もう、泣かないで」
彼女に囁いて席を立った。
そしてすぐそばを通りがかった、ちいママを捕まえてお願いする。
「美咲さん、店の衣装ケースに予備のドレスある?」
「あるけど……どうするの?」
「俺が着る」
「えっヒカルが? 止めなさいよ、似合わないわよ」
「随分な言い草だな。もともと女の子なんだから似合うハズでしょ」
「えーっなになに。ヒカルがドレス着るの? 面白そうじゃん。私、手伝ってあげる」
立ち聞きしていた雪とエミが首を突っ込む。
「もう。仕方ないわね。貸してあげるわ」
ちいママはそう言うと、衣装ケースの鍵を渡してくれた。
三人で店員専用の部屋へ入り、俺は急いで着替えを始めた。
「ちいママ、胸大きい。ヒカルと差がありすぎ」
雪はフォックを止めながらぼやく。
「うるさいなぁ。これでもBカップなんだけど」
「ダブった分タックとって、安全ピンでとめればいいよ。なんとかなるわ」
そう言いながら、エミは髪をくしで梳かして、つけ毛を足し頭の上に盛っている。
髪飾りをいくつかつけてキャバ嬢独特のメイク。
「わーっ、そんなメイクまでしなくても」
「うるさいわね。私に任せたのが運のつきはじめよ」
化粧の説明をしながらすばやく念入りに化粧している。
「化粧下地の後、まずはお人形さんのような陶器色の肌を目指して、少しマット感のあるファンデーションを塗るの」
「目元は薄いブラウン系のアイシャドウをアイホール全体に塗ってキワを黒のリキッドアイライナーで埋める。
アイラインを引いて完成。つけまつげでボリュームアップ」
「リップラインを丁寧に取ること。口角を少し上げ目にラインをとって、そのラインの内側を筆に取った口紅で埋めることで綺麗な口元が完成するのよ!」
俺には全然縁のない化粧法だから、これは聞かなくてもいいと思う。
二人がかりだったので意外と早くドレスに着替えることができた。
網タイツにハイヒールをはき、白のマーメイドドレス。
両サイドをエミと雪がエスコートしてくれて店の中に入った。
履き慣れないヒールに足元が危ない。
店内がざわめいた。
見慣れないニューフェイスが入場したと思われたらしい。
男性陣のあの子を指名みたいな声がそこ、ここから聞こえてくる。
「ヒカル……どうして。どうして今まで会えなかったの?」
「言わなかったかな? 俺、ここの店員じゃないって」
「嘘よ」
「嘘じゃないよ」
「ヒカルはあたしのものでしょ。そばにいてよ」
「んー、ごめんね。俺、今人のものだから」
パンと頬を叩かれた。周りがざわめく。
「ほんとにごめん、ちょっと話そう。ボックスとってあるから」
泣いてる美幸を促してボックス席に移動する。
「ヒカルはどうして、皆にやさしいの?」
「どうしてって」
「私だけを見てよ、私だけのものになってよ」
ズキッと胸が痛む。なんだろう。
どこかで聞いた、似たようなセリフだ。
「どうして俺に執着すんの?
俺、そうやって束縛されたくないんだけど。しつこい女は嫌われるよ」
言ったとたん、心臓がびくりとはねた。
何? なんだ……このセリフ。前にも言った?そう言ったんだ。誰に?
懸命に、記憶を手繰ろうとするが思い出せない。
現世いまの記憶でないことは理解できる。
心のもっと奥深い所で、引っかかる思い出したくない記憶。
記憶の手がかりを求め、さらに潜在意識を探ろうとすると……一つの映像に行き当たった。
霧のかかる桟橋で誰かが話しかけてくる。
その記憶は酷く不確かで、あやふやで、ともすれば、夢の様に消え去ってしまえる映像だった。
夜中、霧のかかる桟橋で差し向いに話をする。そこには、俺と彼女と二人きり。
前世の俺は、ティレニア海、クレタ海、イオニア海、地中海をまたにかける水夫だった。
アテネ、ナポリ、ニコシア、パルレモ、アルジュ、アレクサンドリア、トリポリ。
それぞれの港町に現地妻がいた。
ハンナはその中の一人、ナポリで声をかけた女だった。
付き合って一年経った頃、彼女は言った。
「ヨハン。お願いだから、水夫から足を洗ってちょうだい。私と一緒になって、地についた生活をしてほしいの」
「なんで? 俺は今の生活が気に入ってる。水夫が陸にあがっちゃあ、おしまいだ。それは死んだも同然じゃないか」
「私、子供が出来たの。一緒に暮らしてほしいのよ」
俺は同じ港に一週間といたことは無かった。
それでも、女って奴は妊娠するもんらしい。
そしてその時、俺は彼女に言ってはいけない言葉を吐いた。
「ふーん、子供が出来たの? それ、ほんとに俺の種?
俺、ほとんど君といないよね。誰の子か判んないじゃないの」
その言葉に驚いて目を見開くハンナ。
「どうして、俺に執着すんの?
俺、そうやって束縛されたくないんだけど。しつこい女は嫌われるよ」
俺は酷い奴だった、さらに彼女に追い打ちをかける言葉を吐く。
「そんな。ひどい。私にはあなただけなのに」
泣き出すハンナ。彼女は敬虔なクリスチャンだ。
二股なんてするはずなかったのだ。
そんな彼女を尻目に、荷物をまとめ彼女の家を出ていこうとする俺。
「待って。どこいくの」
「宿屋にいく。お前とはもう終わりだ」
「待ってヨハン。行かないで」
追いすがるハンナを足蹴に、家を出ていく。
その日は宿屋に泊まった。俺の乗る船は明日、港を出港する予定だ。
次の日、旅支度を終え、桟橋に来た俺は船の浮かぶ波間に水死体をみつけた。
引き上げられた遺体はハンナだった。
ガタンとボックス席から立ちあがった。
気分が悪い。口元を押え、足早にトイレに向かう。
あの天使、とんでもない記憶を俺の頭の中に残して行ったらしい。
記憶は余りに鮮明で生々しかった。
ヨハンに手を振り払われた感触も、足蹴にされた時の感覚も残っている。
そして冷たい海に身を投げた瞬間も、俺はポロポロ涙を流しながら吐いた。
「なんで、今頃、なんで、俺……」
前世の記憶なんて、これから生きていくのに必要ない。
まして、他人の記憶なんか……。
……これが女性から見た俺のビジョンか。最低だ。俺は……。
偉そうに、モテ方のレクチャーだなんて。
涙を拭いながら急いで、ボックスに戻る。
「美幸さん、一緒にいられない理由教えるから。もう、泣かないで」
彼女に囁いて席を立った。
そしてすぐそばを通りがかった、ちいママを捕まえてお願いする。
「美咲さん、店の衣装ケースに予備のドレスある?」
「あるけど……どうするの?」
「俺が着る」
「えっヒカルが? 止めなさいよ、似合わないわよ」
「随分な言い草だな。もともと女の子なんだから似合うハズでしょ」
「えーっなになに。ヒカルがドレス着るの? 面白そうじゃん。私、手伝ってあげる」
立ち聞きしていた雪とエミが首を突っ込む。
「もう。仕方ないわね。貸してあげるわ」
ちいママはそう言うと、衣装ケースの鍵を渡してくれた。
三人で店員専用の部屋へ入り、俺は急いで着替えを始めた。
「ちいママ、胸大きい。ヒカルと差がありすぎ」
雪はフォックを止めながらぼやく。
「うるさいなぁ。これでもBカップなんだけど」
「ダブった分タックとって、安全ピンでとめればいいよ。なんとかなるわ」
そう言いながら、エミは髪をくしで梳かして、つけ毛を足し頭の上に盛っている。
髪飾りをいくつかつけてキャバ嬢独特のメイク。
「わーっ、そんなメイクまでしなくても」
「うるさいわね。私に任せたのが運のつきはじめよ」
化粧の説明をしながらすばやく念入りに化粧している。
「化粧下地の後、まずはお人形さんのような陶器色の肌を目指して、少しマット感のあるファンデーションを塗るの」
「目元は薄いブラウン系のアイシャドウをアイホール全体に塗ってキワを黒のリキッドアイライナーで埋める。
アイラインを引いて完成。つけまつげでボリュームアップ」
「リップラインを丁寧に取ること。口角を少し上げ目にラインをとって、そのラインの内側を筆に取った口紅で埋めることで綺麗な口元が完成するのよ!」
俺には全然縁のない化粧法だから、これは聞かなくてもいいと思う。
二人がかりだったので意外と早くドレスに着替えることができた。
網タイツにハイヒールをはき、白のマーメイドドレス。
両サイドをエミと雪がエスコートしてくれて店の中に入った。
履き慣れないヒールに足元が危ない。
店内がざわめいた。
見慣れないニューフェイスが入場したと思われたらしい。
男性陣のあの子を指名みたいな声がそこ、ここから聞こえてくる。