第一章 緒方真一(三)
文字数 956文字
次の日曜が来るとやはり、真一の足はいつもの公園に向かった。外へ出て巻き込まれる煩わしさより、家に閉じこもって物事を深く思い詰めてしまう自分に疲れる方が嫌だったからだ。
いつものベンチで本を読み始めると、それに没頭できて心地よい時間を過ごせた。満足感で本を閉じると、前のベンチにこの前の女性が座っているのに気がついた。真一が本を閉じるのをずっと待っていたのだろうか、七十歳くらいに見えるその女性が近づいてきて話しかけた。
「先日はありがとうございました。もしかしたらまたみえるのではないかと思って来てみました。ここ、よろしいですか?」
そう言って隣に座った。また煩わしいことに巻き込まれたと思いながら、笑顔でうなずく自分をもうひとりの自分が見ていた。
「あの――私は白鳥麗子と言います。お名前伺ってもいいですか?」
「はあ、緒方です」
真一は答えながら、おかしさをこらえた。白鳥麗子? マンガの『白鳥麗子でございます』が頭に浮かんだからだ。でも品のあるこの女性にこの名前はそんなに違和感がないように思える。若い頃はさぞ綺麗だったことだろう。
「緒方さんはご家族とお暮らしですか?」
戸籍調査かよ、と本音の真一が悪態をついたが、偽善者の真一はにこやかに答えた。
「いいえ、ひとり暮らしです」
「そうですか、私は去年主人に先立たれましたが、娘の家族と暮らしています」
今度は泣きごとか、と本音の真一。
「それはお淋しいでしょうけど、娘さんが一緒なら心強いですね」
と偽善者の真一が慰めた。
「緒方さんは、大勢の中の孤独とひとりきりの孤独、どちらが本当に淋しいと思いますか?」
不意打ちを食らった質問に、ふたりの真一はひとつになって考えた。
「それは――難しい質問ですね。周りに人がいるのに孤独を感じるというのは、ひとりでいるより辛いかもしれませんね」
「私もそう思います」
ニコッと上品な笑顔を残し、
「お邪魔しました」
そう言って麗子は去って行った。
その時、真一に不思議な感情が芽生えた。よくわからないが気持ちがほぐれたとでもいうのか、初めて人と本当の会話をしたような気がした。
次の日曜日、真一は本を持たずに公園へ出かけた。やはり麗子も来ていた。
その日からふたりの間の時が動き始めた。
いつものベンチで本を読み始めると、それに没頭できて心地よい時間を過ごせた。満足感で本を閉じると、前のベンチにこの前の女性が座っているのに気がついた。真一が本を閉じるのをずっと待っていたのだろうか、七十歳くらいに見えるその女性が近づいてきて話しかけた。
「先日はありがとうございました。もしかしたらまたみえるのではないかと思って来てみました。ここ、よろしいですか?」
そう言って隣に座った。また煩わしいことに巻き込まれたと思いながら、笑顔でうなずく自分をもうひとりの自分が見ていた。
「あの――私は白鳥麗子と言います。お名前伺ってもいいですか?」
「はあ、緒方です」
真一は答えながら、おかしさをこらえた。白鳥麗子? マンガの『白鳥麗子でございます』が頭に浮かんだからだ。でも品のあるこの女性にこの名前はそんなに違和感がないように思える。若い頃はさぞ綺麗だったことだろう。
「緒方さんはご家族とお暮らしですか?」
戸籍調査かよ、と本音の真一が悪態をついたが、偽善者の真一はにこやかに答えた。
「いいえ、ひとり暮らしです」
「そうですか、私は去年主人に先立たれましたが、娘の家族と暮らしています」
今度は泣きごとか、と本音の真一。
「それはお淋しいでしょうけど、娘さんが一緒なら心強いですね」
と偽善者の真一が慰めた。
「緒方さんは、大勢の中の孤独とひとりきりの孤独、どちらが本当に淋しいと思いますか?」
不意打ちを食らった質問に、ふたりの真一はひとつになって考えた。
「それは――難しい質問ですね。周りに人がいるのに孤独を感じるというのは、ひとりでいるより辛いかもしれませんね」
「私もそう思います」
ニコッと上品な笑顔を残し、
「お邪魔しました」
そう言って麗子は去って行った。
その時、真一に不思議な感情が芽生えた。よくわからないが気持ちがほぐれたとでもいうのか、初めて人と本当の会話をしたような気がした。
次の日曜日、真一は本を持たずに公園へ出かけた。やはり麗子も来ていた。
その日からふたりの間の時が動き始めた。