文字数 1,325文字

 仕事を終えたら、駅に向かう。時間はまちまちだけど五時とか六時に終わることはまずないんだ。今日だって、もう九時を回ってる。だからだいたい真っ直ぐ帰る。ま、早く終わったら、ひと駅分歩いたり、裏道を探索したり、ふらっと本屋やカフェに立ち寄ったりはするけどね。
 映画を観に行くこともあるかな。スターウォーズみたいなハリウッド映画とかにはあんまり興味なくて、単館系の地味な映画ばかりだけどね。ほら、よく、興行収入何百億円、観客動員数何百万人突破とか、いうでしょ?ワタシ、そういうことには心躍らないのよね。そんなにたくさんの人が見てるんだったら、ワタシ一人くらい見なくたっていいわよね、な気分になっちゃう。むしろ、北欧とか中央アジアなんかの低予算で地味な作品を愛しく思ってしまうのよ。
 なんかね、幸福感でも嫌悪感でも、心に留まってくれる映画が好きなのよね。いつの間にか、知らないうちに失くしているものってあるでしょ。その隙間にね、留まってくれるような映画。で、気になる作品って、地味な単館系になっちゃうんだよね。

 あと、服を見るのも好き。だって女の子だもん。楽しいよね。
 時々のぞくお店があってね。この前もね、こじんまりとしたウインドウにディスプレイされていて、一見しただけでは普通の白いシャツなんだけどね、つい、釣られてしまったの。ここの服、好きなんだよね。
 一列に並んだボタン。上から二つ目が少し大きくて、しかも正方形を歪めたような形なの。小振りの襟と四角いボタン。するっとトレンドを避けているようで、でも静かに主張しているようで、いいなと思った。素敵だなと思った。
「羽織ってごらんになりますか」
 ここの服はね、とても着心地がいいの。生地とか、縫製とか、そういう基本的なとこがしっかりしてるんだろうな、詳しいことはわかんないけど。
 大きな姿見に一瞬だけジブンを映して、振り返る。
「どうですか、ワタシに似合いますか?」
 店のおねえさんは、二、三歩後ろに下がってワタシの全体を見澄ますと、似合っている、ワタシの雰囲気に合っている、と笑顔で応えてくれた。そうか、雰囲気、合ってるのか。少しうれしい。
「これ、いただきます」
 ちょっと高かったけど買っちゃった。悪目立ちも埋没もしなさそうだし。だいいち気に入っちゃったし。それにワタシに合ってるんだから、買っちゃうよね。
 赤いビロードが張られた真四角の皿に、いびつなボタンが五つ六つ乗っている。どれも鈍いアイボリーだ。
「ハンドメイドなんですよ。よろしければ、ひとつどうぞ。付け替えてお楽しみくださいね」
 うゎ、うれしい。ありがとうございます。丸と五角形のあいだみたいなのをいただく。店を出て、駅とは逆の方向に歩き出す。今日は少し歩いてから帰ろうかな、な気分になっていた。足は自然と公園に向かった。夕方の公園は初めてだな。夕日を背にすると、足元から影が延びる。ワタシの影じゃないみたい。昼間のワタシに会ってから帰ろう、そう思った。
 あなたは少し痩せたみたい。そのシャツのせいかしら……。
 このフレーズだけは口ずさめるんだ。オシャレよねぇ。でも、誰の歌なんだろう。いつか出会った曲なんだけどね、タイトルも知らないんだよね。


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