第1話 その人は言った

文字数 1,038文字

 その人は言った。
 図書館では時に本当に不思議なことが起こるのだと。
 それはおそらくたくさんの人の思いが本を通して交錯するからだと。
 図書館の中にある沢山の本。それらは沢山の人に貸し出される。あるときは心やさしきSF好きの少年の元に、あるときは仕事の忙しい中年の女性の元に、そして、あるときは受験を控えた少女の元に。
 その本を読んだ人々の想いが、涙やため息が、笑いや喜びが、その本に蓄積され、図書館に戻ってくる。そして、その本はまた、誰かに貸し出される。
 それらの思いがしんしんと降り積もる雪のように堆積し、ある日雪崩が起きるように、思いの重さに耐えかねて、図書館でちょっとした奇跡を起こすことがあるのだと。
 だからこれもそんな奇跡のひとつなのだ、とその人は言った。
 それは私が17歳の時のこと。そして、なぜかその人も17歳の時のことだった。

 ぐずついた天気が数日続いた後の久しぶりに青空が顔を出した、とても晴れた気持ちの良い日の午後のこと。
 その時、もしあなたが市立図書館の門の入口の前にいたのならば、なかなか面白い光景を見ることができたはずだ。つまりは学校帰りの彼女を見たはずだ。
 そう、あれ。
 顔を真っ赤にして物凄いスピードで自転車をこいでいる女子高生。
 実は明日は彼女の18歳の誕生日。まずは1日早いけどお誕生日おめでとう。
 当たり前のことだが、何かが始まるのと同時に何かが終わるということがある。明日が彼女の18歳の誕生日ということは、当然今日が彼女の17歳最後の日ということになる。
 実はこのことが彼女が今懸命に自転車をこいでいる理由と関係がある。彼女はもしかしたらと思っている。もしかしたらそうなんじゃないかと思っている。
 彼女は市立図書館の自転車置き場に自転車を止める。あ、危ない。転んじゃった。気をつけて。彼女は慌てて立ち上がったが、膝を擦りむいている。早くバンドエイド、バンドエイド。うん、それでいい。そんなに慌てないで。大丈夫。まだ、5時を少し過ぎただけだから。6時の図書館の閉館までにはまだ時間があるから。
 しかし彼女は急いで入口の自動ドアを抜け図書館に入っていく。向かうは国内の小説のコーナーの棚。彼女が命名したところによる「市立図書館鎮守直廊」。そこにある一冊の本を彼女は目指している。その本を彼女は手に取らなければならない。どうしても。
 なぜなのか。
 その説明をするためにここで時間は1ヶ月前にさかのぼる。
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