飽食紀
文字数 6,351文字
白亜紀の空は明るい。仮に花曇りの日であっても、空気を構成する原子の透過度は高く、成層圏から大地へと真に平等な太陽光を通している。視界を遮るものは、もはや蜃気楼のような微塵のみ。
刺すほどに白い陽光を全身に浴びながら、2頭の
そんな中、
種族の誇りである2本の巨大な角を眉間に掲げたトリケラトプスは、先ほどから、食事を中断したまま難しそうなまなざしを彼方へと馳せさせている。森や丘としか表現しようのない普遍的な遠景を、殊更に
そうして、かたわらで一心不乱に草を食んでいるスティラコサウルスへと呼びかけている。この、まるで
わずかに顎を仰がせ、トリケラは呆れたような仕種。それから、いまだ視線を大地に埋もれさせたまま食事に没頭しているスティラコを見た。
気怠そうに言うと、
すると、トリケラの言い終わりを待たず、スティラコは顎を大地に落とした。
すると、トリケラの言い終わりを待たず、スティラコは尖った口を開いた。
すると、トリケラの言い終わりを待たず、スティラコはシダを頬張った。
そう言ってトリケラ、う、うん──喉の調子を整え、内緒話の抑揚を絞り出した。
全長1mの肉食竜、ヴェロキラプトル。とてもイタズラ好き、なおかつ身軽なため、トリケラやスティラコなどの鈍重な恐竜からは大いに嫌われている。
ちなみに「レックス」とは、言わずと知れた「Tレックス」のこと。ラプトルなど足もとにもおよばない。
カスモサウルス──角の性能こそトリケラやスティラコに劣るが、彼らもまた気高いフリルを持つ角竜。
呆れながらトリケラは言う。
Tレックスといえば全長15mにもおよぶ暴君竜。太刀打ちできる相手ではなく、ゆえに、トリケラもスティラコもオアシス選びには慎重である。
このオアシスはわりと安全地帯にある。しかし、植物がなくなれば必然的に別のオアシスを探さなくてはならない。暴飲暴食のかぎりをつくすこの兄貴をちらと睨むと、首を傾げ、ぼごッと関節を鳴らしてからトリケラは言う。
2頭の足の裏にかすかな震動があった。どこかで火山が噴いたようだが、特に音らしい音は聞こえず、どうせ日常茶飯事でもあるので2頭とも気にしなかった。
う、うん──ふたたび喉を整えるトリケラ。
トリケラ、大きな溜め息を吐くと、今度は子供に教え諭すような抑揚。
喉笛をひと噛みにされて無惨に散った。だからと言って弔い合戦に
はるか上空をテラノドンの群れが旋回している。向かいの丘に獲物がいるとわかる飛び方。
いつの間にか、わずかに太陽が黄色い。
が、どちらを気にすることもなくトリケラ、
白亜紀の前をジュラ紀という。その前を三畳紀といい、その前を二畳紀、さらには石炭紀、デボン紀、シルル紀、オルドビス紀、カンブリア紀という。この推移だけで数億年もの時間が流れている。
進化もやむなしの悠久の刻が、今、まばゆい太陽に
肩で息をしはじめるトリケラ。
すると、ごええっと長いゲップを垂れ、ようやくスティラコが首を起こした。
ここで、トリケラはまたも難しそうな顔をする。
スティラコにうながされると、わずかに頭をうつむかせるトリケラ。
ふたたびの溜め息を吐くと、やからな?──前置きしてからトリケラは言った。
するとスティラコ、なんや最初からそうゆえや──つぶやいてシダを食んだ。そんな兄貴を横目に、しばしばと瞼を瞬かせ、やはり呆れるトリケラ。
ぜぇぜぇと息を荒げ、トリケラは2歩、3歩と地団駄を踏んだ。とたん、湿気を帯びた土がぬちゃぬちゃと音を
角の根もとに
すると、スティラコはまるで避けるようにして頭をトリケラから離す。座った視線で彼の双角を睨み、やや間をあけてから、
まるで
ぽかんとするトリケラ。
ゆっくりと、しみじみと、スティラコはつづける。
そしてシダの葉を何枚かひと息に食む。もちゃもちゃと咀嚼音を立てながら、
おもむろに快晴を仰いだ。相変わらず、ぐるぐるとテラノドンが旋回している。どうやら
ぽかんとしたトリケラ、いまだ角の間に深い皺を浮かべたまま、
投げ捨てるように言う。
共感を求めるトリケラに、しかしこの兄貴はフリルを傾げることなく、むしろ憐れむように言った。
づッと鼻を
いつの間にか、丘の中腹にパラサウロロフスの群れがいた。誰もが微動だにせず、背後に長く伸びている後頭部を同じ角度にし、一団となって西の地平線を見つめている。太陽を拝んでいる。
もう、1日が終わる。
白から黄色、そして赤くなっていた太陽が容赦なくこの兄弟を染めている。やはり原子の透過度は真に平等か、彼らのみならず、あらゆる営みを思惑どおりに赤く染めあげている。
とはいえ、それも間もなく闇色に染まる。まるで、
まるで終焉のように。
気抜けしている弟分に一瞬だけ視線を馳せると、スティラコはふたたびうつむき、これも摂理の一部であると言わんばかりにシダを食んだ。
静寂に、草いきれの咀嚼が蘇る。
途切れないのは悠久の季節のみ。
終焉のように、穏やかなる悠久。
しかし、
その価値は決して語られまい。