第20話 2人の説得

文字数 1,609文字

 ビリーから預かった、子どもの教育用の冊子。

 いえ、教育用の教材は貴族の……領主の屋敷から出て来てもおかしくはないわ。
 だって、貴族は学校に行かず家庭教師から勉強を習う。
 王宮で働く為に、王立学園に入学することはあっても最低13歳くらいまでは、家での勉強になるのだもの。
 
 だけど、この冊子。
 私はこの冊子を子どもの頃、イヤという程見ている。なじみのある冊子だわ。

 ここの領地は単体であれば広さからいって、せいぜい子爵男爵領程度。
 下位貴族のお屋敷から出て来て良いものでは決してないのよ。

 ビリーから預かった冊子をケイシーに渡し、人に見られないようにカバンに入れてもらう。
 さてあの2人は? と見渡すと、執務室から出てすぐのテーブルに、ドムとヘンリーはいた。
 メリーおばさんが、起きてくる子ども達の為におやつを用意しているのかテーブルの上にはお茶の用意とビスケットが置いてある。

「ヘンリー。あなた来週から学校に行ってちょうだい」
 私はヘンリーを見るなり、そう言った。
 説得なんかしない。選択肢もあげないわよ。
「はぁ? ここに先生が来てくれるんじゃないのかよ」
 ヘンリーは、疑問をそのまま私に投げつける。
「違う違う。上の学校。あなたとドムは、王都の学園に入って騎士か兵士を目指すの」
 私がそう言い切るのと同時に、ドムが乱暴に席から立ち上がった。
「何勝手に決めてんだよ。ざっけんのも、たいがいにしろ」
 そう言い捨てて、ドムはヘンリーを連れ、ドアの方に向う。
 ドムは、がまんしてここにいたのだろう、もうやってられるかって感じだわ。

孤児院(ここ)を出て行ってどうするの? また、元の生活に戻る?」
 2人の動きが止まった。いけるかな?
「元締めは、捕まえたし。今度、犯罪を犯したらあなた達も罰することになるわよ?」
「お……脅しになんか」
 ヘンリーが少し震えながら言う。その目には、不安の色が見えた。
「脅しじゃ無いわよ。今回、あなた達が罪を問われなかったのは、元締めに利用されていたからだわ。だけど、保護を拒んで自分の意志で犯罪行為をするのなら、処罰するしかなくなるの」
 私はため息を吐きながら、そう言った。そんな事は、したく無いけどせざるをえなくなる。

「他所の領地にでも、行くさ」
 ドムがそう言った。
 無知にもほどがあるってものだわ。仕方が無いのかもしれないけど……。
「あのね。領民が勝手に領地の外に出れるわけないでしょ? 商人たちだって、許可をとって移動しているの。だいたい、他の領地に入るのに身分を証明できるものも無いでしょう?」
 私がそう言うと、ドムがうぐっていう感じで黙り込んだ。
「たとえ不正に他所の領地に潜り込めたとしても、見付かったら処刑されてしまう事もあるのよ。密偵とか、暗殺者として」
「俺たちは、そんなっ」
 ドムたちは、焦って言っているけど……。
 貴族の社会は、綺麗なものじゃない。相手を殺してでも、地位や名誉を手に入れたい人達は大勢いるわ。
 そして、本当に暗殺者が領地内に潜んでいたりすることもある世界なの。
「そうで無くても、不正に入り込むこと自体が犯罪だわ。そして犯罪者に対してどういう処罰をあたえるのかは、領主の裁量によるの」

 なんだか、可哀そうなくらい。顔色が悪くなってしまっているわ。
「学園に行っても、必ず兵士にならなくても良いのよ。卒業すれば、出自は関係無くなるし。兵士になっても、訓練の後、希望すれば、辺境警備の兵士としてこっちに戻って来れるかもしれないわ」
「そう……なのか?」
 ドムが訊いてくる。
「そうよ。今だって、元領民の兵士が多いもの」
「ヘンリーは、上の学校に行くとして、俺は?」
「今年の受験に間に合わせたいから、私が教えるけど?」
 えへんっていう感じで、言ったら、2人がありえないくらい驚いた顔をした。
「おまっ。勉強できるのかよ」
 失礼しちゃう。
 王太子殿下の執務室で働けるくらいには、出来るわよ。
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