【恋愛】優しい言葉
文字数 1,606文字
とある土曜日のお昼に、オフィス近くの公園でバーベキューを開いていた。部署内の有志が集まった「お疲れさま会」という名の親睦会だ。心配された雨も降らず太陽が元気に輝き、新緑の葉掠れの音が心地いいBGMになっている。
私、高井カオリは、同僚の大野スミレと一緒に座り適当に焼き野菜をつついていた。そして左隣には、後輩の木崎ショウ君。先輩に焼きたての骨付きカルビを勧めながら「やっぱり自分、晴れオトコみたいです」と楽しそうに歓談している。
彼はオフィスでも私の左隣に席がある。私は部署内のサポート事務をしているので接点がないわけではないけれど、特別仲がいいわけでもない。今日はせっかくの自由席なのだから、別の人と相席した方が楽しめるだろうに。
いや、違う。社内のアイドル的存在な木崎君のことだから、虎視淡々と会話のチャンスを狙うファンからのアタックを避けるため、人畜無害な私をあえて隣に選んだに違いない。爽やかな顔して、割としたたかなのかも。そんなことを考えながら、かぼちゃをグリルに乗せた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけば午後3時を回るころ。準備した食料はほぼ食べきり、お酒も在庫が尽きかけた時点で、部長から声が掛かった。
「はーい、ちゅうもーく。そろそろ片付けに入りまーす。焼きおにぎりとデザートがあと少し残ってるので、みなさん全部食べきっちゃってくださいねー」
その手には缶ビールが握られているものの、朗らかな様子はさながら歌のお兄さんだ。
「焼きおにぎりもいいけど、デザートのシフォンケーキも捨てがたいなー」
スミレは仰々しく腕組みをしながら、ラストの一品を決めかねている。「一緒に迷おうよ」と誘われたが、満腹なので断った。しばらくしてから焼き醤油の香りに引き寄せられていった彼女を見送り、私はゴミ袋を探しに席を立つ。おにぎりもシフォンケーキも、見たところ人数分は残ってなさそうだった。お酒は飲んでいないし、掃除は得意だし、誰よりも早く片付けられるはずだと思った。
「高井さんは、どっちにしますか?」
「っ?!」
背後から急に声をかけられ肩が震える。振り返ると、木崎君が立っていた。
「驚かせてしまってすいません」
「いえ、大丈夫です」
そこで私が無言になると、彼は「どちらが食べたいですか」と聞き直してくれた。
「ああ、最後の一品のことですね。私は大丈夫です」
「それじゃあ、ちょっと待っててください」
全く見当違いな返事が聞こえた気がする。大丈夫、じゃなくて「いらない」と答えるべきだったのだろうか。これまで意志の疎通に困ったことはなかったけれど、これがいわゆるジェネレーションギャップかもしれない。ほんの3歳差だけど。軽くため息をつきながらテーブルの上のゴミをまとめていると、またも突然、背後から声が飛んできた。
「お待たせしました」
振り返ると、紙皿に乗ったシフォンケーキが目の前に差し出された。一切れを2等分してあり、片方だけホイップクリームが大盛りで彼の方に寄せてあった。
「はんぶんこしましょう」
はんぶんこ。知ってはいたけど、使わない単語として頭の奥に隠れていた優しい言葉だった。しみじみと目の前のケーキを見つめる私に、彼は言う。
「あ。高井さんもクリーム多めがよかったですか?」
「いや……」
斜め上を行く質問に口元が緩みそうになり、咄嗟に手で口元を隠した。
「全然隠さないでいいと思いますよ」
私だけに向けられた微笑みがそこにあった。赤らんだ顔を見られたくなくて、俯きがちにケーキに手を伸ばす。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ。美味しいですもんね。このケーキ」
このありがとうは、ケーキだけじゃないです。フォークをさしてケーキを持ち上げると、柔らかなクリームがとろけて流れた。はんぶんこ、悪くないかもしれない。
私、高井カオリは、同僚の大野スミレと一緒に座り適当に焼き野菜をつついていた。そして左隣には、後輩の木崎ショウ君。先輩に焼きたての骨付きカルビを勧めながら「やっぱり自分、晴れオトコみたいです」と楽しそうに歓談している。
彼はオフィスでも私の左隣に席がある。私は部署内のサポート事務をしているので接点がないわけではないけれど、特別仲がいいわけでもない。今日はせっかくの自由席なのだから、別の人と相席した方が楽しめるだろうに。
いや、違う。社内のアイドル的存在な木崎君のことだから、虎視淡々と会話のチャンスを狙うファンからのアタックを避けるため、人畜無害な私をあえて隣に選んだに違いない。爽やかな顔して、割としたたかなのかも。そんなことを考えながら、かぼちゃをグリルに乗せた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけば午後3時を回るころ。準備した食料はほぼ食べきり、お酒も在庫が尽きかけた時点で、部長から声が掛かった。
「はーい、ちゅうもーく。そろそろ片付けに入りまーす。焼きおにぎりとデザートがあと少し残ってるので、みなさん全部食べきっちゃってくださいねー」
その手には缶ビールが握られているものの、朗らかな様子はさながら歌のお兄さんだ。
「焼きおにぎりもいいけど、デザートのシフォンケーキも捨てがたいなー」
スミレは仰々しく腕組みをしながら、ラストの一品を決めかねている。「一緒に迷おうよ」と誘われたが、満腹なので断った。しばらくしてから焼き醤油の香りに引き寄せられていった彼女を見送り、私はゴミ袋を探しに席を立つ。おにぎりもシフォンケーキも、見たところ人数分は残ってなさそうだった。お酒は飲んでいないし、掃除は得意だし、誰よりも早く片付けられるはずだと思った。
「高井さんは、どっちにしますか?」
「っ?!」
背後から急に声をかけられ肩が震える。振り返ると、木崎君が立っていた。
「驚かせてしまってすいません」
「いえ、大丈夫です」
そこで私が無言になると、彼は「どちらが食べたいですか」と聞き直してくれた。
「ああ、最後の一品のことですね。私は大丈夫です」
「それじゃあ、ちょっと待っててください」
全く見当違いな返事が聞こえた気がする。大丈夫、じゃなくて「いらない」と答えるべきだったのだろうか。これまで意志の疎通に困ったことはなかったけれど、これがいわゆるジェネレーションギャップかもしれない。ほんの3歳差だけど。軽くため息をつきながらテーブルの上のゴミをまとめていると、またも突然、背後から声が飛んできた。
「お待たせしました」
振り返ると、紙皿に乗ったシフォンケーキが目の前に差し出された。一切れを2等分してあり、片方だけホイップクリームが大盛りで彼の方に寄せてあった。
「はんぶんこしましょう」
はんぶんこ。知ってはいたけど、使わない単語として頭の奥に隠れていた優しい言葉だった。しみじみと目の前のケーキを見つめる私に、彼は言う。
「あ。高井さんもクリーム多めがよかったですか?」
「いや……」
斜め上を行く質問に口元が緩みそうになり、咄嗟に手で口元を隠した。
「全然隠さないでいいと思いますよ」
私だけに向けられた微笑みがそこにあった。赤らんだ顔を見られたくなくて、俯きがちにケーキに手を伸ばす。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ。美味しいですもんね。このケーキ」
このありがとうは、ケーキだけじゃないです。フォークをさしてケーキを持ち上げると、柔らかなクリームがとろけて流れた。はんぶんこ、悪くないかもしれない。