連絡をください

文字数 715文字

 スマートフォンが鳴った。
 例のごとく母だが、いつもはかけてこない時間に胸が騒ぐ。
 平日の昼間。
 まだ就業時間中で、やっと昼休みになろうかというころ。
「もしもし、どうしたの?」
「大変なのよっ!」
 母の声が焦っている。
「お父さんが倒れちゃったの!」
「えっ!」
「出先でね、急に気持ちが悪いって、倒れちゃったんですって!」
「それで、今どうしてるの?」
「ICUに運ばれたって。あんた、すぐに来なさいっ!!」
「どこのICU?」
「ICUって言ったら、ICUでしょっ!ほら、皇族のコが卒業したとか言う。とにかく急いでねっ!」
 プツ。
 母よー!!
 それは、国際(I)基督教(C)大学(U)ー!!!

 などと言っている場合ではないので、部長に急いで半休を申請してから会社を飛び出した。

 パスケースを取り出しながら、頭を巡らせる。
 倒れた理由は、3か月後にステントを入れる予定だった、心臓の可能性が高いだろう。
 持病のことを、父は告げることができただろうか。
 軽い買い物くらいの「出先」ならば、お薬手帳やらなにやらは持っていなかったかも。
 従兄から紹介してもらったかかりつけ病院は、市外だ。
 搬送先に選ばれているとは考えにくい。
 実家近くの、ICUがあるふたつの大病院、そのどちらに先に行くべきか。
 「いやよ、あんなもの。使い方わからないし」と言う母に、携帯電話を持たせなかったことを、これほど後悔したことはない。
 こんなとき、手にしているスマートフォンはただの板でしかない。
 病院に問い合わせをしても個人情報が邪魔をして、教えてはくれないこのご時世。
 もう一度、電話をくれないだろうか。
 これほど母の電話を待ちわびたことはない。
 お母さん、あなたは今、どこにいますか。
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