三限目

文字数 944文字

「あ、おはようございます……」

ゴミ出しのためにマンションのエレベーターを降りると、エントランス付近で住民の母親達が朝からたむろしてペチャクチャと話している場面に出くわした。
由紀子はギュっとゴミ袋を握りしめて出来るだけの愛想で挨拶する。

「あぁ、おはよう」
「どうも~」

母親達はチラリと由紀子の方を見て片手間に挨拶すると、すぐに満開の会話会場のような場に戻る。由紀子はその横を気まずそうにそそくさと通り過ぎると、ゴミを迅速に投げ入れ、またそそくさと横を通ってエレベーターに乗り込む。

扉が閉まって上に向かう刹那の瞬間、先程まで全く向けられていなかった母親達の興味の視線が自分に向けられていることが分かる。
由紀子は気づかない振りをして上に向かったが、たまらなくあの瞬間が嫌なのである。

たむろして話すのは、よその家の母親の確証もない噂話。コソコソ話してケラケラ笑って「社交」の科目が上がるなら、由紀子はいつもこんな科目いらないと思ってしまうのだ。

それは「対外活動」においてもそうだ。
対外活動とは主にPTA等の活動を指すが、由紀子はこのPTAが大嫌いであった。

【Parent-Teacher Association】

親と先生の会……と言うが、果たして本当にそうだろうか、と最近の由紀子は疑問だった。役員の押し付けから始まり、「子供の教育のため!」を免罪符に先生に対する無理難題の押し付け、平日休日問わずの呼び出し活動……。

由紀子は息子のために一年間役員を努めてみたが、その間に新人教師は度重なる親からの要求により鬱で休職。由紀子自身もストレスから円形脱毛症となり、終いにはバザー活動の最中に倒れて運ばれ、そのまま役員の座からフェードアウトした。

その二教科の赤点により、由紀子は総合判定Eを喰らっていたが、どうしても自分が「良い母親」になるためにそれらの行動が必要とは思えず、改善しようという行動が起こせなかった。

もちろん瑛太や誠一は「外に出て点数を稼げ!」「ご近所付き合いをしろ!」と冷たい怒号を放ち続けたが、由紀子は「その分、他の教科で頑張るから……!」と言って聞かなかった。

そうした攻防を繰り広げながら時は過ぎ、11月22日いい夫婦の日、由紀子は近くの公民館に母親共通テストを受けに行った。

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