第三二話 苦戦の新ブランド
文字数 3,428文字
店頭で手に取ってくれる人の数は、今まで販売してきた武具のなかでは一番なんですよね。普段は剣を持たない人でも簡単に扱える軽さにまずは驚いて、剣をしっかり握りしめると、封じ込めてある魔力の高さも感じ取ってもらえます。だから皆さん、欲しがるんですよ。でも、悩んだ末に『また今度』ってなってしまいます……。
魔法剣のなかではかなり安くしてるはずなんだよな。それに素材も、封じ込めている魔力も当たり外れがなくて、製品としてバラつきがない。そのあたりは商品説明文でもしっかり謳っているし、安心してお金を出してもらえるはずなんだがなぁ。
まぁ、魔王討伐に派遣されたアタシらだって、兵士と似たようなもんだったろ? 可能な限り国力を削がずに、アタシらを送り込んで、ゲリラ戦まがいの奇襲を仕掛けて一気に魔王軍を突き崩したわけだ。
そのアタシらに対する財政支援だって、1000人の訓練された兵士や魔導師の軍団を組織して魔界に送り込むよりも遥かに軽く済んだはずだぞ。仮にアタシらが途上で死んだって、魔王軍に打撃を与えられれば役目は果たせたわけだな。
王国兵だけでも2000人いるのよ。そんな駒に、わざわざ魔法剣を配るものですか。せいぜい庶民より優れた装備、かつ駒としての能力を最大限に引き出しつつ、全体的な指揮統制が取りやすくて、コストが安く済むところ……やっぱ、それなりの品質保証された鋼鉄製ロングソードあたりが落としどころよね。モンスターや野党討伐なら、それで十分すぎるでしょうし。
いいよ、俺はそれで。捨て駒だろうと国家公務員だからな。
安定して高めの給料が保証されるし、将来の年金だって庶民よりマシだ。夢や理想に目をつぶれば、俺程度の男には悪くない選択肢なんだよ。俺の実力で職業冒険者にでもなったら、いつか命を落とす可能性だってあるしなぁ。
戦士さんは、冒険者としての実力は備わってると思いますよ。たくさんの実戦に参加してきたので、誰よりも戦闘経験を積んできてます。うちのパーティーの僧侶さんや魔法使いさんみたいな人類有数の実力者と比較しちゃダメだと思うんですよ。
その通りだ……。どうしても俺は剣を振り上げると、相手の人生とかに思いを馳せちまうんだよな……。それがモンスターであって、俺が襲われる側だったとしても、今までの人生に色々なものがあっただろうなと考えちまうと……。
ただの奇跡さ。
とにかく、俺には職業冒険者なんて無理だってことだ。しかも冒険者っていうと聞こえはいいが、要するにホームレスみたいなものだからな。毎日のように野っ原で寝て、ダンジョンで悪戦苦闘して、それだけの果実が得られるかどうかはわからない。生涯の平均値でみれば、王国兵のほうが遥かに収入を得ることになるだろうよ。
掛かるコストは製造原価だけじゃない。広告費、販売人件費、輸送費、管理費、何かあった場合の補填……色んなコストが乗っかっているものだ。魔法剣スリーパーなら、ざっと1本につき2万Gくらいの粗利を見込んでおいて、ようやくトントンじゃないか。だから9万G前後が価格改定の限界だと言ったんだよ。
それと、アタシら自身が管理してるから見えないコストだけど、泥棒対策なんかも普通は必要なんだろうな。『ドリームアームズ』って、今では結構びっくりするような商品が並んでたりするしさぁ。戦闘に慣れた守衛を常時張り付かせておかないと危険だよ。
はぁ……。こういう話をしてると、たかだか9万8000Gの魔法剣を欲しいのに買えない庶民どもが憎たらしく思えてきたわ。今度剣の前で悩んでいる客を見たら、思わずセラフィックヘブンを打ち込んでしまいかねないかも……。