第16話

文字数 810文字

「それから四日経ったある日のこと。時刻は15時。
 ドロシーが三階の支度部屋へ行くと、ミカエルとノーラが声を落として何事かをささやき合っていた。

『ドロシー、都で起きた誘拐事件を知ってる?』
 ミカエルの言葉にドロシーは『ううん』と首を横に振りながら、いつものように席にちょこんと腰かけた。
 
『アドルフという若い男の人が、ある夜、何者かに連れ去られたんだ。今からひと月も前のことだよ。犯人も、その男の人もまだ見つかっていないんだって』

 聞いた途端、あの伸びてくる手の記憶が戻ってきてしまい、ドロシーは『えっ』と素早く首を引っ込めるようにした。
 ミカエルは注意深くその先を続けた。

『これはまだ村の一部でしか噂になってないんだけど、何でもそのアドルフって人は都で一番の学校に通っていて、卒業したらすぐに王様の忠臣に迎えられる、と評判だったそうだよ』

『優秀な方だったのね』うっとりとするノーラの瞳は、すでに都に向いていたかもしれない。
 さらにミカエルが言うには。

『誘拐が起きた下宿の向かいに新聞屋さんがあって、その店主が夜中、事件の一部始終を目撃したんだって。その手口といったら鮮やかだったそうだよ。

 人っ子一人いなくなった通りの向こうで物音がするので、店主はベッドから出て、雨戸を開けてみたんだって。

 アドルフさんの部屋は二階にあったそうで、目を凝らしてよく見ると、そこから毛布に包まれた何かがどすん、と石畳みの上に落とされた。

 そして、時間も立たないうちに誰かが外に出てきて、その何かを荷馬車に放り込むと、すぐさま馬を駆って、都の外へ行ってしまったんだそうだよ』

 ノーラは口に手を当てて、ミカエルの話に聞き入っている。ドロシーは込み上げる嫌な予感を押し殺し、友人の次の言葉を待った。

『翌日、憲兵やら青年団やらが集まり、下宿付近は大騒ぎになった。すると、調べを進める中、出てきたんだって。この前ここで、みんなで見たあの紙切れが』」
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