第2話 日の当たる場所

文字数 3,317文字

あれから幾らかたった日 、いつもの様に出来たての朝ごはんの香りがしてきた。けれど僕の足が階段を降りる事は無くなっていた。
また、僕は引きこもった。
別に何かをされた訳ではなかったのだけれど、少し心を開きかけた事が何となく嫌に思えてしまった。後ろめたさが僕の肩を掴んでくるような、そんな思いに。
そうして距離を置いて2日、3日としているうちにもう、彼女らと声を交わらせる自信が無くなった。また、僕は失敗している。これが良くない事も分かってる。きっと、毎日笑顔で挨拶をして学校へ行って、その日あったことでも話せばきっと、きっといいのだろう。けれどそれは僕とは無縁だと心でドアに鍵をかけた。
一時は人ではない彼女となら友達にとさえ思った。
でも違う、そんな少しの気の緩みが、きっと何か得体のしれない悲しい出来事をつれてやってくる。そんな気がした。
だからまた、僕は引きこもった。
2人は、無理に関わろうとはして来なかった。毎日彼女がドア下に手紙を入れてくるが、それを見ることもなかった。それを散策してくることも無い。優しさなのかもしれなかったし、結局他人の僕との距離なのかもしれない。わからないけれど。毎日毎日舞うホコリをみて、床を這うアリを見るだけの日々をおくっていた。
今日までは。
それはまた、雷のように突然だった。ドアが音を立てて独りでに開いたようだった。僕は豆でも打たれたように目を丸くした。
「テルくん、ちゃんと話そう」その言葉を理解するまでに数秒掛かった。それから腕の鳥肌を撫でながら返した。
「なんですか」
「怒るよ」なんで僕が、怒られなければ、いや理由は沢山あるけれど。
それでも「何」と不器用な返事しか出来なかった。
彼女は足元に散らばった手紙を見てから僕の目を見据えた。
「何かあるなら言ってよ。 友達になるのが嫌だった? 私のお父さんに迷惑してる?」
「いや、そうじゃないよ。 なんか、俺なんかと関わってもいい事ないし、ほっといていいよ」
「よくないよ」彼女はすぐに返して、ドアを閉めてから僕の前にしゃがみこんで続けた。
「良くないよ。 どうして部屋にずっと閉じこもってるの? 独りが好きなの?」
僕は身体を起こしてからほんの少しだけ考えた。
僕は、1人が好きなのだろうか。それとも他人が嫌いなのだろうか。
、、、たぶん、両方だ。他人が嫌いだから1人が好きなんだと思う。そう思って、彼女少しだけ強い目を向けた。
「1人が好き」
「じゃぁ」と彼女は僕よりも早いボールを返してきた。
「どうしてそんなつまらなさそうな顔をしてるの。 人はね、好きなことしてる時は幸せな気分になって、楽しそうな顔をするのに、あなたは1人の時間を楽しんでるようには見えない」
僕は、何も言えなかった。
しばらくは、お互いに無言で。静けさが僕らの周りを歩き回っていた。
それに耐えきれなくなり、僕は恐らく言っては行けないかもしれないことを口走った。
「人間じゃない、君にはわからない」
彼女は驚いた様な仕草をした。それから、何かを言いたそうにして、諦めたように俯いてから「ごめんなさい、また。 良かったら来ますね」と、部屋を出ていった。
その横顔に何だか胸を締め付けられる思いがした。不思議と、好きだった母の顔が浮かんだ。
僕は、どうしたらいいのだろうか。何のために、どんな風にいいて行けば、何が正解なのか、正解が分かっても、それを選ばないかもしれない僕に生きている意味はもうないかもしれない。もう、全てに、ごめんなさい。生まれてきた事自体がきっと間違いだった。いっそ死んでしまいたいと思い始めた。
そんな支離滅裂な自暴自棄を繰り返してた。
僕の頬に、涙が滴った。それから数時間かけてゆっくりと枕が湿って行った。
涙もすっかり枯れ果てて、コオロギが鳴き始めた頃に、また彼女がやってきた。夕飯を持って。
「本当に、いつまでそうやってるんですか。 別に無理してまで私と友達にならなくてもいいし、ここが嫌ならお父さんに言ってあげるから」と、少し呆れたように、けれど優しく言ってきた。
僕は無言で1点だけを見つめていた。それから、「じゃぁ、ここに置いておきますから」と言って部屋を出ようとした彼女に、「ごめん」となげかけた。
彼女は半分出かけた身体を不自然に戻して驚いている様だった。
「あぁ、うん」そいって、部屋から出ていったを
相変わらずの暖かいご飯が、喉につっかえた。美味しければ美味しいほど、優しければ優しいほどに。
それからまた、ベッドに横たわりながら意味の無い自問自答をしていた。
その答えを教えに来たような重い足音がした。
少しずつ、近づいてくる。
そのあとで「葵くん」と、ドアをノックされて、「はい」と答えたところで怒られる気がして胸がなった。
「少しいいかい?」
「はい」
けれど入ってきた顔は僕を施設から連れ出した時と変わらない顔で僕の前に現れた。
「ここは、居心地が悪いかい」僕はどもりながら「そんな事ないです。すみません」と返した。
浅間さんはシワを作ってから僕に言った。
「明日、少し付き合ってもらえないかな? 合わせたい人がいるんだ」
「僕にですか? 学校とかですか」
「違う違う」とおどけてから雑に話を僕の部屋に散らかしてから出ていった。
僕に会わせたい人。もし、それが父さんだったら嫌だ。もしかしたら浅間さんは父さんの親戚で、だから僕を引き取って仲直りさせようと、、、。そんな事ないか、とため息をつく。
そもそも、僕は父さんと別に仲直りしなくていい。もっと言えばケンカしているわけじゃないし、ただあまり話したことなくて関わりずらいてだけだ。好き嫌いでいうならきっと向こうが僕の事を嫌っていたに違いない。母が死んでからまともに会話もしなかったし。1人でおかしくなっていったあんな人。
そんな事を思いながら今にも落ちきそうな天井を見上げていた。
そして、こんな僕の人生とは裏腹にいつものように2人の話し声が聞こえてくる。笑ったり、僕のことを、話していたり。この静かな部屋にそんな声たちはよくよく入ってくる。僕はいつもそれをバスの中から誰かを見ているような、そんな心持ちで聞き流していた。
また、1階から聞こえてくる。
「最近のテクノロジーて凄いね、エーアイでしょ? こういうの」どうやら、浅間さんが彼女に何かを見せているらしい。
「そうだね、最近は声だけでなんでも操作できるようになってくるからね」
「でもなんか、勿体ないね。 折角指が器用に動かせられて触れられるのに」
「そうだね、私も昔の不便な世の中のほうが好きではあるよ。 それにこの歳になると声をなかなか読みとって貰えなくてね」
「その時は私がテレビもエアコンもつけるよ」
2人の会話が、少し羨ましかった。気がする。
そんな気を晴らそうと、外を見る。
それは僕の気持ちとは関係なく、晴天だった。家の周りには草原の様な所や、林の様な所がある。そして底には僕が住んでいたようなコンクリートジャングルでは見られないような生き物が稀にいた。ウサギや、キツネみたいな。
そんな稀な生き物に混ざって、もっと稀なあのロボットが度々そこら辺を散歩していた。花らしきものを摘んでいたり、動物と遊んでいたり。絶対に介護ロボットには必要ないだろう行動を、彼女は好んで良くする。それが人間らしくもあり、より不自然にも思える。
彼女を見ていると、不思議に思うことが多くある、それを聞いてみたいと思うことも。
僕は2人の事を知りたい反面、それと同じくらい打ち解ける怖さを抱えている。
かといって自分でもこのままじゃダメだとは分かっている。でも変わらないことに甘んじている。
でも、僕の人生はまた、1つ小さな変化を見せることになる。明日、浅間さんに連れられてあの子に会うことで。
でもそのお陰で、彼女と本当に友達にもなれた。いや、これからなって行ける気がした。それまではまだ、不貞腐れたように2人の親子の様な会話を聞いているだけだった。
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