第7話 水葦竹の唄。

文字数 1,185文字

     *

 水葦竹(カラキナ)は沼沢地のほとりや低湿地に育つ。
 幼芽はぎうぎうにみっちり密集して生える。
 若いうちは食べても美味しいので、人間も獸も、せっせと群落の新芽を摘んで()む。

 夏を過ぎると幹は固くなるので、葉をとって汁物や炒め物にする。
 枯れてきた葉は掌型の小枝ごと外して。
 戸外に干しておくと虫よけになるし、
 冬には煮出せば風邪除けのお茶薬になる。

 秋の終わりに成長しきった水葦竹は、大人の背丈を超えるほどになる。
 枯れ始めたら、風がよく通るよう間引く。
 間伐した未熟材は冬の北風囲いにしたり。
 細かく砕けば、手ごろな焚き端になる。

 冬の終わりには、まっすぐに硬く乾いて。
 真ん中に一本孔のあいた便利な(くだ)になる。
 軽くて丈夫で腐りにくい。
 色々に加工して利用できるし。
 とても良い交易品になる。

     *

大地の背骨(マドリアウィ)山脈の南麓の乾燥地帯に続く急峻な崖地では。
 毎年これを輸入して、山腹から真清水を運ぶのに使う。
 春の初めの野良仕事がまだ始まらない涼しい季節に。
 一本一本は中空で軽いとは言え、嵩張るほどの大量の束にすればかなりの重さになるその水葦竹を。
 担いで山腹を登る、出稼ぎ人足たちの姿が、当地の春を告げる風物詩となる。

 山麓の乾燥地帯に至る街道筋の邑や街は。
 それぞれ山腹の美味しい湧き水や滝壺から、水葦竹(カラキナ)の中空の道を継いでいる。
 一番上を水源にひたし、そこから流れ出る水を乾いた水葦竹の中空孔を通し。
 反対側の細い端を次の水葦竹の太い端に射し込んで。
 隙間がはずれたり、虫や枯れ葉が紛れ込んだりしないよう、しっかりと長水草の鞣し帯(ハナシャリシバ)で巻き留めて、樹脂や膠で固める。
 長く長く、所によっては何十本もをまとめた束を、何百本間もの長さに繋いで。
 山麓の砂地の街には、途切れることなく清い山水が(…途中で温くなってはいるが…)届く。

 この水葦竹の管理や補修のために自然にできた踏み分け道が。
 やがては便利だというので、主要な交易路として使われるようになった。
 水葦竹の管の束の日陰を歩く道は涼しい。
 そして、常に、『 歌 』が、聴こえる…

 旅人らや交易商人たちは。
 山を踊り下る道に沿って水葦竹のせせらぐ音(ミナミ・カラキナエリ)を…
 『 歌 』と呼んで、尊んだ。

     *

 同じような水管路は、数は少ないが山の北西側にも、いくらかは作られた。
 こちらは夏の間も冷たいままの山清水が山麓まで届くので、白皇街道を行きかう人々には心の底から歓迎された。
 しかし冬が来ると凍って止まり、管もすべて割れてしまう。
 そうなると、人々は諦めて、積もり始めた雪を融かして、飲食や行水に使う。
 春になって残り雪が濁り始めた頃に…
 再び、新しい水葦竹が届いて、水管が補修された時の。
 春一番の山清水の訪れは…
 広く、ひとびとの寿ぎ唄の題材に使われるほど…

 やはり、水葦竹とは、『 歌 』の源流なのであった。





 
 
 


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