第4話

文字数 964文字

 腹が重い。俺はガニ股でよたよた歩いている。もともとガニ股気味ではあったが、その比ではない。体全体のバランスが崩れるような重みに耐えているのだ。

 俺は、妊婦にされた。

 重い腹を抱えてのそのそ歩いていると、後ろから歩いてきた奴に追い越しざまにぶつかられる。舌打ちされる。中には追い抜きざまに尻や胸に触って行く奴までいる。
 一度、抗議したら「あぁ~ン? なんもしてねぇよ」と抜かし、「デカい腹しやがって」と、俺の腹を蹴っていった。周りの奴は知らん顔だ。「妊婦は家で大人しくしてろよ」と誰かが小声で言うのが聞こえた。

 こんな映画もゲームもないはずだ。

 これは

だ。この国の。日本の。

「おい! ふざけるな! 映像コンテンツの精神的影響についての実験だろう! こんなコンテンツ、そもそも存在しないはずだ!」

 ――反応がない。
 あれ? あの女科学者だか医者だかの反応がない。
 おい、どうした!?
 待て待て待て。おい、困るぞ。無視すんな! 放置すんな! 返事をしやがれ。おいっ! おいぃぃぃぃいっ!

 ガタン、バタンという音と、「触らないでよ! 何もしてない!」という声が聞こえた。

 ◇    ◇    ◇

 俺は今、病院の一室にいる。
 とぎれとぎれの記憶の中に、警察がやってきて女科学者が逮捕された瞬間だとか、担架に乗せられたような記憶だとか、別な男の医者が診察や検査をしてくれたりだとか、断片的なシーンがごちゃ混ぜになっている。
 あの変な治験は終わったようなのだが、嬉しいとか解放されたという感覚はない。逮捕の瞬間、あの科学者だか医者だかが、俺に向かって最後に叫んだ言葉が原因だ。

「あんたがこれから生む子は、あんたはみたいな人間に成長するの! そうしてあんたは、母親として罵倒されるのよ、世間から!」

 どうせ、この治験が終われば関係ない――最初は、そう思った。が、治験の真最中に彼女が逮捕されたことで、俺のこの症状は制御不能になり、完全に停止することができなくなってしまったのだ。

 俺の方を見て、ヒソヒソと話をしている奴らが見える。あれは、幻覚か、それとも現実なのか。

「あの人が生んで育てた子供が、なんでもヒドいものを作って広めているらしいのよ」

 ああ、拡張知覚現実(オーグメンテッド・パーセプション・リアリティ)がもたらす、幻覚の方だったらしい。

 俺の未来は、果てしなく暗い。

(終わり)
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