第3話

文字数 844文字

「ねえ、その大和さんって人。私と入れ替わりで、A市に行った人?」
通りかかった安藤さんが、話に加わってきた。
「そうだけど。大和がどうかした?」
田中さんが問い返す。
「私ね、お休みのあいだに、A支社の友達とお茶したのね。それで、最近みんなどうしてる?って話になったんだけど。彼女の話では、私の代わりに新しく来た大和さんって人は、全部自分で雑用までやっちゃってて、何かを人に頼むとこを見たことがないんだって。ある時なんて、すごく忙しそうにしてたから、見かねた庶務のコが『何かお手伝いしましょうか?』って声をかけたのに、そっけなく『大丈夫です』って断ったんだって。さっき聞こえたのと、全く逆の対応だから、同姓の別人かとも思ったんだけど『大和』なんて、滅多にない名字じゃない?田中さんみたいにありふれたのと違って」
 
「ありふれたは余計だよ…否定はできないけどな。けど全く真逆だな。こっちにいた時の大和は、毎日なにかしら立花さんに頼んでいたからな。それこそ罰ゲームか?と思っちゃうくらいに。なあ立花さん」
「あ~。確かに頼まれてはいましたね。さすがに罰ゲームとまでは、思いませんでしたが。ん~『本日のミッション』とは思ってましたね。終わったら『ミッションクリア』みたいな。それはそれで楽しめましたよ」
 
「ミッションクリアか。なるほど、そういう考え方もあるな。おっとミーティング、始まってしまうな。立花さんコピーありがとう。安藤さんもミーティング、出るんだったよな。そろそろ行こうか」
「了解。じゃあ行ってくるね、立花さん」
「いってらっしゃい」
二人を見送った私は、その足で廊下の先にある非常階段の扉を開け、五月の爽やかな陽ざしの下に出た。
 
(人に頼みっぱなしの大和さんと、何ひとつ頼まない大和さん。どっちが本性かはわからないけれど。それでも、いろいろと頼まれてたのは楽しかったわけで。…いつでも戻ってらっしゃい!また、ミッションクリアしてあげるから!!)そう心の中でつぶやいて、ひとつ大きく伸びをした。
 
 
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