第1話 「美月のあ」狙われる!
文字数 1,630文字
「“のあ“が来た!」
ごった返すような人混みの中で誰かが大声で叫んだ。すると、まるであらかじめ決められていたかのように、人垣がザザーっと円を十重二十重 に描くように広がり、その中心に銀色のマントを羽織った少女が片膝をついてポーズを取っている。
「おお、今年は『宇宙少女ソラ』だっ」
「さすが美月 のあ、かっけー!」
そんなざわめきとともに、人垣の円の中心にいる『宇宙少女ソラ』に向けられたカメラのシャッター音が、まるでロック音楽のように鳴り止まない。
今、巷で絶大な人気の少女向けアニメ「宇宙少女ソラ」の戦闘服をまとい、銀色の髪をした「美月のあ」が輪の中心でスッと立ち上がるだけで再びシャッター音が鳴り止まなくなる。いろんな方向から「のあちゃん、目線ちょうだーい」と声がかかり、「美月のあ」はポーズをとりながらカメラへのサービスに余念がなかった。
ご存知のようにコミケブームはすっかり社会に定着し、ここ江戸川ビッグアーチで毎年開かれるコミケも大変な盛り上がりとなっていた。そして会場外にはここぞとばかりに、さまざまなコスプレイヤーたちが集まってくるのだが、「美月のあ」はその中でもとびきりの人気を誇っている。彼女——おそらく——の年齢や本名は明かされていないが、ほぼ完璧に近いコスプレと大きな瞳の愛くるしい笑顔が人気であり、非公式ではあるがファンクラブも存在する。
さて、吸い込まれるような青空の下、「美月のあ」が観客たちに頼まれてツーショット写真などを撮影していたときのことだ。のあを取り囲む群衆の中から眼鏡をかけロングコートを着た中年の男がじわじわとのあに近づいてゆく。右手はポケットに差し込まれており。そして、のあまであと2メートルとなったところでいきなり右手をポケットから引き抜いた。
男の右手には刃渡り20センチほどの登山ナイフが握られていた。のあと顔を寄せて写真を一緒に撮っていた中学生ぐらいの女の子がまずそれに気がついた。
「キャー!」
女の子の叫び声が響き、のあの周りの人垣が揺れ、そして男のナイフに気がついた。慌てて逃げ惑う群衆——
そして男はナイフを逆手に持つと、一気に美月のあに駆け寄り手にしたナイフで切りかかったのだ。
誰もが最悪の状況を頭によぎらせたであろうその瞬間。宇宙少女ソラのマントが弧を描くようにバサリと翻り男の視界を防ぎながら寸前でかわすと、そのナイフを持った右手を取りながら宇宙少女の体が沈み込んだかと思うと男の体は高く宙を舞い、そしてそのまま地面に叩きつけられたのだ。
宇宙少女は男の体をそのままうつ伏せに制圧すると、その右手を後ろ手に捻り上げてナイフを取り上げた。そして再びバサッと音を立てながらマントを翻すと自分の腰の後ろに右手を回し、なぜか手錠を手にして男の手にその手錠をかけて決めポーズで宣言した。
「15時50分、あなたを殺人未遂の現行犯で逮捕します」
あまりに突然のことで周りは最初は何が起こったのかわからずただ唖然としていたが、そのうちパラパラと拍手が起こり、そのうちに拍手は大きな波となって会場中に響いた。
「さすが“のあ“、演出も憎いよ」
その場にいた人たちは、それが美月のあの演出だと思ったらしい。のあも気をよくして犯人の首に膝をついて取り押さえたまま写真に収まっていたのだった。
そうこうしているうちに、現場には自転車で警察官が駆けつけた。そして男を取り押さえている宇宙少女に近づいて、
「君は何者だ? 君が暴行犯じゃないだろうな」と聞く。
すると宇宙少女ソラは再び体の後ろに手を回したかと思うと、背中のポーチから黒い手帳を取り出し、
「宇宙少女ソラこと東江戸川署生活安全三課日暮警部補、またの名を美月のあ、ただいま犯人を取り押さえました」
と警察官に大見得を切ったのだ。
警部補を名乗られ対応に困りながらも敬礼をする巡査を後目に、再び観衆から大きな拍手が起き、宇宙少女ソラはまたカメラ目線のポーズに戻ったのだった。
ごった返すような人混みの中で誰かが大声で叫んだ。すると、まるであらかじめ決められていたかのように、人垣がザザーっと円を
「おお、今年は『宇宙少女ソラ』だっ」
「さすが
そんなざわめきとともに、人垣の円の中心にいる『宇宙少女ソラ』に向けられたカメラのシャッター音が、まるでロック音楽のように鳴り止まない。
今、巷で絶大な人気の少女向けアニメ「宇宙少女ソラ」の戦闘服をまとい、銀色の髪をした「美月のあ」が輪の中心でスッと立ち上がるだけで再びシャッター音が鳴り止まなくなる。いろんな方向から「のあちゃん、目線ちょうだーい」と声がかかり、「美月のあ」はポーズをとりながらカメラへのサービスに余念がなかった。
ご存知のようにコミケブームはすっかり社会に定着し、ここ江戸川ビッグアーチで毎年開かれるコミケも大変な盛り上がりとなっていた。そして会場外にはここぞとばかりに、さまざまなコスプレイヤーたちが集まってくるのだが、「美月のあ」はその中でもとびきりの人気を誇っている。彼女——おそらく——の年齢や本名は明かされていないが、ほぼ完璧に近いコスプレと大きな瞳の愛くるしい笑顔が人気であり、非公式ではあるがファンクラブも存在する。
さて、吸い込まれるような青空の下、「美月のあ」が観客たちに頼まれてツーショット写真などを撮影していたときのことだ。のあを取り囲む群衆の中から眼鏡をかけロングコートを着た中年の男がじわじわとのあに近づいてゆく。右手はポケットに差し込まれており。そして、のあまであと2メートルとなったところでいきなり右手をポケットから引き抜いた。
男の右手には刃渡り20センチほどの登山ナイフが握られていた。のあと顔を寄せて写真を一緒に撮っていた中学生ぐらいの女の子がまずそれに気がついた。
「キャー!」
女の子の叫び声が響き、のあの周りの人垣が揺れ、そして男のナイフに気がついた。慌てて逃げ惑う群衆——
そして男はナイフを逆手に持つと、一気に美月のあに駆け寄り手にしたナイフで切りかかったのだ。
誰もが最悪の状況を頭によぎらせたであろうその瞬間。宇宙少女ソラのマントが弧を描くようにバサリと翻り男の視界を防ぎながら寸前でかわすと、そのナイフを持った右手を取りながら宇宙少女の体が沈み込んだかと思うと男の体は高く宙を舞い、そしてそのまま地面に叩きつけられたのだ。
宇宙少女は男の体をそのままうつ伏せに制圧すると、その右手を後ろ手に捻り上げてナイフを取り上げた。そして再びバサッと音を立てながらマントを翻すと自分の腰の後ろに右手を回し、なぜか手錠を手にして男の手にその手錠をかけて決めポーズで宣言した。
「15時50分、あなたを殺人未遂の現行犯で逮捕します」
あまりに突然のことで周りは最初は何が起こったのかわからずただ唖然としていたが、そのうちパラパラと拍手が起こり、そのうちに拍手は大きな波となって会場中に響いた。
「さすが“のあ“、演出も憎いよ」
その場にいた人たちは、それが美月のあの演出だと思ったらしい。のあも気をよくして犯人の首に膝をついて取り押さえたまま写真に収まっていたのだった。
そうこうしているうちに、現場には自転車で警察官が駆けつけた。そして男を取り押さえている宇宙少女に近づいて、
「君は何者だ? 君が暴行犯じゃないだろうな」と聞く。
すると宇宙少女ソラは再び体の後ろに手を回したかと思うと、背中のポーチから黒い手帳を取り出し、
「宇宙少女ソラこと東江戸川署生活安全三課日暮警部補、またの名を美月のあ、ただいま犯人を取り押さえました」
と警察官に大見得を切ったのだ。
警部補を名乗られ対応に困りながらも敬礼をする巡査を後目に、再び観衆から大きな拍手が起き、宇宙少女ソラはまたカメラ目線のポーズに戻ったのだった。