第1話

文字数 7,241文字

また今日も同じ1日が始まるのか〜」
一元討児(ひともと とうじ)は朝の7時に目を覚ました。
特段やることもないのだが、この時間に起きてしまうのだ。
しばらくベッドの上で寝返りをうっているとドアの方から物音がする。
「おっ今日の朝食は何かな!」
机を見ると今日の朝食が置かれている。ご飯に漬物、味噌汁といったオーソドックスなメニューだ。
それを平らげると討児の自由時間が始まる。
彼は二年ほど前にコンビニのアルバイトをやめた以来部屋に引きこもっている。
「なんで引きこもりを始めたんだっけ?」
彼は理由を思い出そうとする。しかし、これといった理由は思い浮かばない。
些細なことが積み重なって今の状況になったということだろうか。
次第に無駄だとわかり考えるのをやめた。
「よし、今日のニュースは、と」
討児はパソコンに向かい、お気に入りの掲示板を見る。これが彼の日課だ。
その他にも日課とは言えないまでも週に2〜3日はベランダに出て短時間の日光浴をするし、たまに夜にはコンビニに行く。しかし、最近はもの忘れがひどくなったのか財布を忘れて何も買えないし、行く途中で必ずと言っていいほど雨が降る。
まだ26歳なんだからボケるのはよしてくれよ、と自分に言い聞かせている。
「よし、一通りは巡回したな」と言いパソコンをスリープ状態にする。
討児が書き込むことは滅多にない。なぜなら彼は主観的に物事を語ることが多く、それを指摘されると自分の欠点を意識させられるからだ。

気づかない間に昼寝をしていた彼は昼食の匂いで目を覚ました。
焼き魚にご飯、味噌汁に野菜炒め。彼がほとんど動かないでいるのに普通の体系を維持しているのはこのバランスのとれた食事によるものが大きいだろう。
「毎日頑張るよな。かーさん」
そう言えばしばらく母親にあっていないことに気がつく。だいたいいつ頃からだろう?結構長い間会っていない気がする。
しかし、父にはなぜか頻繁に会うのだ。前回あったのは3日前。
父は討児に「引きこもりをやめろ」とも「働け」とも言わない。
その代わりに毎回決まって「元気でやってるか?」「欲しいものはないか?」
などと心配してくる。
この父にしてこの子あり。引きこもりが生み出される典型的な家庭だ。

昼食を終えると再度の自由時間。討児には掲示板閲覧以外これといった趣味はない。以前には暇さえあればSNSを使って何かを検索していたような気がするが、それが何かは思い出せない。友達もいない現在に至ってはSNSを使うこともない。
掲示板を見ていると朝食と昼食が詰まったお腹が痛くなってきた。部屋の隅にあるバケツに向かうと、討児はそこに用を足した。
部屋から出るのが面倒くさいのだから仕方がない。
しかし、バケツは気がつくといつも綺麗になっており、部屋にハエが湧くようなことはない。両親がご飯を持ってきたときに片付けているのだ。
「この歳で下の世話をさせてごめんな」と討児は小声で呟いた。

スッキリしたようなスッキリしてないような気持ちで掲示板を覗くと興味を惹かれるスレットがあった。

引きこもりは半生語れ(15)

中を見てみると小中学校でいじめにあったとか親の言うことだけ聞いて生きてきただのよく引きこもりの原因としてあげられるようなことが半生として書かれていた。
「俺の半生はこいつらのよりはもっとマシだ」
いつもは書き込むことをためらっていた討児だったが、自分語りなら主観的でも指摘されることはないだろうと思い書き込んだ。

16:名無し
俺は今は引きこもりだが両思いだった幼馴染が居たんだ

>>16なんでそんなにいい状況なのに引きこもったんだ?
>>16暗くなさそうな話題きたー
>>16パンツ脱いだ方がいいですか?

「意外にみんな反応してくれたな、初めてだけど自分語りしてみるか」

21:名無し
最初にその子と会ったのは小学三年生の頃だった。その子は小学校の花壇の前でしゃがみながら花を見ていたんだ。その横顔に見惚れていたら、その子が俺に話しかけてきたんだ。
「このお花の名前知ってる?」
当然、花よりポケモンのお年頃だったし、「知らないって答えたよ」
そしたら「この花はね、サザンカっていうの。ママが教えてくれたの。花言葉っていうのもあってね。これは白いからけーあいって意味なんだって。それとね……」
俺は恥ずかしくなって最後まで聞かずに逃げたよ。

>>21童貞乙
>>21彼女じゃ分かりづらいからなんか名前つけてくれ

「なるほど、わかった。ついでにコテハンもつけとくか」

27:サザンカ
コテハンをサザンカ、サザンといったら桑田佳祐だから彼女のことを桑田と呼ぶわ

>>27逆に分かりづらくなってないか?www
>>27あの顔しか浮かばねーwwwwww

「名前なんてどうでもいいだろ、早く続き書かせろ」

31:サザンカ
俺はその当時身長が高くて喧嘩も強かったからガキ大将みたいな感じだったんだ。
小学生なんて単純でなんかで一番になればモテる。だから俺もモテにモテまくったよ。
一ヶ月に5回は必ず告白された。それは桑田も例外じゃなかったよ。
だけど、やっぱり女の子と仲良くするの恥ずかしいとかあるじゃん?
だから、全員断ってた。当時の告白なんて真面目な気持ちでするものじゃなかったし、何回振られてもまたしてくるやつは多かったなwwww

34:サザンカ
でも次第に俺のモテ期も終わっていったんだ。5年生くらいになるとみんなの身長も伸びてきて、反対に俺の身長は伸び悩んできて6年生になる頃には背の順で真ん中よりちょい後ろ。力も一番じゃなくなってきた。女の子って薄情なもんでさ、一番じゃない俺には見向きもしなくなっていった、桑田を除いては。

36:サザンカ
桑田は俺のことを好きでいてくれたらしくて、小学校の卒業式終わりに告白されたんだよ。もうガキ大将でも女の子といるのも恥ずかしくなかった俺はオッケーして付き合うようになった。

>>36パンツ吹き飛んだ
>>36これが人生の絶頂期だったわけですね、分かります。

「勝手にいってろ。俺たちの愛は本物だ」

42:サザンカ
正直言って中学のことは桑田のこと以外あんまり覚えてないんだ。よく教科書や上履きがなくなって怒られたこととか、なぜかわからないけど泣いて帰ったことが多かったとか。
桑田とは別の中学にはなってたけど休みの日には遊んだし、メールもしてた。
2年生になってすぐのことだったと思う。最近遊ぶことが少なくなって、寂しくなって桑田の中学の校門の前で桑田を待ってたんだ。すると桑田が結構背が大きい男と楽しそうに校舎から出てきたのが見えた。今思うとおかしいけど、あの当時は瞬間的に浮気だと思って半狂乱になりながら桑田の前に出て聞いたよ、「こいつは誰だって」
そしたら、部活の先輩だから安心してって。彼女はちょっと怯えてた。
「ごめん」と言って、久々に二人で話した。会話は弾まなかった。
それから俺は毎日、桑田の部活が終わる時間に校門で待ってた。
たまに会えない日があったからその時は部活の人に聞いた。たまに早退してるってわかった時は心配になった。

>>42それっていじめられてたってこと?俺たちナカーマ
>>42それお前のこと避けてるんじゃね?
>>42ストーカー誕生の決定的瞬間

「な訳ないだろ。変なコメントしてないで黙って聞いてろよっっっっ!!!!」
討児は机を本気で殴った。コロコロと何かが机から転がり落ちた。討児はそれを拾い上げ再度画面に向かった。

53:サザンカ
3年になると校門前で待っていても会えない日が続いたり、メールの返信もほぼなくなった。受験勉強もあるから仕方ないなと切り替えるようになった。同じ高校に行ってまた一緒にいればいいやと思ってた。桑田にどこの高校に行くのかメールで聞いてみたら数日開けてA高校に行くと返信が来た。俺らが住んでた地区では偏差値もあんまり変わんない高校が2つあって後は家の近さとかを考えてそのどちらかに決めることが多かった。
桑田の家からはB高校の方が近かったけど、A高校の方が校舎が綺麗だったし、それで決めたのかなと思った。正直俺の成績じゃA高校も厳しかったし、死ぬほど勉強した。その1年間は全く桑田と会わず過ごした。そして合格発表の時、俺は受かってた。また桑田と高校生活を送れるって喜んだ。
だけど、入学者名簿に桑田の名前はなかった。親から聞いた話によると桑田はB高校に進んだそうだ。多分A高校に落ちて滑り止めのB高校に受かったのだろう。
神様はどこまで僕たちを試すのだろうと、神を恨んだ。

>>53純愛ですね。素敵です。
>>53私も桑田みたいに愛されたいです。

61:サザンカ
高校時代も部活はせずに毎日、桑田を迎えにいった。B高校まで2駅くらいあったけど、なんとか親に頼んで定期をその駅まで伸ばしてもらった。でも、桑田は見つからなかった。中学にしていた部活をやめて帰宅部になってるから帰宅時間が同じで行き違いになってるのかなと思った。それに気づいてから俺は6時間目を毎日サボって校門前で待つようになった。6限目サボり生活が始まって3日目、彼女を見つけた。彼女は背が高い男と楽しそうに話をしながら歩いていた。俺は桑田を怯えさせてはいけないと思って、あくまで平静を装って声をかけた。俺が現れた瞬間桑田は泣き出した。横にいた男が桑田の手を引いて校舎に戻っていった。俺は衝撃を受けてそれ以降のことはあんまり覚えていない。ぼんやりと覚えているのはB高校の先生たちに囲まれて、最近話題になっているストーカーだと誤解されたこと。親にまで連絡がいって自宅謹慎を言い渡されたことだけだ。その時俺は確信した。桑田はあの背が高い男に洗脳されているのだと。そして、愛する俺のことを忘れてしまったのだと。それから俺は謹慎の期間を利用して、ツイッターのやり方を覚えて彼女に洗脳されていることを伝えた。何回もブロックされるし、アカウントも変えるからその度探しまくったよ。

>>61洗脳するなんて最低だな。頑張って
>>61愛には障害がつきもの、ハッピーエンドキボンヌ

75:サザンカ
それからの高校生活は地獄だった。ストーカーだという根も葉もない噂でクラスメイトにに今まで以上に無視されるし、親も定期を伸ばしてくれることはなくなった。6限目をサボっていることがバレて、教師の目が厳しくなりサボれなくなった。だったら家に直接いけばいいと思い向かったが、桑田の家はもぬけの殻だった。近所の人に聞いたところ、俺の謹慎中に引越しをしたのだという。自分の不運を呪った。
だが、最後のチャンス、大学がある。俺は桑田がどんなに頭がいい大学に行っても大丈夫なようにひたすら勉強をした。そろそろ志望校も決まるという頃、俺はツイッターで桑田の友達を見つけ出し桑田がどこの大学に行くのかを1万円払って聞いた。
そこの大学なら余裕だと思い。試験本番までは桑田と入学式で会った時のシミュレーションや雑談の練習もした。桑田の友達に再度お金を払って桑田の好きなものも聞きまくった。バイト代の半分はそれに消えたかな。

>>71友達を利用するなんてかしこ〜い
>>71大学生活が一番長いし、失った時間も取り戻せるよ。

99:サザンカ
結論から言うと桑田は同じ大学にはいなかった。桑田の友達を問い詰めると彼女は
「桑田とめちゃくちゃ仲が良かった訳ではないから実際の進路は知らない。だから乱暴しないで」と泣きじゃくった。
俺は彼女の胸ぐらから手を離し、その場を去った。
泣きたいのはこっちの方だと思った。

それから俺は大学を辞めてコンビニでアルバイトを始めた。バイトでお金をためて全国の大学を見に行ったよ。もちろん桑田に会うためにね。
でも、そんな簡単には会えるわけないよね。人も多いし、一つの大学に居れても2日だし。だけど俺は諦めなかった。
4年が経ち桑田も就職しているだろうと考え、全国の企業を回ることを考えていた俺は、アルバイト中に小学校の頃遊んでいた奴らを見かけた。奴らは俺に気づきことなく話を続けていた。その会話から桑田が結婚すると言うことを聞いたのだ。
俺は言葉を失った。俺を愛しているはずの桑田が他の奴と結婚するわけがないと、まだ洗脳され続けているんだと。
だが、逆にチャンスだとも考えた。結婚式場に乗り込んで連れ去れば桑田も目を覚ますのではないかと。
それからはひたすら結婚式場に電話をかけて回った。
意外とあっさり見つかった。神様が俺に味方してくれているのだと思った。

>>99純愛って素晴らしいね
>>99純愛って素晴らしいね
>>99純愛って素晴らしいね
>>99純愛って素晴らしいね
>>99純愛って素晴らしいね
>>99純愛って素晴らしいね
>>99純愛って素晴らしいね
>>99純愛って素晴らしいね
188:サザンカ
結婚式当日、俺はタキシードを着て右手に白いサザンカを持って待っていた。
サザンカは桑田と最初に合わせてくれた花だ。桑田も喜ぶだろうし、花言葉は「敬愛」
俺にぴったりな花だと思った。

式が始まり新婦の入場が終わったみたいだ。俺は扉を開けて式場に入った。
戸惑いの声の数秒後に悲鳴が聞こえた。当然だろ、漫画みたいなことが目の前で起こってるんだから。
俺は彼女の元へ行き白いサザンカを

「白いサザンカを俺は手渡したはずだ、はずだよな、そうだよな。でもなんで記憶の中のサザンカは…………赤いんだっっっっっっっっっ???????????」
「俺が右手に持っていたのは……………………赤く染まった……………ナイフ?????」

「この花はね、サザンカっていうの。ママが教えてくれたの。花言葉っていうのもあってね。これは白いからけーあいって意味なんだって。それとね……」
「それとね………あなたはわたしのあいをしりぞける、なんだって………」

「俺は俺は俺は俺は俺は何もしてない、殺してなんかない、ただ愛してただけで、愛してただけなんだよ、愛するのがなぜ悪い。それに答えてくれない方だって俺と同じ罰を受けさせろよっっっっっっっっ死刑にしろよっっっっっっっ!!!!!!!!」


看守「看守長、例の死刑囚がまた暴れています。」
看守長「わかった。精神科医を呼ぶから自殺しないようにしていてくれ」
看守「了解しました。」
全身を壁に打ちつける討児をなんとか抑える看守
精神科医が到着し、鎮静剤を投与する。
精神科医「これでひとまずは大丈夫です。骨折しているかもしれないので一度検査を」
看守長「了解しました」

精神科医「はじめまして、一元死刑囚のお父さん」
精神科医は一元の父、一元義男と対峙している。
精神科医「何度かメールではお話ししましたが直接お会いするのは初めてですね」
義男「うちの息子に何が起こってるんですか?」
精神科医「彼は自分が死刑囚であるという認識を拒んでるようなんです」
精神科医「彼は自分のことを引きこもりだと思っているようです。だから部屋から滅多に出ないのも、ご飯が勝手に出てくるのも自然だと思っている。」
精神科医「シャワーのために部屋から出てくるときも、コンビニに行ってる途中で雨が降ってきたと脳内変換して急いで通り抜けるんですよ?困ったものです」
義男「それは以前、説明を受けていたので知っていますが、あの錯乱はなんなんですか」
精神科医「彼は無意識に自分の罪を認めようとしています。詳しいことはなんとも言えませんが、彼は机の上にあるノートに鉛筆で自分の小学校時代からの被害者との思い出を書いてるようなのです。そこに、まるで赤の他人がつけたようなコメントまで書いて。ですが、次第に真相に近づくと自己防衛本能が働くのか、彼の行動を賞賛するコメントのみになっていきます。そして、真相に辿り着いた時に自分の罪を認められなくなり爆発してしまいます」
義男「どうにかしてそれを止める方法はないんですか」
精神科医「手は尽くしましたが、現状ありません。死刑囚だと理解させるのも彼にとっては酷なことかもしれませんし。一人の精神科医として申し上げれば、彼はこのまま夢の中で死を待つ方が幸せではないかと」
義男「わかりました。妻も息子のこんな状態を知らない方が幸せかもしれないですしね。今のまま心神喪失でベッドにいてくれた方が」
精神科医「お父さん!いつ死刑になるかわかりません。息子さんとは頻繁に面談しておくことをお勧めします。彼もお父さんと面談する時は幸せそうな顔をしていますから」
義男「わかりました」

義男「元気にしてるか?」
  「欲しいものはないか?」
討児「大丈夫だよ。というか母さんを最近全然見てない気がするんだけど、どうしてるの」
義男「あ〜、母さんはなちょっと長い旅行に行ってるんだ。もうすぐ帰ってくるよ。」
討児「そうなんだ。相変わらず尻に敷かれててるね。でも、それだったら毎日の料理は父さんが作ってるの?」
義男「あぁ〜、母さんがいない間は頑張らなきゃいけないからな」
討児「そうなんだ。じゃあ俺は掲示板に戻るよ。みんなが俺の幼馴染の話に興味津々でさ」
義男「そうか。あんまり深入りするなよ。」
討児「は〜い、わかってるって」

この会話を最後に一元討児死刑囚の死刑は執行された。
新郎新婦を殺害したこの事件は4年前から計画されたものだと発覚。10数年に渡るストーカー被害に苦しんでいたことも重なり彼は死刑となった。
彼は首に縄がかけられると、冷静な様子から一転、泣き叫び始めたという。数人の看守が取り押さえながら死刑は執行された。
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