第11話:極東裁判と第三国人の横暴

文字数 1,397文字

 裁判長は、オーストラリアのウェッブである。ブレイクニー日本側弁護人「アメリカ」の発言。戦争は国家の行為である。戦争における殺人は殺人罪にならない。もし、罪に問われるなら、広島、長崎に原爆を投下した人はどうなるのか。実行を命じた人は誰か。その時の国家元首は誰か。パール判事「インド」の発言は、全員無罪を主張した。

 戦争が始まってから、作られた罪「A級・C級」で裁くのはどうなのか。戦勝国が敗戦国を裁くのは公平なのか。A級・C級は、第2次世界大戦後のポツダム宣言後に作られた罪。過去の事を新しく作った罪で、裁くことができるのかという疑問も出た。1948年11月、東条英機、広田弘毅ら7名が絞首刑、木戸幸一ら16名が終身刑、他2名が有罪判決を受けた。

 A級戦犯だけで、死刑になった人はいない。A級・C級は新しくできた罪なので、時代をさかのぼって処罰するわけにはいかないからだ。裁く方もA級だけで死刑は無理があると考えたのだろう。B級の捕虜虐待の罪も合わせて死刑になった。裁判はまだ全員裁かれておらず続きがあったが、冷戦が激しくなりアメリカも日本を資本主義陣営に引き入れるために裁判を中止した。

 100人以上いたA級戦犯は釈放された。戦犯は、日本の法律上、犯罪者ではない。1951年、サンフランシスコ平和条約の調印後、日本政府は「 国内法上の犯罪者とみなさない 」 との立場をとり、1952年の国会採択を経て、A級もB・C級も全員釈放になった。その後、大臣や首相になった戦犯もいる。

 日本の大都市の闇市では、第三国人「戦争被害を受けだ東洋人」が主導権を握った。それは、日本の警察に対しても治外法権という特権を盾に取り強引な振る舞いをした。ある第三国人の女性が、大阪の闇市でドブロク屋を三軒もやり毎日風呂敷いっぱいの金を持って帰るほど大儲けした。ドブロクには米粒が入っていて酔えるし腹ふくれるし裁判官やってる人も飲みにきた。

 闇市は、確かに駅近くの公共用地を勝手に占拠したもので、そこで儲けた人は税金を納めない、法に触れる行為はあったが、この時代は戦後の混乱期の真っ最中で、全ての人が食うために何でもせざるを得なかった時代。多くの人々は配給だけでは生きてはいけず、当時としては闇市は必要なものだったのであり、その不法性については一方的に責められるものでは決してない。

 でも闇市におけ第三国人の存在は大きく、特に朝連は、ヤクザや警察と力で対決し、時には米軍のMPを拉致した。また朝連と民団との抗争も何度も繰り返された。第三国人たちは、買い出し列車に乗る日本人を引きずり降ろしたり日本人を「三等国民」と露骨に蔑んだりした。このような人は第三国人の中でも一部であったろう。

 しかし、自己の民族性を示した上でのこのような振舞いが、日本人の心に悪感情をもたせた。かつて民団の団長だった人が、顧みると、当時のこの様な行動は、長い間抑圧されてきた者の自然発生的な反発感からでたものだった。そして敗戦で萎縮した日本人の胸に、第三国人に対する憎悪感を植えつける要因になったのではないだろうかと語った。

 このような反省的な発言をする人は極めてまれであった。闇市は当時の日本の商業部門で大きな位置を占めていたのに、第三国人たちは、そこで得た利益を資本蓄積にまわさず、一時的に大儲けしたが、その富を利用することができなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み