第32話 ミルキーウェイ⑦

文字数 1,838文字

 小学生の時の秀一(しゅういち)とコータは、外遊びをせず昼休みに二人だけで教室に残っていることが多かった。
 コータはマンガを描くのが好きで、たいてい秀一は隣でそれを眺めていた。
 たまにコータは絵にセリフをつけるが、ひどいクセ字で読みにくい。
 秀一がなんて書いてあるのかとたずねると、コータは恥ずかしそうに読んでくれた。


 (りん)が持ってきた紙に書かれた『ミルキーウエイ』の文字を改めて見る。
(確かにコータの字だ)
 と秀一は思った。

「コータは涼音(すずね)のカバン以外にも、それ、入れたんだ」と夏穂(かほ)

 秀一は振り返り、夏穂を見た。

(コータ、なんでそんなことしたんだろ?)

 と、きくつもりだったが、「なんで?」と不思議そうに言う夏穂と目が合った。

「真理子さんがいらしたわよ」

 野々花(ののか)に言われて、秀一は顔を上げた。
 廊下の向こうから足早にやって来る真理子が見える。

「秀ちゃん」と、真理子は近づきながら、まっすぐに秀一を見た。

「クラブハウスでちょっとした揉め事が起きたの。女の子たちが動揺してるから、秀ちゃんは、みんなのところに行ってあげて。私はコータを探してくる」

(えっ、オレ⁈)

 つい気弱な顔をしてしまった。
 真理子が秀一の両肩に手を置いてきた。

「秀ちゃん、この町の人達が安心して暮らせるようにするのは、私たちの役目よ」

 真理子の瞳は右は黒いが、左は秀一と同じ青灰色をしている。
 色の違う二つの眼が、(たしな)めるように秀一を見つめた。

「一輝さんは生前、やろうとしていたことが、たくさんあるの。それを快く思わない人がいるかもしれないけれど、弟の秀ちゃんがそれを引き継いでいくのよ」

 真理子はそれだけ言うと、エントランスホールを抜けて、公民館を出て行った。
 
「アイスは私に任せて!」

 真理子がいなくなると、夏穂が力強く言った。

「二階にいるお母さんたちなら、事務所の鍵、持ってると思う!」

(オレに仲裁とかムリだよ……)

 それでも二の足を踏む秀一の背を、夏穂はドンと押した。

「秀ちゃん! ノブレス・オブリージュだよ!」

「それ、なに⁈」

「早くう!」と凛が秀一の手を強く引いた。

 夏穂と野々花に見送られ、凛に引きづられ、秀一は渋々その場を離れた。



 公民館の裏口のドア近くに賢人(けんと)がいた。
 壁にもたれてスマホをいじっている。

 秀一達が近づくと、賢人は顔を向けてきた。

「なんか、騒いでますよ」

 と賢人は顎でクラブハウスの方を示す。

「『天の川』の何が問題なんですか? 隠語ですか?」

 賢人に聞かれても、秀一にもわからない。正直にそう答えた。

「迎えがきたんで、荷物持ってきました」

 賢人はテニスコートに置きっぱなしだった秀一の荷物を運んで来てくれていた。

「先に行ってて、後ですぐ行く」

 秀一が言うと、賢人はわかりましたと自分と秀一のテニスバックを軽々と持ち上げて、エントランスホールへと去っていった。

「あいつ、本当に中学生か?」

小さくなる 賢人の背に向かい、凛がボソリと言った。

「デカいし、それに……」

「大人っぽいよね」と秀一も認めた。



 公民館を出た秀一と凛は、裏口からクラブハウスの中に入った。
 中には驚くほど大勢の人々がいて、一斉にこっちを見てくる。
 だが秀一は、部屋の隅の椅子に座る一人の人物しか目に入らなかった。

 涼音がいた。
 涼音の顔は穏やかで、くつろいでいるように見えた。
 先ほど見せた恐慌はすっかり消え失せている。

 涼音の隣には武尊が立っていた。武尊は涼音に寄り添いながら、大人達のやりとりを聞いている。

「坊ちゃん、ガンちゃんを見ませんでしたか?」

 みずほ町テニス協会副会長で武尊の父親の津田がきいてきた。
 秀一の知りませんという声は、町長の大声に消された。

「とにかく、被害状況を正確に把握しないと! 誰のカバンにこの紙が入っていたのか、失くなっている物がないか、すぐに調べて下さい。こんな卑劣な事は絶対許しません!」

「まあまあ、町長あまり大袈裟にしないで下さい」

 と津田が弱った顔をする。「今、ガンちゃんを呼んできますから。コータの事はガンちゃんに任せましょう」

「真理子さんの弟でも、特別扱いはしませんよ」

 と、町長は厳しく秀一を見た。

(なんだ?)

 ポカンとする秀一の背後のドアが、静かに開いた。

「……秀ちゃん」

 夏穂が顔を覗かせる。顔色がひどく悪かった。

「……ガンちゃん、事務所にいたよ……いたけど、動かないの……」

 震える声でそう言うと、夏穂はしゃがみこんだ。

「……息してなくって……死んじゃってるみたいなの……」
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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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