本編

文字数 3,690文字

「あっ、ロゼッタだ。あーそーぼ?」
 ここは王城の外れにある幽閉塔(ゆうへいとう)
 色香(いろか)をこれでもかと(にじ)ませる成人男性は、ひどく無邪気にそう言って、(ささ)やかな食事を持つわたくし・ロゼッタへ(から)みついてきた。

 彼の名はライオネル様。この国の、()()()()()()()()()()()禁忌(きんき)御子(みこ)――。
 彼に与えられている粗末(そまつ)な着物に内心やるせない思いを抱きながら、異国の姫でもあるわたくしは、きっぱりと言いはなつ。
「まずはお食事をいただきましょう。何事もからだが資本。健康あっての物種、ですわ!」
 ぷっくりと頬を膨らませながら不満げな声を()らすライオネル様は華麗にスルーし、外にいるメイドが持っていたもうひとり分の食事を手早く受けとる。流れるような所作で、わたくしも小ぢんまりとした食卓についた。
「さ、ライオネル様はわたくしがずっと手にしていた分を。事前に毒味はいたしましたが、心配なようでしたら改めてわたくしが務めさせていただきますわ」
「いーよ。ロゼッタのこと、おれ、完全に信じてるから。それにしても、今日はメイドちゃんと会わせてくれないんだ?」
()()()()()()()()()()()()()()? もう貴方との鬼ごっこにはほとほと疲れましたのよ、性差というものをお考えくださいまし」
「むー」

 そう。彼が生きのこれた最大の理由にして深刻な問題がこれなのだ。
 ……彼は死にわかれた実母である王妃から、『魅了の加護』を授かっている。


✿✿✿✿✿


 ライオネル様は、国を治める夫妻の第一子として生を()けた。
 ただし、共に生まれた相手――双子の弟のルカ様がいたのだ。
 この国では双子は『()()』と呼ばれ、恐ろしい凶兆(きょうちょう)の一種。
 おふたりをお産みになった先の王妃様は(彼女もわたくしとはまた別の、異国の姫君であった)、抹消(まっしょう)の対象となる兄・ライオネル様を(まも)るため、彼女の国に伝わる秘術(ひじゅつ)である『加護』を行使(こうし)した。

 結果、ライオネル様は本来の奪われるはずだった運命から解きはなたれる。
 ――皆、ライオネル様と目が合うと(いと)おさがこみあげ、とても(がい)せないのだ!

 完全に厄介者兼崇拝の的となった彼は、時折目を合わさないようにした暗殺者に狙われながらも、すくすくと成長を遂げた。
 そこに、ルカ様の婚約者に選ばれたわたくし・当時十三歳がやってきたのだ。

 完全に異国(アウェー)から訪れたわたくしには、『忌み子』の風習は理解できないし、理解したくもない。事情を話してくれたライオネル様の前で年相応に(いきどお)ったり泣いたりしてしまった結果(年相応、ですわよね!?)……なぜだか気に入られ、現在に至る。
 いや、一番の原因はわたくしには『魅了』が効かなかったことらしいのですけれど! わたくしが生まれつき持つ『聖』属性の魔力が、『闇』属性の『魅了』を無効化しているのですって。

 ……ライオネル様に一切()びないわたくしが、ライオネル様にはたいそう珍しく、『飽きない玩具(おもちゃ)』もとい『面白い(ひと)』枠に見事(すべ)りこんだとかこまないとか。

 そんなの、そんなの知りませんわよー!!


✿✿✿✿✿


 申しわけ程度に、幽閉塔に甘んじている第一王子へわたくしは、じとっとした瞳を向ける。
 長い髪を無造作に垂らした美貌(びぼう)の彼は、適当に使っていたナイフとフォークを置いて、にっこりとわたくしを見つめた。
「なぁに、ロゼッタ。おれのこと()めるように()ちゃって♡今日はそういう遊び(プレイ)?」
「そんないかがわしい目はしておりませんが!? 日常的に危ない行為をしているような物言い、おやめくださる?!」
 この男、放っておくとぎりぎりの発言しかしないんだから……!
 日に日に(つや)っぽくなるライオネル様に、わたくしは肩を震わせる。
「ねー、ロゼッタ」
「なんですの?」
 食事を済ませ、自身で()れた紅茶を口に運んだわたくしに、ライオネル様は頬杖をつきながらどこまでも楽しそうに、爆弾発言を()りだした。
「やっぱりおれと結婚しよ?」
「ぷぴゅっ!」
 ……あっぶない! 淑女の(かがみ)たる超反射神経がなかったら、ハンカチで(おさ)えきれずにライオネル様へ紅茶を噴射(ふんしゃ)するところだった。
 とは言え、結局むせてしまったわたくしの背後に回り、リズミカルにぽんぽん背を(たた)き、(なだ)めだすライオネル様。“わ〜、悲惨(ひさーん)!”なんて歌うように言いながら。だれのせいだと……!

 落ちついてから、わたくしはぎっ、と向かいに移動した『元凶(げんきょう)』を(にら)みつけた。
「ライオネル様、お(たわむ)れもほどほどになさいまし!」
「ふざけてなんかないんだけどなぁ」
「わたくしはっ、貴方の弟君、ルカ様の婚約者で――」
「ロゼッタも気づいてるくせに。あいつ、きみのこと(おも)ってないよね?」
「っ!」
「愛してたら、他の男(おれ)との逢瀬(おうせ)を許すはずがない」
「それは、貴方がわたくし以外からの食事を受けつけないから」
「そっちのほうが万々歳(ばんばんざい)でしょ。こぞって毒を盛ってるのは、あいつ側の人間だよ? おれを見ないように細心の注意を払いながら。……あいつは王位を(おびや)かすおれが内心すごく邪魔。だから周囲が空気読み読み仕掛けてくるってわけ。『忖度(そんたく)』ってやつだね」
「ルカ様にまだ、確認されたわけではないのでしょう? おふたりは一度、しっかりお話し合いを……」
 ライオネル様は、くっくっ、と仄暗(ほのぐら)()む。
「きみだって知ってるでしょ? その、『忖度』を」
「!」
 ……本当のことを言うと何度か、ルカ様付きの家臣から『それ』を匂わされたことはある。未だに信じたくないけれど、ルカ様ご自身からも一度だけ。でも、ずっとずっと、気づかない振りを続けている。

 わたくしには、納得がゆかなかったから。

 彼は……ライオネル様は、いつもわたくしをからかってきたり、幼さを演出する口調を好むけれど、実際とても努力家で、能力もずば抜けて高いおかただ。わたくしは共にいることで、それを痛いほど感じる。……ルカ様よりも、余程(よほど)。成果主義の故国で育ったわたくしには、どうしてもライオネル様を捨ておくことができない。彼を(うしな)うことは、国家の損失だ。
 わたくしの考えを読むように、不遇(ふぐう)の王子は笑みを深めた。
「苦肉の策で、『魅了』が効かない姫を調べあげたのにね。その姫君は、とんでもないお利口(りこう)さんだったわけだ」
「もうっ、悪ぶらないでくださ――!!」
 (いさ)める言葉は、続けることができなかった。
 わたくしの口は、ライオネル様のくちびるによって(ふさ)がれたからだ。
「〜〜っ!」
 まるで時が、止まったかのよう。
 頭を、腰を、強く(おさ)えられ蹂躙(じゅうりん)される。
 彼のくちづけは、手酷いのに怖いくらい甘くて。
 わたくしは初めてのそれに耐えきれず、涙を落とし、意識を手放してしまったのだった。


✿✿✿✿✿


 ライオネルは、気を失ったロゼッタのからだを抱きよせる。
 ほんのり紅潮(こうちょう)した、まだ清らかな肢体(したい)。細い首に巻かれていた繊細な意匠(いしょう)のチョーカーを外し、()されていたその場所に、強く吸いつき(あと)を残した。
「……本当に、欲しいのに。欲しいから、」
 ライオネルは、彼女を支えたままベッド下の水晶を手繰(たぐ)りよせ、手のひらに乗せて『魔力』をこめる。水晶は、ライオネルがロゼッタの次に信頼している若々しい見目をした国家魔術師――トーマスへ繋がった。
「はろー、師匠♪」
「なんだよ、王子。今、最後の調整中……って、抱っこしてんのロゼッタ姫!? は!? いたしちゃったわけ!?」
下種(げす)な想像しないでくれる? 未遂(みすい)だよ。ちょっとだけ、気が()いちゃってさぁ。もう今日でいいかなって。ルカの首とり♡」
「……お前、ノリが軽すぎ。せめて夜まで待て、教えただろ? 『暗殺術式』は月が出ているときに最も真価を発揮するんだ」
「だって師匠の実力なら、真っ昼間でも確実じゃん」
「俺様は万全を期すタイプなんだよ」
「んー、じゃあ月が顔出したらすぐね」
「へいへい」
 あまりにも飄々(ひょうひょう)と展開される、中身は恐ろしいにも程がある応酬(おうしゅう)。そののちに、ライオネルはロゼッタを自らのベッドに横たわらせ、真剣な面持ちで水晶に映るトーマスへ向きなおった。
「……きっと、この国の『忌み子伝え』はなくす。師匠……()()()()()()()()みたいな犠牲者は、おれの治世(ちせい)では出さないから」
「……そう願うよ」
 この国の最も優れた魔術師で、貴族でもあるトーマス。二十代のようないでたちではあるが、その実壮年(じつそうねん)を迎えた彼の溺愛(できあい)する細君(さいくん)が産むのは定められたように双子で、彼ら夫婦もまた、慣習(かんしゅう)(なら)(さき)に恵まれた命を奪われつづけた。
 そのような因果(いんが)もあり、トーマスはライオネルを殊更(ことさら)気にかけるようになる。ライオネルもうまく立ちまわり、(すき)を見たトーマスから、護身(ごしん)の魔術やより強力な人心操作(じんしんそうさ)(すべ)まで習得するに(いた)った。トーマス(いわ)く、『運命』に(あらが)い咲く花を、この目で見たいのだという。

 当初、ライオネルは持ちかけられた下克上(げこくじょう)に乗り気ではなかった。
 ロゼッタに、出合(であ)うまでは。

 どこか怠惰(たいだ)で、諦念(ていねん)に満ち満ちた彼の全てを変えたのは、真っ直ぐで意地っ張り、でもどこまでも可憐(かれん)な、次期王妃だったのである――。


「『恋』はひとを、狂わせるねぇ……」
 そう(つぶや)き、横たわるロゼッタへ(おお)いかぶさったライオネルは、もうすっかり適齢期を迎えた彼女に(つた)う涙を、情欲たっぷりに舐めた。



【了】
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