王子たちの夏祭り 

文字数 8,795文字

 大掃除日和のうららかなお昼時、ある一室にて。

「主様、これはなんでしょうか?」
 ヴェルトリンデが拾ったのはある一枚の写真だった。彼女が掃除の為、物を移動させた時にはらりと落ちてきたのを拾い上げたのだ。写真には笑っている2人の男の子が楽しそうな祭りを背景に肩を組んでいる。
「なんだ?……ああ、懐かしいな」
 答えるのはヴェルトリンデが従えている主、ローランである。見つかった写真を見て思わず目を細める。久しぶりに見たな、そんな所に置いてたかと驚きながらも数年ぶりの懐かしい写真に思いを馳せる。
「この方はもしかしてジークフリート様ですか?」
 写真に写っているのは2人、子供の頃のローランと今では「竜殺し」として名高い騎士ジークフリート、その幼少期の頃の姿に似ている少年だった。
「そうだ、よくわかったな」
「伊達に主様の従者を勤めているわけではないので。主様の為に日々多くの情報を収集していたからこそ推察できただけのことです」
 とはいえヴェルトリンデはローランとジークフリートの間に面識があったという事は今まで知らなかった。主様については生い立ちから現在まで知り尽くしているつもりだったがまだまだ調べが甘かったらしい。
「わたくしこの写真の出来事がもっと知りたいです」
「俺のことになると急に話に食いついてくるな……。でもまあいいだろう休憩がてら少し話そうか」
「了解しました、一言一句逃さず聴きます」
「いや、そんな真剣な表情で聞くほどの話でもないのだが……まあいい、そこに座って。話してあげよう」
 ヴェルトリンデは近くにあった椅子へと座るとローランは話を始めた。


 これはまだ俺の祖国があった時の話だ。俺の国にある日、異国の者がやってきた。用件はジパングという国から王族たちへの招待状だった。あの頃がきだった俺には知る由もなかったがあれは国王同士の親睦会のようなものだったのだろう。そして俺は母上と父上に連れられる形でその国に行ったのだ。

 海の上を何週間、何度か港に上陸することもあったが外へ行くことは許されず俺は退屈な時間を過ごしていた。そんな中、ようやく見えてきた目的地なので俺はわくわくした。やっとこの退屈な時間が終わる、と。
 見えた光景でまず目を引いたのは港町だ。港には各国の商船が停泊し活気に溢れていた。街の様子は自分がこれまで抱いていたジパングという国のイメージとは全く異なっていた。この国の主流であるとされた瓦屋根の家は見当たらず、白塗りの近代的な家が並んでいた。どこか他の外国ではないかと疑うほどだ。
「母上、母上、ここがジパングですか」
「ええ、そうよ。噂には聞いていたけど美しい街並みだわ。ねえ、あなた?」
「ああ、外観からでも分かる。外から入ってきた国の文化を早々に取り込み昇華させている。これはこの先凄い国になるかもしれないな」
 ジパングはもとは鎖国によって国交を断絶していた島国だったのだが最近になって外国と交流するようになったのだと事前に聞いていた。    
 多くの外国人はこの国のことを「遅れている国だ」とか「ちっぽけな島国だ」とこの国のことを見下している。いずれ植民地にしようと企んでいた国もあるくらいだ。しかし、俺の両親はそうした偏見はなく、この国を高く評価していた。後にこの国は本当に諸外国に負けない力をもつ国になるのだから両親の先見の目には驚かされる。
 船が止まるやいなや俺は駆け出し黄金の国ジパングの地に降り立った。長い船旅も終わりジパングの地を存分に楽しめる。そう思った。


 結論から言うと、その「ジパング」に降り立ってからも俺には自由にこの国を歩き回る時間は与えられなかった。俺は王子という身であるのだから考えれば当たり前のことなのだが子供の俺はその状況に不満を感じていた。

「あ~あつまんないなあ」
 同年代の子供なら本来自由に外に行き来してのびのびと遊んでいる時期だ。俺はこんな生活に飽き飽きしていた。なにかと理由をつけて外出してみようと試みたがお付きからは「今日は忙しいから後にしてくれ」「王子はこれからの国を担うのですから勉強をしててください」「会合の準備をしなければ」などと騙し騙しにはぐらかされ徒労に終わった。

 そんな日々の中、俺はある男の子と出会うことになる。

 俺が勉学の為に嫌々応接間に連れて行かれたときだ。部屋には既に1人の少年とそのお付きらしい人がいた。
 長く伸ばし逆立った髪は見る人に威圧感を与え、顔を見れば子供とは思えないほど無愛想で険しく、目を見れば誰だろうと思わずたじろんでしまう程鋭く細い三白眼、奴を見た第一印象は「怖い」だった。

「この方はジークフリート様、ローラン様と同じくクリムヒルト様のお子、王子で御座います。お互い同じような身の上故に話も合うかと思い_________」
 話が合う、かは分からない。正直苦手なタイプな気がする。そんな事を考えている間にも話は勝手に進んでいく。
「ジーク、自己紹介を」
「_________ジークフリートだ、よろしく」
 めちゃくちゃ無骨な自己紹介だ。もう少しなんかあるだろうと思った。
「俺はローラン、同じ王国の将来を担う者同士仲良くやろうじゃないか」
 正直、こういうのは慣れてなかった。
「そうか、よろしくな」
 これはどうしたものか。相手は適当に話している気がする。というかどうでもよさそうだ。困ったな。
「顔合わせが済んだなら俺は帰るぞ」
「しかし、ジークフリート様せっかくの機会ですから、国同士の交流にも関わ」
「行くぞ」
 そうこうしている内にジークフリートはごねる従者を連れてそのまま出て行ってしまった。

「なんだったんだ?」
「申し訳ありません、ローラン様」
「いや、なんでお前が謝る?」
 人付き合い苦手なのかな?苦手そう、コミュニケーションできない感じがあいつからはぷんぷん漂っていたからな。そう当時の俺は思った。

 俺とあいつが出会った初日はそんな些細な出会いだった。

 あの出会い以降、俺は隙あらば彼と絡もうとした。まあ俺も暇だったからな。なんだかんだ同年代の王子と会ったことがいままで無かったからな。それに俺はああいう突き放しをされるとむしろ意地でも仲良くなってやろうとする諦めの悪い性格だったしな。

 最初は相変わらずの調子だったが、それでも諦めずに話しかけていく内に口数は少ないながらも話に付き合ってくれるようになった。
 そして決定的に仲良くなったのはあの出来事だった。

 俺はその日、またジークに絡もうと奴が通りそうな場所を片っ端から探していた。暇人かと思うかもしれないが、当時は本当にやることが無かったからな。国の運営はまだ両親が全部やってたしまだ幼い俺に任せられるわけでもなかったからな。勉強な剣の練習以外はなんにも無いわけだ。

 俺は通路を通りかかった時、庭の方から不意に女の子の声がした。

「ねえねえ、なにしてるの?」
 男なら誰もがときめく魔性の声だった。俺のハートもその声に貫かれた。その女の子が自分ではなく他の誰かと話しているということにも気づかず俺は声の主に近づいた。
「俺は今、あなたを探していたのですあなたとの愛を」

 うん、どうかしてたな。初対面の女性にいきなりこれは失礼すぎるな。当時の俺は本当にどうかしていた。まあ問題はそれだけではないのだが。

 声をかけてから俺は茂みの裏にいた少女の姿を見た。長い茶髪の綺麗な少女だ。おとぎ話に出てきそうだというのが俺の初対面の感想だ。彼女はいきなり現れ変な事を言ってる俺に戸惑っている様子だった。_________当然だな。そんな姿も愛らしかった。ずっと見ていたいほどに。
 しかし、少女の姿をじっくりと見ることは叶わなかった。無言の殺気のようなものを感じたからだ。俺は殺気を放った主を見た。

 只でさえ険しい顔だった筈なのだがさらに上があったとは。髪は浮き上がり言葉は無くとも全身で怒りを表していた。あいつの前では俺は食われる寸前の哀れな獲物にすぎない。
 ジークフリートが俺を今にも食ってしまいそうな目で俺を見ていた。


「いや、ほんと悪かったな、あの子お前の唾付きだったんだな」
「_________いや、まだだ。俺はまだ」
「クリムヒルトだっけ?あの子お前にデレデレだったじゃねえか!その年でやってるなあ!」
 
 俺たちはまだ結婚とかを考えるような年齢じゃない。俺はまだそういう経験をしたことがなかったからあいつの事を羨ましがった。

「いつ告白するんだよ?」
「_________!待て、そういうのは、その、順序というものがあるだろう」
「男女であんな距離で接してるとかもうデートだろ!俺そういう経験ないから分からないが。話に聞いたデートってあんな感じだろ」
「あれは幼なじみ同士の友達としてのだな」
「なんだそりゃ、俺にはあんな距離近い女の子の幼なじみいないんだが」

 ジークがあの庭の池で手作りの竿で釣りをしていたらしい。そこにクリムヒルトが話しかけてきてその声につられて俺が登場したと。
 釣りとはなんともあいつらしい趣味だ。庭にあるちっぽけな池で一体なにを釣ろうとしていたのかは分からんが。

 何はともあれ、そんな事があってから俺とジークは互いに積極的に話しかける仲になった。やっぱり恋バナというのは盛り上がるものだな。あっという間に距離が縮まった気がする。


 こうして俺はジークフリートと仲良くなって数日が経った。そろそろここでの生活も終わって祖国に帰ることになるな。ジークとお別れか悲しいな、なんて考えてた俺に珍しくジークの方から話しかけてきた。
「すまない、ちょっと、頼みたいことがある……」

「七夕祭りだって?」
「ああ、この国で行われている祭りだ。どうも願い事が叶う、らしい」
「ああ、なんか聞いたことあるような。で、それがどうしたんだ」
「それでその七夕というのが今日なのだが、いってみたいのだその七夕祭りに」
「ほー、_________いや、俺に言われてもな。お付きとかに言えばいいんじゃないか?」
「断られた」
「まあ、ですよね」

 俺もそうだったしおんなじ立場のジークもそりゃそうなるよな。
「そうだな、といっても俺に頼まれても」
「お前なら知ってると思ったんだがなここを抜け出す方法」
「なんでそんな風に思ったし」
「なんというかそういうことしてそうだったからな、あてが外れたか」

 俺、そんな悪ガキだと思われてたんだな。一応俺由緒正しき王子なのだが。
 まあでもあいつがわざわざ他人に頼むなんてよほど七夕祭りに行きたいらしい。そこまで言うなら一肌脱いで頑張りたくなるのがこの俺。

「分かった、手伝うよ!」
「そうか、悪いな。ありがとう」

 いやあジークも結構年相応にやんちゃだな。抜け出してまで祭りに行こうっていうんだから。

「ところでその祭りに行くってことは願い事あるんだろ?」
「_________ああ」
「なに願うんだ」
「_________秘密だ」

 これ以上突っ込んでも話さないと思うし俺はあえて聞かないことにした。本人が秘密だっていうからね。まあ聞かなくてもなに願うのかはなんとなく分かってたけど。


 夕方、人通りの少ない通路に俺とジークはいた。
「クリムも来るのかと思ったんだけどお前1人か」
「_________あいつは規則を守るタイプだからな、こういうのを許容しないと思う」
「なんだせっかくお姫様抱っこして降りられるよう2人分の重みに耐えられるようにしたのに。残念だな」
「どのみちクリムじゃこれは無理だろ」

 通路の開いた窓からロープが垂れ下がっていた。ここから外にでる方法は至ってシンプル。ここから飛ぶ。1階や2階なんかは不審者が侵入しないよう厳重な監視がある。だが上層階なら監視も緩くなる。こんな所から飛び降りるなんて自殺行為だ。

「でもお前は平気だろ?ジーク」
「ああ、鍛えてるからな」

 ジークは王子だが騎士としても鍛えられている。こんな高い所からターザンジャンプをするのも平気なのだ。
「はあっ!!」
 ジークはロープを掴み、勢いよく走り出しそのまま窓の外に飛んだ。
 中空を蹴り、ロープが伸びる。すかさずロープを放しそのまま何事もなかったかのようにすたっと外に着地した。
 正直、見ほれてしまったね。初めて脱走したとは思えないほど鮮やかだった。

「!?お前も来るのか」
 ジークが振り向くとローランがずざあと着地したところだった。ジークと違ってどたどたと転びそうになりながらの危うい着地だったが。
「ああ、お前とクリムヒルトの2人が来てたならデートの邪魔になるかもと思って遠慮したけどお前1人だしな。俺だって1日くらい外で遊びたいんだ」
「そうか、だが帰りはどうするんだ?お前が中からどうにかするのだと思ったのだが」
「大丈夫、これ持ってきたし」
「それは……」
 俺が取り出したのは2人分の鎧と兜!この国の警備兵がよく持ってるものだね。
「それ、よく持てたなそれにどこから持ってきたんだ?」
「ぱくってきた」
「・・・・・・」
「なんだよ、これがあれば帰りは夜間の勤務交代の隙に帰れるだろ。夜だったら不自然でもばれにくいし」
「_________お前に頼って正解だったな」
「なんだよ、まるで俺が普段から悪いことしか考えていない悪ガキみたいじゃないか。いや、君のために頑張っただけだから!」
「いや、すまん。そういうつもりじゃない」
「よろしい、それじゃあ行くか!」
 ちなみにこの脱出作戦は昨日今日思いついたものではなく俺が前々からここから一回くらい外に出たいと思ってなんとか脱走してやろうと考え作った作戦である。ジークと仲良くなったことでこの作戦は日の目を見ることはないと思っていたが。まあ、ジークの言うとおり俺は悪ガキだったわけだ。実はこういうこと前にも祖国の城でやってたからな。でもジークには言わない。余計俺が悪ガキの王子だと思われちゃうからな。確かに実際そうなんだけどさ!

 こほん、話を戻そう。
 こうして俺たちは見事、七夕祭りとやらに行くことに成功したのである。

「へえ、これが七夕祭りか」
「ああ、確かに聞いた通りだな」

 七夕祭りの会場には食べ物などの売り物を売っている屋台が並んでいた。今まで見てきた港町には外国を真似た建物が多くジパングでない別の国のようだったがこの会場からはジパングらしさを感じる。
 文明開化の音を感じない懐かしい雰囲気を醸し出していた。

「それで願い事ってどうするんだ?」
「うん?なんだ」
「いや、流石にここに来たから願い事が叶うとかじゃないだろ。なにかしらするんじゃないか?聖水飲むとか祈り捧げるとか」
「……いや、知らないな。俺は願いが叶うとしか知らない」
「いやあ、でもなにかしらあると思うぞ?」
「知らん、お前こそなにか知ってるか」
「いやいやいや、俺こそ知らないし。七夕とやらの知識もあやふやだし。お前より知ってるってことはない!いや、ジークちょっとリサーチ不足では?」
「すまん」
「ああ、まあここでうだうだしてても仕方ないしなあ。よし、なら取り敢えずこの祭り楽しもうぜ」
「!?ローラン?」
 俺はジークの手を引っ張って屋台を回った。

「これはなんだ?」
「かき氷ですよ、坊ちゃん」
「ジパングの人間は氷を細かくして食うのか?」
「勿論、氷だけ食うのではありませんよこのようにシロップをかけて」

「む、ローランこれは美味しいのか?」
「まあ、買ってみるか」
 事前に持ってたジパングのお金を売り子に渡す。
「はい、どうぞ」
「では、ジパングにならい……いただきます」
 手渡されるやいなやジークは食べ始めた。おいおいそんなに急いで食べなくても……大丈夫か?
「ああ、お客さんそんなに一気に食べると頭がキーンとなるで」
「むおっ」
 ジークは頭に流れる痛みに思わずむせこんだ。うん、あの顔はこの祭り一の爆笑シーンだったな。ほんと、すごい顔してたな。

「射的?」
「その輪ゴム銃を使ってあそこに乗っている景品を落としたらその景品がもらえるのよ」
 そこにはいろんな物が机の上に乗っかっていた。

 ぱん、ぱん、うーん。
「いや、思ったより難しいな……」
「手伝うか?ローラン」
 輪ゴムがなかなか狙い通りに当たらずどうしようかと考えているとジークが話しかけた。
「ああ、悪いな」
「なにが欲しいんだ?とってやる」
「めっちゃ自信あるな!いっとくけどこれ見た目以上に難しいぞ」
「いいから言ってみろ」
「……あそこにある騎士の人形」
 俺の欲しい人形はよりにもよって一番奥の棚に置いてあった。輸入品っぽいものだからだろうか?取りづらい位置にあった。
「分かった」
 ジークはふーっと息を落ち着かせると片目だけを開き、じっと輪ゴム銃を構えた。その姿、まるで射的のプロ。俺が話しかける気すら起きないほどジークは集中していた。
 そして、輪ゴムは放たれた。それはまっすぐ騎士の人形に飛び撃ち抜いた。人形は落ちた。それも2つ。騎士の人形ともう1つ隣にあったお姫様の人形。騎士の人形が飛ばされた勢いでそっちも落ちたらしい。これは偶然ではない確実に狙ってやってる。
 おお、と取り囲んでいた観衆から感心する声が聞こえた。

「凄いなお前」
「いや、昔母親に狩りに連れられたときに猟銃に触れててな」
「いやあ、あれは神業だよ。しかしなぜお姫様の人形?」
「クリムが喜びそうだからな」
「ああ、確かに」

「今度は金魚すくいか、ジパングの祭りってなんか凄いな」
「むう……」
「ジーク代わろうか?」
 ジークはアルビノっぽい金魚を狙っているらしいが網が破れてしまう。その姿を見て店主はにやにやしている。あのやろう!子供の頑張ってる姿を見てあのにやにや、金づるだと思ってるな?ジークは凄いんだぞ射的だったらこんな醜態晒さないからな。
「……行けるのか?」
「ああ、やってやるよ」
 ジークが射的で見せたあの姿のように俺もアルビノの金魚一点を見つめ息を整えた。
「……ふう、はあっ!」
 網は破れてしまったが、器の中にはアルビノ金魚が見事収まってた。いままでにやにやしていた店主はちょっと青ざめていた。ざまあみろ。

「すまん」
「いいってことよ!射的のお返しな」
「ああ」
「それもクリムへのプレゼントか?」
「ああ、あいつは白色が好きだからな」
「くうー羨ましいな」

 この後も俺たちは存分に祭りを楽しんだわけだが一向に願い事を叶えるにはどうすればいいのか分からない。もうあきらめようかそんなときだった。

「みんなはなにを持っているんだ?」
 祭りの参加者たちが長い紙をもってどこかに向かっているようだ。
「うーん、なんだろあれ?」

「おやおや、七夕祭りに来たのに知らんのかい?あれは短冊。あれに願い事を書いて笹に括りつけると願いが叶うというものよ」
「ジーク!それって」
「ああ、これだ」
 親切なお婆さんに教えてもらった。本来の目的も果たせそうだ。

 祭りの会場の中央にあった笹には大量の短冊がぶら下がっていた。ジパング語ばかりで読めないが。なにかしら願い事が書いてあるのだろう。
「俺の願い事は、これ!立派な国の王になれますようにだ」
 ローランは短冊に書いた願いを大声で読み上げると笹に短冊を括りつけた。
「ローラン、そんなに大々的に言う必要あるか?」
「声に出した方が願い叶う気がするからな。お前も言うか?」
「い、いや!遠慮しておく」
 ジークは少し赤面している。うん、お前の反応で大体願いの内容はばればれだ。うーん甘酸っぱいね。

「すまない、わざわざ見ないように気遣ってくれて」
「いやあ、いいよいいよ見せたくなかったんだろ」
「……ああ、まあな」
「じゃあ目的も果たしたことだし帰るか!」
「ああ、そうだな」
 祭りから帰るときジークはちょっと寂しそうだった。そうだよな、祭り楽しかったもんな。家に帰るとなると寂しくもなる。

 当初の予定通り、俺たちは無事気づかれることなく帰還に成功した。そして……。

「今日は楽しかったな!」
「……ああ」
「それじゃあまた」
「……いや、もうお別れだ。俺は明日もう本国に帰るんだ」
「……おう、そうか」
 それもそうだ。俺たちは2人とも別の国の王子いつかは別れの時が来るだろう。ジークは寂しそうだ。初対面はあんなにつっけんどんだったのにな。
「まあでも王子同士だしいつかまた会えるだろうよ」
「ああ、そうだな。いろいろ世話になったな」
「急に畏まるなよ。俺らの仲だろ?」
「そうだな。じゃあまたいつか会おう」
「お互い元気でな!」

 こうして俺とジークフリートの短き夏の思い出は幕を閉じた。

「……いやあ綺麗に纏まったな!」
「それでジークフリート様とはあの後、再会なされたのでしょうか?」
「ああ、それはな……」
 ローランの顔に僅かに陰りが差す。
「俺はあの後、祖国がめちゃくちゃになるしあいつはあいつで竜殺しなんて称号貰っちゃったせいで多忙になってな。あれから一度も会ってないんだ」
「申し訳ありません、嫌なことを思い出させてしまいましたか?」
 ヴェルトリンデは申し訳なさそうに肩を落とした。
「いやいやそんなんでいちいち落ち込んだりしないさ。ただ俺はいつかあいつとは再会できると思ってるな」
「そうなのですか?」
「まあ、別に確証があるわけじゃないけどな。でも俺はいつかあいつとまた会えると思ってるよ。そんでまた会ったらあいつとあの日みたいに仲良く語り合うんだ」
 ローランは窓の外の青空を見た。ジークフリートがいるであろう国の方角を見つめるように。いつか、祖国が復興したら会いにいこう。そうローランは心に決めた。



 七夕祭りの笹には多くの願い事が飾られている。「立派な国の王になれますように」そんな願い事が書かれた短冊の横にはもう一つの短冊が。「クリムヒルトと結ばれますように」「ローランとまた会えますように」2つの願いが書かれた欲張りな短冊があった。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み